第三話「赤き炎に包まれし魔物」・1
ここはたくさんの火山、そして農作物などが育っている炎の都…。炎の都の地下には大量のドロドロに溶けたマグマが煮えたぎっており、それによって農作物はとてもミネラルたっぷりで美味しくなるのだ。そのため、大抵の野菜や果物などは炎の都から輸出などされている。しかし、一昨日の夜中のこと…。謎の大きな炎をまとった生き物が真っ赤な体を使って農作物の育つ大地を全て一瞬にして焼け野原に変えてしまったのだ。その正体が何なのか住人達は分かっておらず、すっかり困り果ててしまっていた。
炎の都森の中…。
「あの~…、そろそろ自分で持ってくれない?」
「は?」
「だから、いい加減自分で持ってよ~!!」
「いいでしょ? 第一自分で持つって言ったじゃない! 男に二言はないでしょ?」
「そ、そうだけど…」
話は数時間前に遡る…。
《ねぇ、いい加減これ自分で持ってよ!》
雫は両手で楓の荷物を抱えヒィヒィ言いながら歩いていた。
《あ~、もう分かったわよ…。じゃあ、じゃんけんで負けた方が持つってことで!》
《どうしてそうなるの~》
《いいじゃない。要は雫が私にじゃんけんで勝てばいいだけのことなんだから》
《うっ、まぁ…そうだけど》
雫は、楓に図星のことを言われ言い返せなくなった。
《じゃあ、いくわよ!》
《じゃんけん…ポン!!》
結果はチョキとチョキであいこ……。
《……あ、あいこでしょ!!》
結果は、…グーとパーだった。
《やった~! 私の勝ち~!!! ってことで雫、荷物よ~ろしく~♪》
楓は何度も飛び跳ねた後スキップしながら言った。
《なっ! 今少し出すの遅かったよ?》
《文句言わないの! 負けは負けなんだからおとなしく荷物運びなさい!!》
《くぅううううううううううッ!!!》
雫は悔しそうに涙を浮かべながら必死に荷物を運んだ。
そして今に至る………。
「第一あれはじゃんけんで決まっただけの話で、僕は自分で持つなんて言ってないよ?」
「え~っ、そうだっけ?」
「お姉ちゃんなら知ってるんじゃない?」
「瑠璃さん見て――うぐっ!!」
楓は雫の方を向いて喋って前を見ていなかったため思わず瑠璃にぶつかってしまった。
「あっ、ごめん…」
「い、いいえ……。私もよそみしてたのがいけなかったんですから…。それよりも何かあったんですか?」
「あれを見て」
瑠璃にそう言われるがままに楓と雫はひょいと少し背伸びをしながら前方の光景を眺めた。
それはまさに地獄絵図と言った光景だった。
草木は完全に焼け焦げており、所々は草自体がなくなりヒビ割れの激しい荒れ果てた大地が剥き出しになっていた。さらに、そのヒビ割れた地面の間からはブシュ~ッと嫌な音を立てながら蒸気が噴き出ていた。そう、この地面の下にマグマが溜まっているため熱気が水滴などを蒸気に変えているのだ。
雫が少し顔を近づけてみると、ブワッと熱い熱気が襲ってきた。
「うわぁああっちちちち!!!」
「だ、大丈夫? ここは危険だから遠回りして住人たちの住んでいる場所に行こう!」
雫の突然の行動にヒヤヒヤしつつ、瑠璃は吹き出る汗を腕で拭い取りながら言った。何しろここは炎の都…。水の都や風の都とは随分温度差があるのだ。言うなればこの都自体が軽くサウナ室と言ったくらいの温度だ。
瑠璃達三人はその場から離れ少し足早に炎の都の住人が住んでいる場所へと向かった。
数分後、三人はようやく一人目の住人と思われる男を見つけた。
「あの…すみません」
瑠璃が男に尋ねた。
「何だい?」
にっこりと微笑みを浮かべながら瑠璃の呼びかけに応じる男性。その様子から心優しい人なのだと安堵した瑠璃は、ホッと胸を撫でおろしながら男性に質問した。
「ここに十二属性戦士はいませんか?」
瑠璃の単刀直入な言葉に雫と楓の二人は驚いた。訊かれた当の男性も困惑している様子だ。
「ちょっ…瑠璃さん。そんないきなり言っても…」
「だって…」
瑠璃は少しムキになっていた。その様子に二人は「一体何があったというのだろうか」と少々不安になる。
「あっ、ごめん…」
