炎の守護者
「貴様、そのままそこで待っていろ」
「いや、絶対捕まえる気でしょ?」
太刀を収刀し、その場を離れようとする七月。だが、それを警備兵が止める。
「…砦を護った礼ぐらいはする。今、他の仲間が上に連絡を入れてる」
「え? お礼? なにくれるの?」
正直、七月はこの世界のことをよく分かっていない。ならば、この世界をよく知る者に教えてもらうのが一番だ。この警備兵の言う上の人間は、上層部のこと。色々と聞きだせるかもしれない。
「…連絡がついた。すぐに司令室に連れて行こう」
「了解だ。七月と言ったな、ついて来い」
「お、おう?」
現状、七月が彼らを助けたはずだが、どうも友好的ではないようだ。
____司令室
「ここが司令室だ。司令、お連れしました」
「早く中に入れ」
「何で急かすのさ…」
渋々、司令室に入る。シーンと静まり返った部屋を見渡しながら、大きな机へと向かう。
「…初めまして」
「どうも。あなたが司令さんですか?」
その大きな机を正面に、大きな椅子に座っているのは…
「随分と可愛らしい司令ですね」
「司令官が女だと不服かしら?」
「いいえ、そんなことは。ただ、その身に合ってるのか、とは思いますけど」
男性ではなく、女性。それも、まだ若く、20歳ぐらいではなかろうか。
「まずはお礼を言うわ。あなたのお陰で、奇襲を耐え凌ぐことができた」
「まぁ、乗りかかった船…というか、俺自身が捕まえられて船に乗せられてた状態だったし…」
「捕まった理由としては、そちらで反省してね。感謝はしてるけれど」
「正論ですね、はい」
女性は、机の中から何かの本を取り出し、それを七月に差し出す。
「…? これは?」
「この世界に関する本。一通り目を通せば、この世界のことはある程度は分かるはず」
「…………」
見透かされてる? いや、心を読まれるなんてことはあり得ない。そんなことを考えていると、女性が名を名乗る。
「私は、龍神 天歌。この砦、”ユニオン”の司令官兼、戦闘隊長をやってるわ」
「戦闘隊長…ってことは、この砦では一番強いと?」
「えぇ、多分、あなたよりね」
「挑発と受け取っておきますね」
パラパラと本を捲りながら、天歌の言葉に言葉で返す。
「それで、お礼を…この本を渡す為だけに呼んだんですか?」
「まさか。それだけなら警備兵さんに本を渡して終わりだし、わざわざ呼ぶ必要はないじゃない」
「ふぅん? それで?」
「まぁ、あなたも薄々気づいているとは思うけどね。要は、この”ユニオン”の戦力アップよ」
ふふん、と腕を組んで言う天歌に、七月はめんどくさそうな目を向ける。
「な、なに?」
「部外者を入れていいの? もしかしたら、他の敵のスパイの可能性も…」
「それはないわね」
キッパリと言い切る天歌。そんな彼女を見て、少し驚いた顔をした後、笑いながら問いかける。
「何でそう思うんですかね?」
「あなた、異世界の人間でしょう?」
「…………」
そう、七月はこの世界の住人ではない。いつの間にかこの世界の森に居て、彷徨っていたのだから。
だが、問題なのはそこではなく、なぜ彼女は、七月が異世界の人間であることに気づいたのか、ということだ。
「この世界において、異世界の人間というのは珍しくないから、あなたも珍しいわけじゃないの」
「え、なにそれ」
「かく言う私も、その異世界の人間の一人。訳あって、今はこの世界に居て、この砦の司令官をやってるわけだけど」
つまり、天歌が言うには、異世界の人間は珍しくなく、見分け方としては雰囲気がこの世界の住人と違うということ。
更に言えば、異世界に迷い込んだ直後だとなぜか分かった天歌には、迷い込んだ直後で他所の敵のスパイなんてやっているわけがない、という見解になったわけだ。
「…じゃあ、龍神さんも異世界の人間という証拠を見せてもらいましょうか」
「いいけど?」
ゴォ…と、部屋の中の温度が急激に上がる。
「暑っ…!?」
「これでいい?」
天歌の周りには、まるで自我を持っているかのような炎が。それも、天歌を護るようにして動き続けている。
「魔法じゃないけど、この世界の住人は魔法を使えない。だから、この力は”異能”に分類される。どう?」
「見ただけじゃねぇ?」
スラリと抜刀。すると、天歌の炎が更に大きく燃え出す。
「(すごいな…本当に”異能”みたいだ)」
「敵意を与えるから、炎が活発になるの。ここでやり合う気?」
「…いや、さっきの…俺より強いっていうのはあながち間違ってはいないみたいだ…やり合う気はないよ」
収刀し、ぺこりと頭を下げる。
「謝らなくてもいいけど…」
「ま、礼儀としてね」
七月のその言葉に、天歌はふふっと笑った。