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四朗  作者: やっことっぽ
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いわゆる一つの勘当

朝明川あさけがわ員弁川いなべがわに挟まれる位置に平原が広がっている。豊かな平原で二つの川から取り入れた細かな支流が水田を満たしている。

この伊勢の地には北伊勢四十八家と言われる豪族が割拠していて、その代表格として北畠家が有名だろうか。そして工藤長野家と関家が一線を化す規模を誇っており、それ以外の土豪が長い年月小競り合いを繰り広げてきた。


一面に広がった水田のあぜ道を俺は一人ゆったりと歩いている。稲の刈取りも終わり農民の姿もまばらになってはいるが、子供が何人か泥だらけになりながら遊んでいた。


「元気だな~」


時折足を止めてそんなセリフを吐く俺を他人が見たら不審な目で見るのは間違いない。というのも俺の姿はどこからどう見ても畑で遊んでいる子供とそう変わらない背丈の幼子だからだ。


”浅川四朗“

それが俺の名前だ。今年で10歳になったが、それは体だけであって心や経験はプラス30といったところか?

どういうこと?と思われただろうか。実は俺は平成の時代を生きたことのある現代人だったのだ。10年前までは…


現代日本で暮らした記憶はついこの間のように思い出される。俺は何の変哲もない食品会社のサラリーマンだった。

その日は年末の忘年会で、普段は飲まない酒を痛飲して前後不覚となり、気付いた時にはダンプにひかれて空を飛んでいる状況だった。

正直ひかれて死んだ恨みというよりは、酔っ払いをひいてしまったダンプの運転手に申し訳ない気持ちで一杯なわけだが。

まあなんにしても俺はこの時代に生まれ変わることとなる。戦国時代という激動の時代に。


「織田信長、武田信玄、上杉謙信。豊臣秀吉に徳川家康…後世にまで名を残す人物が次々と登場する時代なんだけどな~」


この時代が戦国時代であると気付いたのは5歳になった時だろうか?伊勢の代表的な勢力が北畠だと聞いた時にピンときたね。

そしてたどたどしい喋りで聞き出したのは尾張の織田信長の名だ。彼は5年前美濃の斉藤道三の娘である帰蝶を娶り、群雄割拠する尾張に存在感を示すことになる。といっても彼の名が有名なのは前々からで、「大うつけ」というあだ名から分かるように悪い意味での有名人だった。


俺は彼が天下人にあと一歩というところで、明智光秀の謀反にあって死んだことを知識として知っている。世にも有名な本能寺の変だ。


「歴史チートきた~!!」


と周囲を気にせず叫んだのはいい思い出だな。まあそこら辺から俺は周りから頭がおかしいと見られ始めたのかもしれない。とほほ…


歴史の知識さえあれば織田陣営に属して木下藤吉郎、そして徳川家康と乗り換えれば勝ち組となるはずだったのだ。しかしそうは問屋が卸さない。

知識はあっても俺は幼子であるし、成人であっても俺の言う事を素直に聞いてくれる人がいるだろうか?

たとえ親が言う通り動いてくれたとしても、浅川家は伊勢の豪族で他の勢力と長年争っている最中なわけで。

となるとここら一帯を支配しなければならないが、浅川家の戦力は他家とそれ程変わらず、どんぐりの背比べ状態。

身動きが全く取れない中、更に致命的な要因がある。

そう俺は名前の通り四男なんです…

浅川家を継ぐのは長男の一太郎で俺に当主の座が回ってくる可能性は無いに等しい。


という訳でこの知識は宝の持ち腐れ、猫に小判というわけです。


「どないせいっちゅうんじゃ…」


俺がこの年で達観してしまうのもお分かり頂けるだろうか?

浅川家の子といっても四男となれば味噌っかす扱いは当然で、昼間からぶらぶらふらついていても文句は出ないわけだ。

唯一「うつけ」と家中から陰口をたたかれるぐらいなもんか?信長の大うつけの下位版だから光栄と言えば光栄だが…合わせてチートチート叫んでいた時期があったため、「大うつけ」に辿り着くのは直ぐそこかもしれない。


「…お先真っ暗です~」


「何を仰っておるのですか?」


背後からかけられた言葉に反応して振り返るとそこには俺の守り役十温字又右衛門が佇んでいた。呆れた目で見られるが、その表情には温かみが感じられた。彼は俺の唯一の理解者である。


「いや、独り言だよ」


「…そうですか。兎に角こんなところで油を売ってないで騎乗の修練でもしたらどうです?」


「う~ん、騎乗ね~。苦手なんだよな~」


俺の間延びした返答に又右衛門は目尻を上げて声を荒げる。


「何を仰るのか若!武士たる者騎乗が苦手でどうしますのか!しかも若は槍や弓さえも苦手ときている。十温字又右衛門…それでは頭領に申し開きが出来ませぬ!!」


「あ~わかったわかった、そうどなるなよ。やればいいんだろうやれば。…はぁ~、しかしなあ人間得て不得手というものがあるし、正直武技は俺に向いてないと思うんだが。それなら職人や商人になった方がまだましだと」


