最大勢力
「全員、構え」
少女が指示を送ると、増援に来た“ジブラ”の兵達は一斉に銃を構える。
「…………」
「に、逃げられないのか…!」
「くそ…くそくそくそ! 何もできてないじゃないか!」
“ユニオン”の兵達は絶望し、その場に崩れ落ちる。
しかし、七月の眼は絶望しておらず、何かを数えていた。
「……なるほど…十分か」
「…? 何か言った?」
少女が七月に太刀を向ける。七月は視線を少女に戻し、ニヤッと笑う。
「環境は十二分に利用しないとね」
「え?」
七月は太刀を構える。だが、それは蝶ノ型ではなく、太刀を中段の位置で押さえ、居合いを彷彿とさせる構えになる。
「全員、砦に向かって全力で走れ!!」
「!?」
「な、なに!?」
「何でもいい! 言われた通りに走るぞ!!!」
七月が何かを仕掛けると分かった味方は、七月の言葉通り全力で走る。しかし、敵がそれを許すはずもなく、その引き金を引こうとする。…だが、七月がそうさせない。
「鳥ノ型…!」
音も立てず、七月の姿が消える。それと同時に、“ジブラ”の増援がいる数本の木が音を立てて倒れ始める。
「な、なんだ!?」
「木が勝手に!?」
次々と木が倒れていく。“ユニオン”の兵に向けて銃口を向けるのだが、倒れてくる木が危なすぎて撃つことができない。
「………そこか」
少女がスゥと構えをとる。
「…鳥ノ型」
少女も同じ、鳥ノ型で姿が消える。その瞬間、太刀と太刀が再度ぶつかり合い、二人の姿がまた現れる。
「まさかとは思ったけど、それも同じなわけ?」
「あなたこそ何…? 何で私と同じ太刀使いで…型も同じなの?」
木を斬っていたのは七月。錯乱には成功し、“ユニオン”の兵達の姿は既に無い。撤退にも成功したようだ。
「……やってくれたね」
「こういう作戦だったからな」
「…全員、構え」
七月に対して、全銃口が向く。
「壊れた銃を構えても何もならんでしょ」
「え?」
「もう全部斬った。それはただのがらくただ」
七月の言葉と同時に、全ての銃がボロボロに崩れ落ちる。いきなりの出来事に、兵達は戸惑いを隠せずにいる。
少女はここで初めて表情を変える。
「やっと焦ってくれた?」
「………」
「そう簡単にやれると思うな? 俺一人でも、多分お前らを一掃できるぞ」
「調子に乗らないでくれる? 同じ技を使える時点で、実力は互角だよ」
再びの鍔迫り合い。現在の戦力は、既に七月と少女のみ。
「…とりあえず、俺の目的は達成された。…もうやることないんだけど」
「………“ジブラ”の誇り高い意志は、小さな油断も許されない」
「…は?」
「あなたはもう、囲まれてるってこと」
ザッと、さらに“ジブラ”の増援が現れ、それは七月を囲むように陣をとっていた。
「…いやいや…」
「あなたの負け。太刀を捨てて」
「…………」
だが、そう言われて簡単に諦めるのは七月ではない。何かを仕掛けようと、体勢を低くする。…だが、それを止める声が響き渡る。
「おい六月!! いつまで時間かかってんだ!!」
「は?」
「総長…あなたまで来たんですか」
ザッザッと歩いてくる、体格の良い男性。六月と呼ばれた少女が、少し嫌な顔をする。
「たった一人に苦戦してるって聞いたぞ!」
「…ちょっと想定外の敵と遭遇してしまっただけです」
「お前がそう言うってことは、相当な手練れのようだな!!」
「総長、少し黙ってください。うるさいです」
「いつも通りの平常運転だな、六月!!」
「総長もいつも通りですね、おとといきやがれください」
「何、この人達…」
総長と呼ばれる人物と、六月と呼ばれる少女。二人の会話を聞いてるだけで力が抜けそうになる。だが、勘違いしてはいけないのは、この二人は敵だということ。呆れはするが、気は抜かない七月。すると、総長が七月に話しかける。
「“ユニオン”の砦を攻撃させた時、太刀使いに邪魔されたと聞いたが、それはお前さんか?」
「まあ、そうだけど」
「“東方”に所属しない太刀使いは六月だけだと思ったんだが…異世界の出身か?」
…隙がない。体格は良いが、そこまで手練れと思えない為、勘違いをしてしまいそうになるが…この総長、かなり戦える人間だ。
「ここで一つ、提案がある」
「提案?」
「そう。…“レア”は手放す。そして、そちら側も手放す。つまり、お互いに完全撤退しようっていう話だ」
「は!?」
「総長!? 何を言ってるんですか!?」
総長の言葉に、他の兵達が驚く。
「…総長、何か理由が…?」
「もちろん。どうだろう、“ユニオン”の太刀使い君」
「理由は?」
そう問うと、総長は手を広げる。
「…お前達は、相当動き回って戦闘したようだな?」
「え? まあ、移動はしたかと…」
「ここは、“東方”の領地のほぼギリギリのラインだ」
「!!」
総長の言葉に、“ジブラ”の兵、六月、全員が震えはじめる。
「え? え、何?」
「そ、総長…す、すいませんでした…」
「そ、そうとは知らず…」
「いやいや、目的が“レア”だったからな、仕方ないとは思う。だが、もう少し考えるべきだったな。…下手すれば、殲滅されるぞ」
威厳ある言動。その言葉に、“ジブラ”は元気よく返事をする。
「“東方”…何度か聞いたことあるけど…」
「お前は知らないかもな。簡単に言えば、ここら一帯を占める、“最大勢力”。俺たち“ジブラ”も、できれば関わりたくない勢力だな」
“東方ではないのに太刀使いがいる”。つまり、太刀使いは“東方”に所属する者独特のスタイル。だからこそ、“ユニオン”も“ジブラ”も、七月をみて騒いだのだ。
そして、“最大勢力”とも言った。総長は、この戦いよりも、“東方”の領地を侵すことを恐れている。