「べ、別にいいですよ…」
瑠璃は二人の表情を見てやっと我に返ったようで少し申し訳なさそうに謝った。楓も手を振りながら返す。
「それよりもさっき焼け野原を見たんだけどあれって何なの?」
雫は二人のやり取りを見つつ、楓の重たそうな荷物をまるで赤ん坊をおぶるようにしながら訊いた。額からは尋常じゃないほどの汗が溢れだし、ポタポタと地面に滴り落ちている。雫は他の人よりも小まめに水分補給をしているためその分出てくる汗の量も多いのだ。
「なんだあんたら“アレ”を見たのかい? あれはそうだな…一昨日のことだった…。あそこはもともと農作物を育てる場所だったんだが、今では見る影もないだろ? それには深い理由がある……。夜中、なかなか寝付けないということで散歩していた時、真っ暗闇の中に一つだけ灯りが見えたから不審に思ってそこに行ったんだ。そしたらそこには……淡く光りながら真っ赤に燃える炎を纏った謎の生き物がいて、農作物を荒らした後にその場所を一気に焼け野原にして全てを真っ黒に変えてしまったんだよ…」
怪綺談を語るように男性は三人にそう説明した。その様子から三人は相当おぞましい怪物がやったに違いないと想像しながら思った。
「ひ、ひどい…」
楓は悲しそうな表情で口に両手を当てながら言った。
「まったくだよ。俺たちが丹精こめて作った農作物だってのに……。おかげさまで今年は収穫があまりにも少ないために食糧難に追われているんだ。そんな時、俺達は一人の容疑者候補に成りうるやつを思い出した」
「容疑者候補?」
瑠璃が真剣な表情になって聞く耳を立てた。
「そいつはほら……向こうに火山がたくさん連なった場所があるだろ? あそこは、『コルタルン火山群』と言ってその近くにやつが住んでいるんだ。あいつはなぜか俺達と昔から関係を持とうとしない…。まったく頭の中で何を考えているか分かったもんじゃない…。しかも、その火山群の中心には“死の釜”と呼ばれる釜があってな…。昔はそこで祭りなどの行事が執り行われてきたんだが、今ではそれも怪物が住みついて行われていない。……数年前からな」
「怪物…、容疑者候補……」
瑠璃はあごに手を当て考え事をした。
「なぁ、見たところあんたら旅の人みたいだし武器も持ってるようだ…。俺からの頼み……聞いてもらえるか?」
「頼み?」
瑠璃はバッグの中から何かを探していたようだが、男性の言葉を聞いた途端その手の動きを止めた。
「ああ…。俺はこう見えても情報屋でな、情報網は結構広いんだ。だから、もしも怪物を倒してその容疑者候補のあいつを連れて来てくれたら、俺が知ってる限りの情報を全てあんたらに教えてやるよ!! どうだ、悪くない話だろ?」
その言葉に悪くない条件だと思った瑠璃は、少し口元を緩ませ言った。
「分かりました…。いいわよね、二人とも?」
「はぁ…」
「僕も別に構わないけど…」
二人は少し納得してないようでつまらなそうな顔をした。
「ホントか? 助かるよ…。じゃあ俺は向こうのあの建物のロビーで仕事してるから用事が済んだら来てくれ!! じゃ、健闘を祈るよ!!」
情報屋と名乗る男はそう言って先程指さした少し大きめの建物に向かって走って行った。
「本当に行くんですか瑠璃さん?」
「もちろんよ! だってさっきの話聞いた? 知ってる情報を全て教える…。もしかしたら、その中に新たな十二属性戦士の情報が入ってるかもしれないし、それに情報屋の情報は結構役に立つから……」
瑠璃は楓を説得しながらバッグの中から地図を取り出した。どうやら、先程バッグの中を漁っていたのは地図を探していたようだ。
「さてと! じゃ、情報屋が言ってたコルタルン火山群に行ってその容疑者候補の人を捕まえよう、おぉーっ!!」
「「お…、おぉ~~」」
雫と楓は声を合わせて気の置けない返事をした。
「もっと大きな声で、おぉぉ――――っ!!!」
「「おぉぉぉぉ―――っ!!!」」
瑠璃に指摘され、二人は手をグーにして耳に腕をくっつけ真上に腕を上げてさっきよりも断然大きな声で叫んだ。
――▽▲▽――
