第四話「土の中に潜む生き物」・2
少年はそう言って雫からある程度の距離を取ると、その場から手を振りかざし地面に勢いよくパンチを繰り出した。すると地面にヒビが入り、細かな小石などが宙に浮かび上がった。
「ふっ、ッハッハッハッハッハ!!! 死ねぇ、霧霊霜一族の末裔ッ!!!」
ビュンッ! ヒュヒュヒュンヒュンヒュヒュン!!!!!!! ドスッドスドスドスドスドスッ!!!
「ぐはあッ!」
「雫っ!」
雫の細身の体に次々と鋭利な岩が突き刺さるのを見て、口に手を当てた楓が名前を呼びその場に駆け寄ろうとする。しかし、雫は何とか貫通の痛みに耐えつつ言葉を振り絞り叫ぶ。
「……来ちゃダメだ!」
「えっ…?」
雫の言葉に楓は足を止めて心配そうな視線を送った。
「ゴホゴホッ……、確かに…君の一族を僕の先祖はコケにしたのかもしれない…。でも、もしもそれが本当だとしても君の一族が本当に僕の一族よりも弱かったら、それは仕方のないことなんじゃないのかな?」
「なっ…!? て、てってててててめぇえええ!!! 先祖だけでは飽き足らず今のお前までもがこの俺を……一族をバカにしやがるのかッ!? 俺の一族は弱くなんかない…強ぇんだ…。誰にも負やしねぇ…! 今まで力では十二属性戦士の中でも最強と謳われてきた一族なんだぞ…? それが、たかが水を操るだけの一族よりも弱い? っざけんじゃねぇぞ……。そんなの俺は認めねぇ!」
少年は目を見開いてそう叫んだ。すると、少年のその言葉を聞いた瑠璃が“十二属性戦士”という言葉に反応して声をあげようとした。――が、先に雫が大きくハァ~ッと嘆息しながら喋り出してしまった。
「分かった…。仕方ないね…じゃあ実際に証明するしかない…ッ!」
「くっくっく、本当に証明できるのならば――の話だがなぁぁああああッ!!! うぉおおらぁあああぁぁぁああああッ!!! くらえ、億万倍槌!!」
ズドオォオオオオォォォォオオォォォォオォォォォォォォンッ!!!
凄まじい効果音と共に激しい亀裂が地面に走った。その傷跡はあまりにも痛々しいものだった。
「ふふっ…確かにそこそこやるみたいだね…。でも所詮岩は岩…。相性的に考えても水には勝てないよ…」
雫は顔を俯かせながらそう言った。その表情は俯いているためによく窺えないが少なくとも今まで雫が浮かべてきた表情ではなかった。月明かりに照らされて雫の肌白い肌が淡く照らし出される。
少年は散々雫にバカにされて限界が近づいていた。拳を強く握りしめ腕がプルプル振るえる。そして限界が頂点に達したのか、少年は大声で叫んだ。
「んなのやってみなきゃ分かんねぇだろうがッ!!」
「そうだね…じゃあ、分からせてあげるよ!水の恐ろしさを…」
「何…―」
そう、まさにそれは一瞬のことだった。雫は一瞬ニタリと口元に不気味な笑みを浮かべて青い瞳を一層輝かせたかと思うと、他の十二属性戦士にも見えない程のスピードで瞬時に少年の位置に瞬間移動した。
その行動には少年はもちろん仲間である三人をも驚愕させた。
「どうなってやがるッ!? 水属性にそんな力はねぇ――はずだ」
「確かに何も知らない人にとってはありえない――そう思うはずだよ…。でも、これは水の属性を使って行ったものだよ…。君が僕の方にず~っと集中して視線を当て続けてくれていたおかげで罠を張りやすかったよ……ありがとう」
「何? どういう意味だ!」
