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ありきたりな兄

作者: 黒野西蓮

 家族の誰も知らなかったが、兄はいじめられていた。僕がそれを知ったのは兄と同じ中学にあがってからだった。


「お前の兄ちゃんいじめられてるってよ」

 それを友だちから聞いたときの衝撃は大きかった。「嘘でしょ」と言う言葉が思わず口からでるくらい。


 たしかに兄は昔からどんくさいところがあった。卓球部に入っていたけど、あまり小回りはききそうにないくらい太っていた。スポーツだけじゃない。勉強もできるわけじゃなかった。よく悪い点数をとって母親にしかられていた。


 それが僕の兄だった。


 そんな兄がいることを思春期の多感なころの僕は恥じた。いじめられているという話を聞いて「お兄ちゃん、お願いだからはやく卒業してくれ」と思うようになった。兄とは二つ違いなので一年のがまんだった。


 校内で会うときのリアクションも変わってしまった。いつもなら見つけた方がちょっかいをかけて、追いかけっこをするのが定番だ。でも、もう僕は追いかけも追いかけられもできなくなっていた。そんな兄が恥ずかしくて軽蔑に近いなにかを感じはじめていた。


 家でも兄とはぎくしゃくするようになった。母からは「ケンカしてるの?」と心配された。でもちょうどそのころ、自分の部屋というものをもらったおかげで、以前よりも頻繁に兄と会わなくても済むようになっていた。


 そんな弟の様子を兄はどう思っていたのだろう。


 弟の態度の急変にも、兄は怒らず対応していた。話しかける回数をだんだん減らし、校内で会ってもちょっかいをかけることはなくなった。家でもほとんどしゃべらない。そんな弟のことをどう思っていたのだろう。


 兄は優しい人だった。おそらく弟がなんで話しかけてこなくなったか察しても、まったく怒りはしない。昔から欲しいものが重なったときも譲ってくれたし、僕が泣きそうになっているときもそばで慰めてくれた。そんなときは決まって「お兄ちゃんは、マサルが好きだからさ」と言っていた。僕の名前はマサルだ。


 兄にそんな態度をとるぼくにも天罰は下る。サッカー部に入って二ヶ月、僕もいじめられっ子になった。なにがわるかったのだろう。たしかに僕も兄同様そんなにスポーツは得意じゃない。サッカーは好きだったけど、全然うまくならなかった。おまけに勉強も得意じゃない。小学校のころによく言われた。兄と僕はそっくりだと。


 僕のいじめの引き金は顧問の先生だった。顧問の先生はよく僕をからかうことで生徒の笑いをとった。集団のなかでひとりの弱者を標的にして団結力を強める。そういうことを意識的か無意識的か知らないが、その顧問の先生はやってみせた。


 いじめられるようになってから、よく兄が話しかけてくるようになった。


「なんか最近おまえ暗くね?」


 兄に対する態度は変えてないはずだった。なんでわかるのだろう。僕の気持ちは落ち込んでいた。一人でよく泣いた。


「べつに」


 顔を正面から見れなかったのをよく覚えている。


 そんなある日のことだ。僕はまた部活中いじめられていた。今まで一回もやったことのないゴールキーパーをやらされて、ゴールでなく僕自身を狙うように指示が顧問から与えられた。コントロール・テストという名のいじめだ。にげまどう僕を先生が一喝する。


「ちゃんとボールをみろ!」

 

 ゴールでなく僕にむかってくるボールなんて恐怖でしかない。泣きそうになったところで、今まで聞いたことのない雄叫びがあがった。


「やめろ!」


 僕は声の主をみた。兄だった。こんなにも怒った兄をこの時まで、そしてこれ以降、今日にいたるまで見たことがない。兄はずんずんと顧問に向かっていった。。そして思いっきり足を振り切り、近くのボールを蹴った。そのボールは一直線に顧問に向かい、なんとおなかに命中した。


 そこからグラウンドは大騒動になった。奇声をあげながら突進する兄とそれをとめようとする部員。他の運動部の人たちや先生も集まって、最終的に兄は生徒指導室に連行された。


 この話はここにいる両親、妹も聞いたことがあるだろう。でも先生を襲った理由ははじめて知ったはずだ。なぜならこのとき兄は「体育の授業中ばかにされたのが頭にきた」と生徒指導室で答えているからだ――顧問は体育の先生で兄の授業をうけもっていた。僕がいじめられているのを親に知られないように嘘をついたのだろう。


 あのとき以来、兄とは普通に話せるような関係に戻った。そしてずっと尊敬している。だけど恥ずかしくて照れくさくて今までこの話を兄としたことがなかった。この結婚式の場をかりて言いたいと思う。


 兄さん、ありがとう。

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