2話
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「おなか、すいた」
「わかった、わかった。今なんか作るから‼」
とりあえずこんな唐突なタイミングだからカップラーメンしか用意できない。ヨミの口に合えばいいんだけど……
「これは?」
「知らなかったか。えっと、これはカップラーメンと言ってな、この中にお湯を注いで3分待つと出来上がる男子高校生垂涎の食べ物だよ」
「まだ、食べれない?」
「あぁ、3分待たないとな」
「……じー」
「そんなにじっと見つめてても出来上がるのが早くなったりとかしないぞ」
初めての体験に心を躍らせるヨミを横目に、俺はこの後のことを考えて小さくため息をついた。わからないことだらけで、うまく整理がつかなかった。
「もう、食べていい?」
「まだ1分しか経ってないだろ? そうだ、ヨミに聞きたいんだけど」
「ふぇ?」
「さっきのこと。ヨミの言うとおりにしたらいきなり刀が出てくるし、なぜか妖魔と戦えたり。どういうことか、説明してくれるか? あ、でもヨミはたしか記憶喪失なんだっけか。ごめん、変なこと聞いた……」
「ん。悟と憑依とさらに契約したからある程度は、思い出した。この『かっぷらーめん』ができるまでなら説明する」
疑問があるときはすぐに解消したがるのが俺の癖だ。何より胸に蟠るもやもやをさっさと解消してしまいたいという気持ちでいっぱいだった。目の前の食べ物からぐぐぐと視線を逸らして俺の質問に答えようとしてくれるヨミの様子に気付かぬまま、俺はヨミが疑問に答えてくれるのをじっと待った。
「えっと、まずどこから説明したらいいんだろ。そもそもわたしもちゃんと全部思い出した訳じゃなくて、いくつもわからないことがあるんだけど、それでもいい?」
「あぁ、もちろんだとも。わかるところまででいいよ」
「ん。まず、悟が使った刀、あるでしょ? あれはわたし、私のもう一つの姿」
「じゃないかとは思ってたけど。やっぱりか……武器になる女の子、ってラノベとかゲームの世界の中だけだと思ってた」
「らのべ? げえむ?」
「まぁ、そういうのがあるんだよ。それで、ヨミがあの刀の時ってどういう風に見えているんだ? まさか柄が目で、刀身が下半身で、とかじゃないよな?」
「ん? 悟の視点で見えてるよ。別に刀が私自身とだ言っても、感覚は悟と同期してたから刀のどこがどこっていう話は関係ない」
「そっか。それはちょっと安心したな。で、どういう理屈であんな風になるんだ?」
「……よく、わからない。ただ、悟の強い思いでわたしはああなれるっていうのは知っている。詳しいことは何も」
「ふむ。それで、あの刀で普通の武器じゃ相手にならない妖魔を斬れた訳だが」
「それは、あの姿は妖魔を倒すものだから。誰かに使ってもらって、妖魔を斬るのがわたしの使命だと思うから」
「……そうだったのか。んと、ヨミが自分がいるせいで妖魔がって言ってたけどそれに関係が?」
「ん。妖魔を倒せるわたしを妖魔が見逃すはずがないから。悟がいなかったら、たぶんわたし妖魔に喰われてた」
「物騒な……でも、そうか」
何を世迷言を、と切り捨ててしまえば楽なのかもしれない。しかし、先ほどの体験は現実だ。ヨミのあの姿を見たからには、ヨミの言うことを切り捨てることはできない。俺の知らないことがこの世界には溢れているのだから、俺の現実で物事を推し量っていいはずがない。そもそも妖魔の存在自体が超常現象の存在を示している。妖魔を倒すヨミがいてもおかしくはない。そもそもなぜそんな力をヨミが持っているかは謎だが、それはヨミに答えられることではないだろう。
「わたしは探してた。わたしを使える人、わたしを見つけ出してくれる人。それが悟だった」
「ちょっと待て。えっと、ってことはヨミをああして刀に出来るのは誰でもできることではないのか?」
「ん。悟と波長が合った。だからわたしを使える」
「他にも誰か使えたりとかするのか?」
「……わからない。悟以外見たことないから」
ここで俺に隠された力が、とか言いたい気分ではあるがあくまで力の源はヨミであるため自重しておく。
「わたしを使って武装を展開する。だけど、なぜか悟は武装が出て来なかった。不完全」
「不完全って言われてもな……そういえば戦闘中に言っていたあれか?」
「うん。本当なら悟の体を包む武装が生成される。武器と武装両方揃って完全な武装。なのに、武器しか生成できなかった」