少年は何が何だか分からないと言った表情で雫に訊いた。
「簡単な話だよ…。地面を見て…」
そう言われ少年はふと足元を見た。
「これは……!」
そこには大量の水がまるで水溜りの様に溜まっていたのだ。
「君が話している間に少しここに水を流させてもらってね…。もちろん音を出さないように慎重にね…。これってすんごく神経使うんだ!」
雫はキリッと眉毛を吊り上げ手に水の球を作り出すと、思いっきり少年の顔を掴みその手の周りに丁度彼の顔がスッポリ入る大きさの水玉を完成させた。
「ぐうぁ、ゴボゴボボガバッ!!」
「ちょっと雫何してるの? 相手は私達と同じ十二属性戦士なのよ?」
瑠璃がまだ雫が理解していないのかと思い、少年が十二属性戦士であることを告げる。
「そんなこと分かってるよ!」
「――って、そうだったのか?」
若干一名……照火だけがそのことに気付いていなかった。
「ていうか、気づいてなかったの?」
「あ…あぁ…」
楓がジト目で照火を呆れ顔を浮かべつつ言った。その言葉に、照火は少しオドオドしながら曖昧に返事を返す。
「相手は岩の属性を持っている。そして、彼の特徴を覚えてる?」
「いや…」
瑠璃の質問に照火は真顔で首を横に振った。
「茶髪で記憶を失くし、凄まじい怪物の様なバカ力でハンマーを振り回すと言われている……。ありえないくらいピッタリ当てはまるでしょ? しかも記憶のないところと、属性が岩っていうところが、十二属性戦士とあてはまるじゃない!」
「なるほど~!」
照火は頷きながら顎に手を置き納得していた。
「どう? いい加減諦めがついた? 君は相性的にも、そして力量的にも僕には決して勝てない! 岩は水には勝てない…。だから君はコケにされて仕方ないんだ! ムカつく?コケにされてイラッとくる? だったらもっと自分が強くなればいいじゃないか! そして僕に勝てばいいじゃないか!! そしたら前言撤回して君の一族が弱くないって証明してあげるよ! 分かった?」
「グガボガババゴボボガバ!!!」
パチンッ!
雫がもう片方の何もしていない方の手で指を鳴らすと、水が音に反応して水風船のように破裂し水が辺りに飛び散った。
ドシャッ!!
「――っ、がはっ! ゴホォゴホゴホッ!!! はぁはぁ……。なるほど、確かに俺はてめぇよりも弱かった…。今回は俺の実力負けだ…。今までの修行は何のためだったんだろうな…。ふっ! くっくっく、アッハッハッハッハ!!! そういえばまだ俺の名前…教えてなかったな…。俺の名前は『崖斑 爪牙』…。十二属性戦士の六代目岩属性戦士だ…」
爪牙は雫に手を差し伸べた。
「ふっ…、僕は『霧霊霜 雫』。十二属性戦士の六代目水属性戦士だよ! こちらこそよろしくね、…爪牙!」
「ああ!」
差し伸べられる手を握りしめながら爪牙は澄んだ瞳で雫を見た。その眼には完全に信頼しきっている様子が見受けられる。すると、瑠璃が戦いは去ったのだと思って二人に話しかけた。
「まぁよく分かんないけど二人とも気は済んだの?」
「まぁまぁかな…。それよりも怪物は一体どこに行っちゃったんだろうね…」
「確かに…」
四人、いや五人は辺りを見回しながら怪物の姿を探したがやはり見つからない。
と、そこで爪牙が痺れを切らしハンマーを振り上げる。
「くそ…このままじゃラチがあかねぇ…! うぅおおぉりゃぁぁああああッ!!!」
ドッガァアアァァァァァァァアアァァァァァン!!!