「何を馬鹿なことを!?由緒ある浅川家の子息が浅ましい商人になどありえませぬ!そのようなたわけたことを申さず戻りますぞ!!」


又右衛門は顔を真っ赤にして俺の背中を押し始めた。逆らうことも出来ず従うしかない。


結構本気なんだけどいつも相手にされないし、この時代は職業差別が激しすぎだろ。立身出世できれば商人だろうがなんだろうが関係ないと思うんだが…

商人になるとすればやれることは色々ある。例えば金銀の価値が国内でも多少の違いがあると言うのは有名であるし(戦国時代でもそうかはわからない)大規模なものになれば海外貿易は莫大な財産を築くことが可能だろう。


「説明しても無駄だろうがね…」


「何か仰いましたか?」


無駄口を叩かず足を動かせとばかりに睨まれてしまう。


「…何でもないよ~」


十数分も歩けばすぐに浅川家の屋敷が見えてくる。屋敷と言っても大した規模ではないが、周りがみすぼらしい農家宅だけなので嫌でも大きく見えるというものだろう。

屋敷は簡易な堀と塀で周囲を囲まれていてその無骨なたたずまいはいかにも土豪の本拠というにふさわしい。

俺が門をくぐると側に立っていた門番は蔑んだ視線を向けてくる。


「……」


いつものことなので無視するが、又右衛門はそれが我慢ならんのか門番を軽くにらむと「ふん!」と悪態をついて俺に従って歩き出す。


「若!」


「…わかっているさ。耳にタコだ」


「まったく!」


彼からしたら自分の子のように育てた俺が馬鹿にされるのは耐えがたいが、それ以上に俺の我関せずといった態度が気に入らないらしい。

今の俺は戦国時代にいるが、現代の30年間という過去に引っ張られている状況なので達観しているところがあるのだろう。10歳でこれでは覇気なしと見られても仕方無いと言える。


俺は屋敷の玄関に入らずそのまま庭に回って縁側でわらじを脱ぐと、それを予想してか女中が水の入ったタライを急ぎ足で持ってくる。


「失礼します」


「ああ…」


女中に足を洗われながら彼女の名前を思い出していると、本人が上目づかいで遠慮気味に話しかけてきた。


「あの、四郎様。旦那様が帰ったら姿を見せるようにと…」


「親父殿が?」


「はい。何やら至急の用件かと」


話しながらも彼女の作業は止まらない。洗い終えた足を手拭いでぬぐって目を伏せる。


(何だいったい。いつもは俺に興味を示さない親父殿が至急などと…)


呼ばれたのなら行くしかないだろう。俺は頭領の執務室である屋敷唯一の畳の間に急ぎ足で向かう。又右衛門も付いてくるようだ。


「失礼します」


俺は返答があると障子を開けて中に入り胡坐をかく。うつけに礼儀などないからな…


「それで親父殿、用件とは?」


帰宅の挨拶もせず出しぬけに用件を切り出す無法ぶりに親父殿は顔をしかめるが、出来の悪い息子のやることと諦めたようだ。


「うむ。お前には京の吉岡道場に修行として出すことにした。免許皆伝を頂くまでは帰参は許さぬ、よいな?」


そう言うと目の前に風呂敷で包まれた何かを投げてきた。ジャリと金属の音が響くが意味がわからない。混乱した頭で何とかきりだした。


「…これは」


「うむ。2貫ほど入っておるから当座の生活費としては十分であろう?なに、お前なら3年もすれば皆伝を得られるはず。それまでそれでやりくりせよ」


おもわず視線を上げて親父殿の表情を見つめる。そこには子を思う温かみなどなかった。いわゆるこれは…


(手切れ金…)


そこまで出かかった言葉を呑み込む。自分に武技の才能がないのは親父殿は十分承知のはずのなに、皆伝まで帰ってくるなという事は…言うまでもないだろう。


「徳信様!!それでは勘当も同然ではございませんか!?それではあまりにもむごうございます。せめて養子に出すか駄目なら出家もあるではありませんか?!」


又右衛門は身を乗り出して必死に問いただすが、親父殿の表情は変わらない。


「養子の必要な家中には二男を行かすことに決まった。出家は三男がおるし坊主など一人で十分よ。それに四朗はまだ10歳だからな、武技の才能が無いと決めつけるのは時期尚早というものだ。のう?」


「そっそれはそうでありますが…しかし武者修行などあまりにも」


「我が決めたことよ!異論は許さぬ!!」


有無を言わさぬ頭領の気迫に肩を震わせながら俯く又右衛門。その表情は口惜しさが零れ落ちるかの様で、我が子同前で育てた子が犬猫のように捨てられようとしている状況に我慢できるとは到底思えない。


俺としても実の親に「お前はいらぬ子だ」と遠回しに言われてショックではあったが、今までの自分の言動を顧みるに同情の余地はないかもしれないと苦笑いが浮かんできた。

それによくよく考えてみれば浅川家としての足かせが無くなり自由度は増すかもしれない(まあ無理やり感はあるが)。これは大きなチャンスでもあり大きな賭けだ。


「お話承知いたしました。それではこれで失礼」


「若!!」


一礼すると目の前の袋を片手に立ち上がる。又右衛門は俺の予想外の返答にうろたえた声を上げるが、ここに至っては拒否など出来るわけがないのだ。俺は見捨てられたのだから…


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