「それって異常なのか?」
「知識から言えば異常。だけど、他の人を知らないから何とも言えない。知識違いかもしれないから」
「なるほどなぁ……」
武装。それがあれば妖魔に攻撃されてもダメージを抑えられたことだろう。なぜ、俺自身にそれが生成されなかったのか。なぜ、ヨミがそれを生成できなかったのか。どちらなんかわからないが、ともかくまたヨミを使うようなことがあるときは気を付けなければならないことだろう。もっともまた使う機会があるかと言えば、ないことを祈るばかりだ。もう妖魔に襲われるなんてごめんだ。
「そういえば、ヨミみたいな武器になれる人って他にいるのかな」
「たぶん、いる。知識でしか知らないけど、わたしだけじゃないはず。でも見たことないと思う」
「そっか、それならそういう人に出会ったらヨミは友達ができるね」
「友達?」
「うん、友達。あ、こういうのは仲間って言った方がいいのかな」
「そうじゃない。悟は、わたしの友達。恩人」
「おおぅ? え、俺、ヨミの友達でいいの?」
「嫌?」
「嫌じゃないよ、ただヨミが俺のことを友達だって思ってくれたんだなって思っただけ」
「そう。それならよかった。友達じゃ物足りないかと思った。こ、ここここ恋人とか」
「ちょ、おい。どういう意味だよ、それ。子供がそういうませたことを言うんじゃありません」
ヨミが俺の恋人だったら、とちょっと想像しちゃったじゃないか。駄目だぞ、俺。YESロリータ、NOタッチの精神を守らねば。
「まったく……あ、そろそろ食べれるんじゃないか?」
「もう時間ですか。えっと、どうやって食べるので?」
「え、箸で普通に摘まんで食べるだけだけど」
「そう。いただきます」
「いただきます」
俺たちはちょっと時間が経ってふやけ始めているカップ麺を啜り食べた。いつもは一人で食べていたから、誰かと一緒に食べるのは久しぶりでちょっとほっこりした。
その後は、妖魔との戦闘で疲れていたから、風呂に入った。ヨミとは別に風呂に入ろうと思ったのだが、入り方がわからないとごねられて結局一緒に入った。大事なところはタオルで隠しながらだったから問題ない、と信じたい……
その後は特に何もすることないので就寝。ヨミにベッドで寝かせて、俺は床で寝ようかと思っていたが、ヨミに強硬に主張されて結局一緒のベッドで寝る羽目になった。よく間違いを起こさなかったと自分を褒めたい。おかげでほとんど眠れなかった。
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奏印高校校門前。
そこに俺はいた、ヨミを連れて。
なぜ俺がここにいるかと言えば、ここで高校生をやっているからだ。今俺は高校2年生。それでもって本日は平日であるため、勤勉な俺は高校へ行かなくてはならなかった。例え、ヨミの世話があったとしてもそれをほっぽりなげて授業に励む、はずだった。
最初ヨミを家に置いて俺だけ学校に行くつもりだった。しかし、ヨミがごねた。俺と一緒じゃないと嫌だ、と。また自分がどこかに行ってしまうんじゃないか、一人ぼっちになってしまうんじゃないか、そう感じてしまうらしい。俺に出かけないで家にいてほしい、ヨミはそう言った。当然、大した理由もなしに学校を休める訳がない。まさか女の子の頼みを聞いて学校に行けませんでした、なんてことを言える訳がない。
俺が出かける出かけないを、学校の登校に間に合う時間ぎりぎりまですったもんだを繰り返した挙句、ヨミを連れて学校に行くという妥協案に決まった。
結果。
「おい、真島の奴、なんか女の子連れてるぜ」
「もしかして誘拐?」
「まさかー……まさかだよね」
「見ろよ、あんな綺麗な女の子だぞ。奴ならあり得るかもしれない」
「どういう手段を使ったんだ……まさかごにょごにょ」
……そりゃ、見る人皆噂するよな。俺が逆の立場だったらそうしたもの。
「悟、なんか怖い」
「まぁ、ヨミから見たらそうかもしれないな。だけど、誰も捕って喰おうなんて考えてないから安心しろよ」
「悟の手、握ってていいですか?」
「あぁ、構わない……ん?」
ぎゅ
「あ! 手握ったぞ」
「え、なになに?」
「どういうこと!?」
「どんな関係なんだ……まさかごにょごにょ」
ヨミは俺の手をぎゅっと握り締め、不安げな表情をわずかに緩める。そんな反応に周りの高校生はわっと歓声をあげた。余計に注目が集まっている。