「うわぁあ…! ちょっと、急に何してんのよ! びっくりするでしょ?」
「んだよ…どうせ奴は俺と同じ岩属性なんだ…。それにあんだけ図体がデケェんだし、いねぇとしたら地下に潜ってるとしか考えようがねぇだろが!!」
爪牙が舌打ちしながら楓を睨みつけた。
「そうだとしても、地面を好き勝手にハンマーで打ち付けていいとは限らないでしょうが!」
楓も負けじと爪牙を睨み返す。そんな二人を瑠璃が宥めようと声を掛けるその瞬間、大きな地響きが起きた。
ドゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……。
「ウグゥゥァアァアアアア!!!!!!」
そう、あの怪物が姿を現したのだ。
「で、出やがった!」
照火がその怪物の大きさに目を丸くしながら上を見上げる。すると、その怪物は再び地面に潜った。 しかし、それは単に逃げるためではなく地中から攻撃するためだった。
怪物は鋭利なドリルで地中から襲い掛かってきた。十二属性戦士四人と瑠璃はまさに籠の中の鳥という状況に陥った…。すっかりドリルで周りを塞がれると、十二属性戦士達がいるすぐ真下から再び怪物がその姿を現した。さらに運の悪いことに先ほど爪牙が地面を殴ったことに重なり、今怪物が地面に穴を大量に開けたことで亀裂が広がり、地盤が緩くなったために大きな穴がポッカリと出現しその漆黒の穴に十二属性戦士と瑠璃及び怪物が落ちて行った……。
暗く漆黒に包まれた洞穴の中…。冷たく湿気に満ちジメジメした空気が漂うこの場所に怪物と十二属性戦士達は落ちてきた。
「くっ…このままだと全員落下速度を落とせずに硬い地面に叩きつけられておしまいだぞ!?」
爪牙が遥か遠く、しかし落下の速度からしてあっという間に近くに見えてしまうであろうゴツゴツした岩肌の地面を見ながら言った。
「何か引っかけるもの持ってないの?」
楓が皆に問いかけた。
「ダメだ! さっき全部落としちゃったしな…」
照火が悔しそうな顔をして答えた。すると、雫が爪牙の持っている武器の形状を見ていいアイデアを提案した。
「ねぇ、爪牙の持ってる武器をその岩壁に引っかければ何とかなるんじゃない?」
「なるほど…確かに爪牙の力だったら私達全員がぶらさがっても大丈夫そうだしね…」
雫の言葉に楓も賛同し、意見は一致した。当の本人もやる気に満ちた表情で言う。
「そういうことなら任せろ! うおおおおおりゃ!!」
そう言って爪牙はご自慢の力でハンマーを振り下ろし岩壁に打ち付けた。すると、その一部分だけが崩れ落ち、そこにしっかりとハンマーが引っかかった。
「よし! てめぇら俺につかまれ!」
爪牙の合図で皆は円柱状の壁を蹴って爪牙の伸ばす手に捕まった。そして、その下その下とドンドン人間ロープのようにぶら下がっていった。爪牙の左手に照火が飛びつき、その足に瑠璃、瑠璃の手に雫。楓は爪牙の足にしがみついていた。
「ぐっ! …っく………んで、これからどうすんだ?」
爪牙が歯を食いしばりながら尋ねた。
「とりあえず、その状態から下に降りれない?」
「んなのムリに決まってんだろ!? なめてんのか?」
「なっ、爪牙! 瑠璃さんに何てこと言うの!?」
楓が照火の足を掴んだまま言った。
「んだ、てめぇ!! 俺のおかげで助かってること忘れたわけじゃねぇだろうな!?」
爪牙はそう言って楓に偉そうな視線を向けた。その二人の言い争いを聞きながら、瑠璃ははぁ~とため息をついた。
と、その時、雫がまたしても何か閃いたらしくそれを皆に教えた。
「ねぇ、僕のこの武器を使えば下に降りれるよ?」
「えっ、どういうこと?」
瑠璃が二人の言い争いの音をシャットダウンして雫の言葉だけを聞くようにした。
「要するに、僕のこの武器は限界範囲はあるけど、ある程度の長さまでなら伸縮可能なんだ!」
「へぇ、そんなことも出来たのね!」
瑠璃が嬉々して笑顔で言った。
「ってことは、それを使えば下に降りれるってことか?」
照火もやっとその会話に入れることが出来、雫に訊いた。
「うん! この高さならたぶん下まで届くと思うよ?」
雫が下の様子を確認しながらもう一度上を向き、爪牙の左手に捕まっている照火に言った。
「じゃあ、早速試してみて?」