しばらくして瑠璃達三人は、情報屋の男が言っていたコルタルン火山群へとやってきた。そこは男の言った通りたくさんの火山が連なって出来ており、ヒビ割れた茶色い地面からはシューシューという音と共に赤みがかった蒸気が出ていた。また、火山の火口からは蒸気と同じ様な色をした煙がモクモクと立ち上っていた。
「すごい場所だね…。こんなところに本当にその容疑者候補の人がいるの?」
「あの情報屋の人が言ってたからそうなんじゃない?」
雫と楓の二人が周りをキョロキョロ眺めながら言った。
「二人とも止まって……」
瑠璃が急に手をバッと真横に出して二人の足を止めた。
「どうかしたんですか?」
「あれを見て…」
言われるがまま雫と楓の二人は瑠璃の指さす方を向いた。すると指さした場所にポツンと一軒家があった。
「あそこが容疑者候補の家ですか?」
「どうやらそうみたいね…」
「うぅ……っ」
「どうかした雫?」
身震いする雫に瑠璃が首を傾げながら尋ねると、雫は少し恥ずかしそうに頬を赤らめながら小声でボソボソと呟く。
「いや、その…」
「はは~ん、分かった。さては雫……あんた怖いんでしょ?」
「ち、違うよ!」
「そうね、そうに決まってるわ! だって顔色がすごく悪そうだもの…」
楓は、恥ずかしさのあまりどんどん俯いていく雫のことを小馬鹿にしながら冗談半分にからかった。すると、今にも泣き出しそうな雫を見て可哀想になったのか、瑠璃がお姉さん的立場から楓に優しく一言呟いた。
「楓……、あまりそういうこと言ったらダメだよ? 誰にだって怖いものぐらいあるんだから…」
瑠璃本人にしてみればそれは雫へのフォローのつもりなのだが、その言葉に対して雫は心の中で思った。
――お姉ちゃん、それフォローになってない…。
自分を庇ってくれていると分かっていても、実際にはトドメをさされる雫であった。
一方で瑠璃に注意された楓は、少しふてくされ顔で雫に言った。
「ふんっ! 男のくせに女々しい顔立ちしてるから悪いのよ!」
「だっ…だだだって相手は容疑者候補だっていうし、それにどんな武器を持ってるか分からないんだよ? ここは炎の都だから僕みたいに自然属性の人間にとっては水がないとそこまで強い力が発揮できないし…」
「|女々《めめ』しい顔立ちしてることについてはツッコまないのね。……まぁそれはともかく大丈夫だって! それに、いざとなったら――」
「ちょ、ちょっと待って!?」
突如、瑠璃が楓の言葉を遮り待ったをかける。
「ど、どうかした?」
「そういえば、雫が戦えなかったら誰が戦うの?」
「……あ」
そう、周りに水がないと強い力が発揮できない雫もそうだが、風属性である楓も同じく自然属性の戦士のため相当な熟練者でなければ自然の力に頼ってしか本領を発揮出来ないのだ。だが、肝心なその自然の力がここにはない。さっきから歩いていても熱い火山の火口からの熱気が漂うだけで風など全く吹いていない…。しかも瑠璃は何の属性も持たない無属性戦士にして王族の姫君…。となると、誰も戦う人間がいないのだ。
「ど、どうするんですか?」
「どうするって言われても…。今更ここまで来て引き返すってのもあれだし…」
「そうだ! ここにいる十二属性戦士を探せばいいんだよ!」
雫が閃いたと言った表情で提案する。
「でもどこを探すの?」
「うっ…」
鋭い楓の一言に雫は言葉を失う。
「何の手がかりもないのにこんな広い場所を探すのは骨が折れる作業よ?」
更なる楓の言葉責めに雫はすっかりしょげてしまった。
その時、一軒家の方からパリン! という何かが割れる音がした。
「なんだろう?」
「行ってみよ?」
「でも危険です!」
音の原因が気になるのか、危険だと言う楓を無視して話を通そうとする瑠璃は更に続けた。
「もしかしたら、他の住人も何人か住んでるのかもしれないし…」
「…分かりました」
瑠璃の最後の言葉にさすがの楓もはぁと嘆息して引き下がった。これではどちらが年上なのか分かったものではない。
三人は急いで一軒家の入口に向かって走って行った。