「おいっす、悟」
「っんぐぅ! おい、何すんだって、って翠じゃないか」
「おはよ、まったく何目立ってるの?」
いきなり背後から背中を叩いてきたのは俺の幼馴染の穂村翠だった。俺よりも長身で、日にあたると茶色になる髪を後ろで束ねてポニーテールのようにしている。家が隣で、この町に越して来た小学校の頃から長い付き合いになる。あまり社交的でなかった俺をいつも連れ出すのが彼女だった。最近では付き合いも減ってきているのだが、何せクラスメートであるためなかなか縁が切れない。腐れ縁と言ってしまえばそうなのかもしれないが、俺自身翠には気を許している。
「目立ちたくて目立っている訳じゃない」
「目立っている人はいつもそう言うよ。っと、その隣にいる子は? ダメだよ、悟。犯罪に手を染めるなんて」
「なんでそういう反応になる。ちげーよ、この子はちょっと事情があってな、俺が預かっているんだよ」
「へーそれでなんでここに」
「俺だって連れてくるつもりはなかったんだけどな。ヨミが俺と離れたくないっていうから仕方なく」
「その子ってヨミちゃんって言うんだ」
「あぁ、金剛ヨミって名前だ。ほら、ヨミ。こいつは俺の幼馴染の翠、穂村翠だ」
俺は隣で手を握っているヨミを軽く引っ張り、翠を紹介する。こいつなら人見知り気味なヨミでも打ち解けられるだろう。
「悟から紹介あった翠です。よろしくね、ヨミちゃん」
「よ、よろしくです……私は金剛ヨミです」
「うんうん、いい子だねーこんな礼儀正しい子だなんて羨ましい……」
翠はヨミの頭に手を乗せて軽く撫でる。手を乗せられる瞬間びくっとなったヨミだったが、そのままさすさす撫でられてようやく自分に危害を加えられないと理解したのかほわぁーんと少し安心した表情を浮かべた。
「ほら、こんなところで油売ってないで教室行くぞ。あ、先に担任に許可貰わないといけないか」
「まぁ、あの人なら大丈夫じゃない? で、もちろん私も一緒に行くからね。ほら、ヨミちゃん行くよ」
「は、はい」
ヨミのもう片方の手を翠は掴んで、俺と翠の間にヨミを挟んだまま学校の中を歩き進んだ。目的地は教室の前に俺たちの担任がいる職員室だ。
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「あーいくら若いと言ってもその年で親になるというのはいささか早くありませんかね。いや、時代の流れという奴ですか、ヤることヤってデキちゃったぜ、てへぺろって訳ですか。えーそうですか、そうですか、未だに結婚していない私に対するあてつけですか。いや私はね、結婚できないんじゃないんです、しないだけなんです。私にぴったりな相手がいないだけなんですよ、けして話が合わないだとかそもそも興味持ってもらえないとかじゃないんですよ。悪いのは私じゃない、この世界は悪いんだ! ……ここまでで質問は?」
「大いにあります」
「なんですか、真島君」
「話長いです。話がずれて先生の愚痴になってます、それで結論はどうなんですか? そして俺と翠はそんなことやってもいないし、ヨミは子供でもないし」
「おやおや、真島君は固いですね。これくらいウェットで小生意気なジョークじゃないですか」
「先生、小生意気じゃなくて、小粋では? それとそれはジョークにしてはずいぶんと愚痴だった気が」
「穂村さんも固いですよ、まるで真島君のアレのような……」
「そう言う話はいいから! それで結論は?」
「まったく少しくらいいいじゃないですか」
「「先生の少しは長い」」
「はぁ、わかりましたわかりました。結論から述べると、その、ヨミちゃんだっけ、彼女を連れたまま授業を受けるのは条件付きで認めます」
「条件とは?」
「一つ、授業の邪魔をさせないこと。二つ、他の生徒の邪魔にならないこと。三つ、後で私にだっこさせること」
「最初の二つはわかりました。最後の一つについてはヨミがいいと言ったらいいですけど……」
「……やだ」
「だそうです」
「……悟じゃないと嫌だ」
「おのれぇ、真島ぁ!」
「ちょ、先生! 落ち着いてください」
「先生だって、まだ若いですし、ね?ね? いつか子供出来ますって」
「おい、穂村ぁ。あんたも夫の真島同様大概ひどいよね」
「うぇええ!?」
「ぐすん、私なんて私なんて! どうせ嫁ぎそびれた年増よ! うえええええん」
そう言って俺の担任の坂東怜美は泣き崩れた。