「分かった!」
瑠璃が実行の許可を出し、雫が瑠璃の足の方に移ってなるべく地面との距離を近づけると、武器を取り出してそれを地面に向かって伸ばした。すると、雫の持っている霧霊霜一族の伝説の宝刀『水三又』通称『トライデント・ステッキ』がゴツゴツした岩肌の地面の約3cm手前まで伸びた。
「これでよし…!」
雫はその様子をしっかり確認し、武器を地面に向かって思いっきり突き刺した。硬い岩に刺さった武器は周りが硬い岩で囲まれているため移動することが出来ず、そのまま固定された状態になった。
「じゃあ先に降りるからね?」
「気をつけて!」
「うん!」
雫は自分の武器にしがみつくと、そのままゆっくりと回転しながらシュルシュルと細いポールをポールダンスをする人の様に華麗に滑り降りていった。そして滑らかに美しくシュタッと地面に着地した雫は思わず歓声をあげた。
「やった!」
その行動にクスリと笑いながら瑠璃が下方にいる雫に尋ねる。
「それで、それからどうするの?」
「皆も僕の武器を伝って降りてきて!」
「そんな! 届くわけないじゃない!」
瑠璃がとても無理という顔で雫に言った。確かに雫の時はまだ武器の先端が近くにあったからいいものの、次に降りる瑠璃には少しばかり距離があった。足をグッと伸ばしてみても僅かながら届かない。
「ええぇぇぇええぇっ!? じゃあ僕が受け止めるから!」
「それも無理……」
「でもそれだったら皆降りられないし…どっちか決めてね?」
「そんな…」
実の所、瑠璃はこう見えて高所恐怖症なのだ…。しかし、物凄く極度という程でもない。
十段階のレベルなら三くらいだ…。しかしながら、二つの選択肢の内どちらかといえば、まだ受け止めてもらう方が安全かもしれない。だが、受け止めてもらう相手が雫では少しばかり心細い気持ちがあった。せめて爪牙の様にガッシリと力がありそうな男ならばいいが、雫の細身では受け止めるどころか下敷きになってしまう事が容易に想像できた。
しかし、決めかねていると自分以外の三人の体力にも限界が訪れてしまうと思った瑠璃は、仕方なくもう一つの選択肢を選ぶことにした。
「分かった…じゃあ武器を伝って行くから…」
「うん…」
雫は少しトライデント・ステッキから下がると瑠璃が降りてくるのを待った…。
ゴクリ…。
――大丈夫よ神崎瑠璃…。自分を信じなさい! こんなことで怯えていたら、どこかで待ち伏せているかもしれない怪物にどう対処すると言うの? しっかりしなさい!!
そう言って自分に暗示をかける瑠璃…。そして覚悟を決め、深呼吸すると一気にトライデント・ステッキに飛び移った。
「きゃっ!」
瑠璃はギリギリのところで何とか武器にしがみついたが、ズリリリ! と、手が思い切り擦れてしまった。
「いたっ!」
瑠璃は反射的に手を放してしまった。もちろん、自分の体の体重を足だけで支えられるはずもなく、バランスを崩した瑠璃はそのまま下に落ちてしまった。
「いっ、いやあああぁぁぁあああ!!!」
「ん? 何!?」
ドシャッ!
「いっつ~…。いったたた……も~、一体――って、お姉ちゃん?」
「あっ、ごめん! 大丈夫?」
「う、うん…」
瑠璃はゆっくりと体を起こし雫の上から離れた。案の定瑠璃は雫を下敷きにしてしまった。と言っても受け止める体勢ではなく油断していたからこのような状態になってしまったのだが……。仮に受け止めてもらう方を選んでいたら雫はちゃんと受け止める事が出来ていたのだろうか。ふと、そんなことが脳裏によぎった。
しかし、瑠璃はそんな考えを振り払い作り笑顔を浮かべながら頭をかいた。
「はは、手が滑っちゃって…」
「いいよ…。慣れてない人には難しいからね…」
雫は手を振りながら瑠璃を許した。そうこうしているうちに他のメンバーも武器を伝って下に降りて来ていた。
「ふぅ…。これで全員下に降りたな…。で、敵は何処にいるんだ?」
照火が地面に降り立つや否や、さっそく怪物の姿を探した。しかし、それらしき姿はどこにも見当たらない…。すると、楓があるものを見つけた。
「何これ?」
その声を聴いて他の皆もその場所に向かった。皆が見てみるとそこには何万という頭蓋骨などの骸が山積みになって放置されていた。