一軒家の中に入ると、そこは普通の民家の家のようだった。壁もさほど汚れているわけでもなく、所々に点々と取り付けられている燭台に灯された淡い炎が三人を明るく照らしているだけ。
「さっきの音…どこからだろう?」
「分かんない…」
「とにかく家の中を探してみよう?」
「うん」
「はい」
三人は、ひとまずリビングと思われる場所に辿り着いた。見た所人の気配はない…。それを確認し終えると、「次に行ってみよう…」という瑠璃の一言で別の場所へと動き出す。
次に辿り着いた場所はどうやら台所のようだった。しかし、普通の台所ではない…。見た所、どこにでもあるような料理屋のキッチンのようだった。
「キッチン? でも家に…?」
雫は少し不思議に思った。
その時、何者かに声をかけられた。
「誰だ!」
「うわっ!!」
「きゃあ!!」
「だ、誰?」
三人の声がキッチン中に響き渡る。
「……それで、あんたら誰なんだ?」
同じことをもう一度尋ねるその声の主は、オレンジ色の髪の毛の少年だった。しかも、その頭にはなぜか火が灯っていた。
「あの~…頭燃えてるよ?」
雫が少年の頭で火がメラメラ燃えているのを見て言った。
「ぐっ…こ、これは燃えてるんじゃない! こういう習慣なんだよ!」
「しゅ、習慣? どうして…そんな習慣守ってるの?」
「いろいろあってな…」
少年は目を背けながら腕組みをして言った。
「ところで、あなた名前は?」
「あ? 俺は…『炎耀燐 照火』…。この炎の都に住んでいる住人だ」
照火と名乗る少年が言った。
「でも、どうしてそんな格好してるの?」
瑠璃が照火の格好を見て首を傾げる。確かに、照火の格好は少し変わっていた。まるで、キッチンで働くコックの様な格好をしていたからだ。
「これはその…ちょっとな…」
「なになに? ちょっと、気になるじゃない!」
楓が少し興味ありげに身を乗り出し言った。
「俺はコックなんだよ」
「「「え?」」」
三人の声が同時にハモった。
「俺は料理を作るのが好きでな…。こうやってコックの格好で料理をしてるんだ」
「そういえば、さっき何か割れる音がここからしたんだけど…」
雫がキッチンの周りを見渡しながら言った。キッチンの作業場には魚や肉が切り刻まれ、その少し残った余分な部分などが残っていた。また、洗い場にはたくさんの鍋や皿が何枚も置かれていて、それとは別にたっぷり水を張った水道の中にもたくさんの皿が置かれ、ベットリと汚れが付いていた。
「あ~…聞いてたのか。あれはさっき皿を一枚落としちまってな…。その時に誤って皿を割ってしまったんだ」
照火が少し手を触りながら理由を語る。すると、その様子を見ていた瑠璃が照火の手を覗き込みながら訊いた。
「どうかしたの?」
「い、いや…なんでもない!!」
「ちょっと見せて!」
「あっ…」
どうしても見せようとしない照火に痺れを切らした瑠璃は、強引に照火の手を引っ張り体ごと自分に近づけた。
「あっ…うぁっ、……イテッ!」
「やっぱり。手切れてるじゃない……消毒して絆創膏貼らないと…」
「いいって別に…。こんなもの、ツバつけときゃ治るって!!」
「ダメだよ、そんなんじゃ…。もしもそれで料理にバイ菌でもついたらどうするの?」
「はっ!」
“料理”という言葉を聞いた瞬間、突然照火の抵抗が止まる。
「すぐに終わるから…」
そう言って柔かな笑みを浮かべた瑠璃は、バッグの中から救急箱を取り出し、そこから絆創膏と消毒液を取り出した。
「楓、ちょっとその皿とか鍋とか洗っといてくれない?」
「えぇ~っ!!?」
「いいから!」
「はい…」
瑠璃に無理やり頼み事をされた楓は、ブ~ッ! と頬を膨らませ半眼でブツブツ文句を言いながら皿の置かれている場所へと向かう。
「ふふっ!」
楓は落ち込んでいる表情を見て笑っていた雫を見た途端いたずら的な笑みを浮かべると雫に言った。
「言っとくけど雫もだからね?」
「えぇ~っ!? そ、そんなぁぁあああ!!」
「ほら早く行くっ!」
「はい……」
雫と楓は二人揃ってトボトボと皿洗いを始めた。その最中、何度も何度も二人の口から溜息が洩れた。
「まったく…。本当に子どもなんだから…」