「えっと、どうする?」
「ここまでするつもりはなかったんだけど……あぁ、女の人ってめんどくせぇ」
「コレを女全体だって思わないでくれる? 私だって女だし、こんなめんどくさくないから」
「……私も女。めんどくさくない」
俺の言葉に翠とヨミが反論してくる。俺は思わず頭を掻いた。
「悪かったな、二人とも。さっきの言葉は撤回するよ。で、どうするかだが、とりあえず放置でよくないか?」
「そうだね、こうなっちゃうと時間が経つまでこうだし」
「それじゃ教室向かおうか」
俺たちはさめざめと泣く担任教師をほっぽり投げたまま、始業前でざわめく職員室を後にした。
教室に着いた頃には始業のベルが鳴り響いていた。俺たちは急いで自分の席に座り授業の用意をする。ヨミについてはとりあえず同じ教室にいればいいらしいため、たまたま空いていた席から椅子を拝借しヨミに座らせ、教室の最後尾の空いた空間で過ごさせることにした。何事か話を聞きたがるクラスメートがいたが、俺が軽く説明するととりあえずなるほどといった風で自分の席に着いた。きっと休み時間でこってり聞かれることだろう。正直面倒だが、ヨミのためであるならば仕方ない。
そうこうしている内に1限目の先生が教室に入ってくる。
「おはようございます。今日もいい天気ですね。おや、後ろに見かけない顔があるのですが、これはどういうことでしょうか」
「先生―後ろの子は真島君の連れ子です」
「真島君の子供らしいですよー」
おい、ちゃんと親戚の子で面倒見ているだけだと言ったじゃないか。
俺は慌てて先生に説明すると、先生はにっこりと頷く。
「えぇ、わかってますよ。坂東先生から伺いました。ちゃんと許可は貰っているようですね。管理もちゃんと真島君がする、と」
「知ってたんですか」
「坂東先生が泣きながら説明してくれたもので。あの人にいい人が現れるといいのですが……」
知っててわざと言ったのか、この狸爺が。俺は目の前のロマンスグレーの髭が似合うオジサマ先生を軽く睨んだ。この人は性質が悪い。
「まぁ、いいでしょう。真島君、座っていいですよ。それでは今日の授業を始めますよ、教科書38ページ、枕草子から……」
そして2限目も3限目も先生たちにからかわれて、ようやく昼休みになった。授業と授業の合間の休み時間でも噂好きなクラスメートはヨミについていろいろと聞いてきたが、俺は頑として答えなかった。直接ヨミに話しかける人もいたが、俺を盾にするように隠れてきたため断念したようだ。
俺とヨミ、それに翠は一緒になって昼食を取った。いつも翠は自分の友達と共に食べているが、なぜか今日は俺と一緒に食べるらしい。
俺は自分のとヨミの分のお弁当を鞄から取り出す。ヨミの分は俺の分の余りものだ。翠はどうやら購買で買ってきたパンのようだ。
周囲からの視線に晒されながら俺たちは昼食を食べる。
「なぁ、なんで今日は一緒に食べるんだ? 高校入ってからそんなことなかっただろ?」
俺は疑問を解消すべく翠に話しかける。いつもと違う行動、それはおそらくいつもと違う状況に起因するのではないか、そう考えるとヨミがいるという状況が翠に一緒に昼を食べるという行動を取らせたということになる。しかし俺にはその理由がわからなかった。
「なんとなくよ、なんとなく。まぁ、ヨミちゃんが心配だからってところかしら」
「なんでだよ」
「あんただけじゃ心配よ、こんなかわいい子、悟に変なことされないか見張ってなきゃ」
「そんなことしないって」
「……悟は大丈夫です。昨日、私と一緒に寝ても何もしてこなかったから」
「ゑ?」
「へ、へー悟ってば、この子と一緒に寝たの」
「寝たって言ってもこいつが一緒のベッドがいいって言うから……」
「いくらそう言われたからって普通寝ないでしょ、男子高校生ならば!」
「おいおい、それは仕方なかったんだって。ヨミが寂しい寂しい言うんだから」
「……悟の隣でぐっすり眠れました」
「もう!」
「おい、ヨミ。あまりそういう誤解招く台詞吐くなって!俺のイメージがどんどん悪くなっていくって」
俺は翠の反応とヨミの言葉にあたふたするだけだった。周囲の噂するような声に気付くことなく。
「なんか真島と穂村って、さ」
「うん、わかるぞ。ヨミちゃんがいるからかわからないけど……」
「今までそんなこと感じなかったのになぁ」
「くそー真島うらやましいぞぉ!」
そうこうして本日の学校生活が着々と進行していくのだった。