「随分と広い場所だな…。何かあるのか?」
照火が周りの様子を見ながら言った。
「この異様な腐敗臭…。ここで怪物は寝食してるみてぇだな…」
そう言って爪牙が嫌そうな顔をして鼻をつまんだ。
と、その時、またしてもあの地響きが聞こえてきた。すると、それと同時に怪物が姿を現した。
「グワゥウゥゥウアアァアアアアアァァア!!!」
「出やがったな怪物ッ!!」
照火がさっそく武器を構えて応戦する。しかし怪物にはその攻撃は聞いていなかった。怪物は自分の頭に被ったヘルメットを盾に使い、攻撃を防御した。
【このわしの邪魔をするとは…貴様ら。さては、十二属性戦士か!?】
突然怪物が口を開き喋り始めた。そのことに全員が驚愕する。
「!? …どうして知ってるんだ?」
照火は、怪物が自分達の正体を知っている事に驚き、不思議な表情で怪物を見つめた。しかし、それだけではなく照火はこの怪物が喋れたということに対しても驚いていた。
十二属性戦士四人が各々武器を取り、瑠璃が少し後ろに下がって警戒態勢を取ったその時、天井の僅かな隙間から差し込んでくる月明かりに照らされた怪物の体を見て爪牙が声をあげた。
「なっ!? てめぇはステラ・ボッコリー!!?」
「昔、鉱山の仕事を手伝っていたモグラで、つい最近行方不明になったっていう――」
「あ、ああ…」
爪牙が信じられないという顔で放心状態に陥る。
【ふふふっ…久しぶりだな崖斑爪牙…。だが、今のわしは昔のわしじゃない…。わしは力を手に入れたのだ…。あのお方によってな…】
「あのお方?」
爪牙は気になる部分を相手に訊いた。
「あのお方って一体誰のことだ!?」
【貴様に話すつもりはない…】
「はっ…ははっ…なら、ムリにでも教えてもらうだけだッ!!」
爪牙は武器を構えるとニヤッと笑い、体を捻りながら思い切りハンマーを振るった。
「死ねやぁあああうぉおららぁああああああッ!!!!」
【グフフフッ、貴様は愚かだ…。このわしの力が以前と同様と思っているのか? グフッッハハハハハ!!!! 片腹痛し…!!」
そう言って怪物はその強靭な腕でその攻撃を防いだ。僅かにその威力に後ろに押されてはいるが、その攻撃はほとんど効いてないらしく、腕にもかすり傷一つついていない。
「なっ…んだと?」
「爪牙の攻撃が全く効いていない?」
瑠璃が信じられないといった表情で言った。
【グハハハハ!! このわしは貴様のようなレベルではないのだ…。わしは、あれから強くなった…。いや、強くしてもらったと言った方が妥当かもしれぬ…。あのお方は不思議な能力でわしの体に凄まじい力を与えてくださった…。わしはその期待に応えねばならぬ!! だから、わしの邪魔をする貴様らは排除せねばならんのだ!! 死ね、十二属性戦士ッ!!】
「くっ…例えそうだったとしても俺達はあんたに負けるわけにはいかないんでね!」
照火が手に炎を出現させ言った。そして、それにステラが気づいたと同時におもいっきりその炎を投げ飛ばした。
【グゥウワァアアア!!! ククッ…このわしにそんな技が通用すると思うのか? わしの体はとてつもなく硬い…。この強靭な体にそんな柔い攻撃は通用しないのだよ!! 今度はわしからいくぞ! 『ダブル・アース』!!!】
ドゴオォオォオオン!!!
ステラは思いっきりパワーを溜めると、大きく岩の様な硬い手でゴツゴツした岩肌の地面を殴った。それと同時に凄まじい効果音が流れ床が揺れ動いた。天井からパラパラと石礫が落ち十二属性戦士の頭に降り注ぐ。
「もうっ、何なのよ!」
その石礫にイライラしながら楓が髪の毛につく石礫を小さな手で払い落す。その度に薄い水色の髪の毛が靡き月明かりを浴びて淡く光る。
と、その時、その楓のすぐ真後ろから攻撃が飛んできた。そう、後ろで構えていた雫がステラに攻撃したのだ。
【ぬっ!? 貴様、水属性の者か…。クッ、面白い…。来い、水属性戦士!!】
「言われなくても、そのつもりだよ!」
雫はフッと微笑むと、伸縮可能な武器トライデント・ステッキで水を大量に出現させてそれを操りステラに攻撃した。最初はただの水の球だったのがステラに向かって飛んでいき近づくにつれ、どんどん形状が変化していった。そして、最終的にはその水玉は鋭利なトゲとなって怪物を襲った。
【ウグゥウアアア!! …とでも、言うと思ったか?】
「何!?」
【わしにはそんな小さな技は通用せん! もっと大技をぶつけてこい!】
「言われなくてもそうさせてもらうよ!」
雫は足を踏み込み前に勢いよく移動すると、頭上のステラにトライデントで素早い突き攻撃をお見舞いした。技は見事に炸裂し、ステラは呻き声をあげ後ろに二、三歩下がった。そして首を激しく左右に振ると、またしてもさっきの鋭い目つきで十二属性戦士に対する攻撃を再開した。
「どうすればいいの?」
楓がステラの攻撃を全て跳ね返しながら途方に暮れる。
「やはりあの硬い鎧が邪魔だな…」
照火がステラの身に着けている鎧を指さして言った。
「そうか…アレを破壊すりゃ――」
「あいつを倒せるってことだね?」
雫が爪牙の話している所に割り込んで言う。
「おい、雫テメェ……俺のセリフ盗ってんじゃねぇぞ!?」
「そんなこと今はどうでもいいじゃん!」
雫が明るく振舞い爪牙の言葉をスルーする。ステラはさらに魔力を増幅させ攻撃力を増してきていた。だんだんと、この怪物の重みに耐えきれなくなってきていた地盤は、気付けば5cmも沈んでいた。
四人の十二属性戦士と一人の姫君は、敵の攻撃を必死に躱しながらどうすればこのステラの鎧を破壊できるか考えていた。
と、その時、偶然にもステラの背後に回って攻撃を回避していた瑠璃があることに気付いた。その目線の先に映っていたのはステラの背後にある鎧の金具。どうやら、怪物の身に着けている鎧の全てを固定させている素となる金具なのだろう。他の部分についている金具よりも一際大きく太い…。
――あれを破壊出来れば…。
瑠璃は皆に一か所に集まるように指示をした。皆は彼女のそれを聴いてすぐに集まった。そして瑠璃は攻撃の防御全てを雫に頼んだ。
「おい、何で俺にやらせねぇんだ!?」
爪牙が不満そうな口調で瑠璃に言う。
「あなたはどちらかというと攻撃向きでしょ? だから今は体力を温存して後で使うために取っておくの!」
瑠璃が人差し指を立て爪牙の目の前に手を伸ばしていった。
「………チッ!」
爪牙はしばらく考え込んだあと舌打ちしてそっぽを向いた。丸く円を描くように瑠璃、爪牙、楓、照火の四人が各々好きな座り方で座っている。そして、その四人を囲うように雫の防御結界が張られ、ステラが飛ばしてくる岩から四人を守っている。もちろん、雫もその結界に集中しながら自分に来る攻撃もすべて防御する。
「うわっと!」
雫はステラをひきつけ出来るだけ防御結界に近寄らせないようにしていた。
「で、作戦はあるのか?」
「もちろん!」
「早く説明しろ!」
「まぁまぁ…そんなに慌てないで…」
瑠璃は焦る二人をなだめ説明を始めた。
「いい? まずあいつの背中には全ての鎧を留めるための大きな金具がついているの。それを破壊すればいいと私は思っているの…。でも、そのためには問題があるの…」
瑠璃が俯いて言う。
「問題…ってなんですか?」
瑠璃が俯いていることを少し気にしながら楓が質問した。すると、瑠璃は何か考え事をしていたのか、楓の声に驚き肩をビクッと震わせ慌てて顔を上げた。
「あっ! あっああ…うん…。問題って言うのはね…。あの金具を壊すためにどうやって背後に回り込むかってことなの…」
「やっぱここは誰かがアイツを引きつけといて俺が殺っちまった方がいいんじゃねぇか?」
「それが一番手っ取り早いのは確かなんだけどね…少し無理があるのよね…」
瑠璃が雫とステラの攻撃の凄まじさに少し驚きながら話を続けた。
「…あいつは今も見て分かると思うけど反射速度が素早いの…。だから、誰かがひきつけたとしてもそれを切り抜けてさっと背後にいる人の攻撃も防がれるわ!」
「じゃあ、どうすんだよ!?」
爪牙がハァ~とため息をつきながら頭をボリボリかいて言った。すると、雫のある攻撃を見て瑠璃は閃いた。
「そうだ!」
「何か思いついたんですか?」
瑠璃の言葉に楓が反応して首を傾げながら訊いてみる。
「ええ…。雫のあの巨大な水玉…。あれを硬くすることって出来ると思う?」
瑠璃のとてつもない言葉に皆は固まってしまった。無理もない…。論理的に考えてあまりにも、無茶苦茶な要素が多く詰まり過ぎている。特に、…水を硬くする…。そんなこと普通なら不可能だ。しかし、ここは様々な属性を持った人間がいる。中にはそんな人間がいても何らおかしくはない。どちらかというと、そういう人が一人もいない方がむしろ不自然である。
「水を硬く…。そんなことはおそらく不可能と思いますけど…、あの水玉に私の風の力を混ぜ込むってことなら可能ですよ?」
楓のその言葉に瑠璃は食いついた。目を輝かせながら楓の両肩に手を置き首をコクリと縦に振り頷く…。
「えらいわ楓! ナイスアイデアよ! その手で行きましょう」
瑠璃が親指を立てグッジョブサインを送った。
「あ、ありがとうございます…」
少々苦笑いをしながら表情を引きつらせ楓は瑠璃にお礼を言った。
「だったら早く雫にこの作戦のことを伝えねぇと!」
爪牙がステラの囮になっている雫を見ながら言った。
「雫ッ! 囮交代だ! 俺が代わりに殺るから、お前はこいつらから作戦の内容を聞けッ!」
「わ、分かった!」
雫はボロボロの体で軽傷を負った左腕を押さえながら瑠璃達の下へ向かった。
「作戦って何なの?」
「説明するからとりあえず座って!」
「う、うん…」
雫はゆっくりその場に座り二人に作戦の説明をしてもらった。
「――分かった?」
「あぁ、うん…。でも、これ本当に上手く行くのかな?」
「私の考えたアイデアなんだから大丈夫に決まってるでしょ? あんたはおとなしく私の言うとおりに動けばそれでいいのよ!」
楓にそう言われ、雫は「はぁ…」と、小声で答えた。
爪牙はステラと互角の状態で戦いを続けていたが、だんだんと疲労が溜まってきたのか疲れを見せ始めていた。
「おい、そろそろ準備いいか?」
「ええ…! 雫には説明し終わったわ!」
「よっし! 照火!! おめぇは俺と一緒にコイツのひきつけ役だ! いいな?」
「もちろん分かってる! そんなことよりも、自分の役回りちゃんと理解出来ているんだろうな?」
「あたりめぇだ! この俺に不可能なんて言葉ありゃしねぇ! 向こうは準備出来てるみてぇだし、さっさとおっぱじめるぞ!」
「ああ!」
爪牙と照火はそれぞれ反対の方向に走り、ステラの右と左に立ち武器を構えた。
「お~いデカブツ!! こっちだ! 俺様が相手してやっからさっさと来やがれ!」
「おっと、お前の相手はこの俺だ! こっちに来い!!」
【ぐるぅうううう…ふん! さては囮か…。そんな小細工はこのわしに効きはしないぞ?】
「はっ! おもしれぇ!! だったら普通に攻撃してやったっていいんだぜ?」
【わしは、はなからそのつもりだ!】
ステラはそう言って地面に手を突っ込むと、鋭く長い爪に引っかかった巨大な岩が持ち上げられ、それを思いっきり爪牙と照火に向かって投げつけた。
「くっ! で、デケェ!! だが、おもしれぇ…。その分こっちもやる気が起きるってもんだ!!
くらえぇぇぇええええッ! 『ロック・スマッシュ』!!」
爪牙は危機的状況に陥っているのに、むしろその状況を楽しみながらハンマーを振るい攻撃した。その瞬間、頑丈な巨大岩が見事粉々になり、その破片がステラに大量に刺さった。
【うぐぅうう…】
破片が刺さった衝撃で後ろに押されたステラは、両腕を犠牲にしながらも見事攻撃を耐え切った。
「相当頑丈みたいだな! だが、お前は今隙を見せている! そのチャンスもらったぜ!!」
【な、何!?】
気配を感じ取ったステラが咄嗟に顔を約180°回転させると、雫と楓の二人が魔力を高め攻撃の最終段階に入っていた。
「「くらえぇぇぇぇえええええええええっ!!!」」
二人の息を合わせた合体技が見事決まり、ステラの身に着けていた頑丈な鎧は雫と楓の強力な技によってバラバラに破壊された。そして、弱点丸出し状態のステラは、照火の業火の炎によって骨も残らず燃やし尽くされた。
【ぐぅうぅぅううううわぁぁぁあああッ!! このわしがこんなガキ共にぃぃぃいいいいいッ!!】
凄まじい炎が空気を取り込んでどんどん大きくなり、その大きさは洞窟の天井にまで達するほどだった。
そして、ようやくステラを燃やし尽くしたその炎は、役目を終えた使い魔の様にあっという間に消え、そこには白い煙だけが残った。
「ふぅ…みんな大丈夫だった?」
瑠璃が岩陰から姿を現し皆の状態を確かめた。
「はい…一応皆無事です!」
「そう、それはよかった…。それと、こっちも住民たちが捕えられてる場所を見つけたわ!」
「本当?」
雫が嬉しそうに瑠璃に訊いた。
「ええ…。早く住民を助けてあげましょう?」
「そうだな…。にしても、どうしてステラは急に凶暴になったんだろうな…?」
「恐らく、何か原因があると思うわ…。でも、今はそれよりも住民を助けないと!」
照火の質問に若干考え込む瑠璃だったが、優先すべきを村人の救出にしていた瑠璃はすぐに考えることをやめて皆に村人を助けに行くことを伝えた。
「ったく、メンドクセェな…」
爪牙がハンマーの棒に腕を回し、もたれかかりながら頭をかいた。
「そんなこと言わないで。自分の生まれ故郷の仲間でしょ?」
「あぁ? ふざけんな! 俺はあいつらを仲間だなんて微塵も思っちゃいねぇ!! ふざけた解釈してんじゃねぇぞ!!?」
爪牙は、相手が例え一国の姫であろうとそんなことお構いなしで瑠璃に向かって罵声を浴びせた。
「ちょっと爪牙っ!!」
「ケッ…」
爪牙は洞窟の入り組んだ道の奥へと進んで行った。
「ちょっと何処に行くんだよ!」
その行動を見た雫が心配そうな声で爪牙の後を追い掛けて行く。
「ちょっ、二人とも!」
突飛押しもない突然の行動に慌てた楓が二人を捕まえようとすると、瑠璃が顔を俯かせて言った。
「楓! いいの、出口か何か探しに行ったんだと思うわ…。多分、この都で何か揉め事があったのよ…。今まで酷い扱いか何かされたんじゃないかしら…? スコットさんもそんなことを呟いてたし……」
瑠璃はゆっくりと顔をあげると、住民が捕らわれているという場所へと向かった。
――▽▲▽――
「ちょっと待ってよ爪牙!」
「あんだよ!?」
いつまでもついてくる雫に痺れを切らしたのか、完全に頭に血が上っている様子の爪牙が雫に詰め寄る。
「どうしてあんなこと言ったの?」
雫が爪牙の顔を覗き込むようにして訊いた。どうやら雫には爪牙の強い眼力が効いていないらしい。そのことに気づいた爪牙はしばらく沈黙を続けると、小さく嘆息して「てめぇになら教えてもいいかもな…」と言って、側の小岩を椅子代わりにして座った。
「あれは……俺が物心つく前の話だ」
「うんうん…」
爪牙が手を組み、肘を自分の両膝に置いて前屈みの状態で話を始めた。
――▽▲▽――
それから一時間後、無事岩の都の住人は救出され、爪牙たちが見つけた洞窟の出口から何とか外に脱出することに成功した。村人たちは爪牙を嫌な目で見ながらも助けてもらった恩人の一人としてお礼を言わざるを得なかった。しかし、当の本人もあまり本意ではないようで、そっぽをむいて腕組みをしたままだった。
「爪牙…。これからどうする? 僕達に着いてくる?」
「あぁ…そうだな。てめぇらについていけば、そのうち記憶を取り戻すきっかけが見つかるかもしれねぇ! それに、旅ってのも面白そうだしな!」
そう言って爪牙は村人に背を向けさっさと先に森の方へ行ってしまった。
――爪牙…もしかして雫には心を開いてるんじゃ…。
雫と爪牙の二人の会話を聞いてそう思った瑠璃は、少し安心してふと笑顔を零した。そのクスッという声に気付いた楓が瑠璃を横目で見ながら訊ねる。
「どうかしたんですか?」
「ううん…ちょっとね…」
こうして、新たなる仲間を増やした十二属性戦士達は、何やかんやで四人目の仲間『崖斑 爪牙』に迎え入れ、岩の都の住人達に手を振られながら岩の都を後にし次の十二属性戦士を探す旅に出たのだった……。
というわけで、四人目の十二属性戦士を仲間にした瑠璃。後残り八人!まだまだ長いですね~。ちなみに合計で十二属性戦士は十二人だと決まっているわけではありません。ただ、六代目が今のところ確認されているのが十二人だから十二人探しているだけです。もしかすると人数が増えるかも?しれません(笑)
それぞれ記憶を失っている上に、爪牙の場合はトラウマ的過去も背負っていました。瑠璃は薄々感づいているようですが、爪牙は少しばかり雫には心を開いているようです。まぁ、戦いで何かを感じ取ったのかもしれません。
そんな爪牙の過去は次回でもう明かされます。一体どんな事件があったのか、それは次回に続きます!