「あんたも子供なんじゃないのか?」
「えっ? ……あぁ、まぁそうだね。でも、この中では私が一番最年長でしょ?」
瑠璃が少し首を傾げて微笑んだ。すると、その顔を見た照火が少し頬を赤らめた。
「どうかした?」
「い、いや…なんでもない。あっ、それよりもあんたらの名前聞いてなかったな…」
その言葉に瑠璃はハッとした。
「そうだった…。私は神崎瑠璃…。夢鏡城の姫君だよ!」
「ひ、姫君? あんたが? あはははは!! こりゃ傑作だな…。姫と言ってもいろんな姫がいるんだな!! 初めて知ったよ!」
照火に小馬鹿にされ、瑠璃は少しムスッとした顔をした。
「悪い悪い! それで、お前ら名前は?」
「僕は…霧霊霜雫!」
「私は旋斬楓よ!」
二人が皿洗いをしながら指先を赤くして言った。
「そうか……、ってちょっと待て! 霧霊霜ってあの霧霊霜か?」
「うん、そうだけど?」
突然の照火の慌てぶりに雫だけではなく瑠璃と楓の二人もきょとんとなる。
「マジかよ。いやぁ、四帝族の一つである霧霊霜一族の人間に会えるなんてレアだぜ! にしても、さすがは美人揃いと謳われてるだけあるな。よく見てみたら確かに綺麗な顔立ちしてんもんな!!」
テンションMAXの照火の言葉に瑠璃と楓が互いに目を合わせ苦笑いし、当の本人雫も恥ずかしそうに顔を背ける。
「ど、どうしたんだよ」
「あの、その……照火。テンションアゲアゲの所悪いんだけど、雫は男の子だよ?」
「え」
突然動きが完全停止し硬直状態となる照火。それから少しして再起動しパニクる脳内情報を整理して再び口を開く。
「ちょっと待て! 雫が男? た、確かに“僕”とか言ってるが、でも……霧霊霜一族に男が生まれるわけ――」
「僕はちょっと複雑な感じで生まれてるからね。この女の子みたいな顔立ちのせいで、よく間違われるよ。もしも、お姉ちゃんに髪の毛を切ってもらう前に会ってたらもっと女の子に見えてたかもね。まぁ、そもそも一族の血をよく受け継いでいる僕を見て即座に男の子だって分かってもらえる方が難しいけど…………はぁ」
照火の必死の言葉に頬をかきながら説明する雫も話している内に気落ちし、最後には嘆息する始末。
「そういや……」
そう言って視線を楓の方に向ける照火。楓もその視線に気づいたのか皿洗いを終えた手をタオルで拭きながらこちらに顔を向けた。
「な、何?」
ジロジロ見られて少し照れながらツンとした態度で尋ねる楓に、照火も少したじろぎながら訊く。
「お前、よく見たら雫と顔似てねぇか?」
「またそれぇ? それ、雫に初めて会った時にも言われたんだけど」
面白くない話を聞く時に浮かべる様な表情を浮かべ照火から視線を逸らす楓。
「そういや、雫! お前兄妹とかいないのか? あの一族ならお前以外の姉や妹も美人なんだろ?」
「ごめん照火。気持ちは……なんとなく分かるけど、記憶を失ってて兄妹がいるかどうかよく覚えていないんだ」
「そ、そうか。悪い……」
「ううん別にいいよ。さてと、ほら終わったよ!」
雫も皿洗いを終えて手を拭く。
「お、おう。サンキュー!」
照火はまるで同い年の親友同士のような口調でお礼を言った。照火は自分の中指に巻かれた茶色の絆創膏を見て何故か少し笑顔を浮かべた。
その時、グゥウ~という音が聞こえてきた。
「な、何だ!?」
照火は驚き慌てて周囲を見渡した。
「ごめん…僕のおなかの音だよ…」
「そういえば、あれから何も食べてないもんね…」
「それなら、俺が作ってやろうか?」
「えっ、いいの?」
「おう!…何しろ俺はコックだからな!料理を作るなんて朝飯前だぜ!!」
瑠璃の期待に満ちた表情に、自信満々に照火が手で胸を突く。
「それで、何が食いたい?」
「何があるの?」
質問したはずが逆に瑠璃に質問され照火は少し拍子抜けになり、しばらく間を置いてからリビングに向かい再び戻ってきた。
「ここに俺が現段階で作れる料理の一覧――要するにメニューが乗ってるからこの中から好きな料理を選んでくれ!!」
「分かった!」
雫が涎を垂らしながら言った。
「ちょっと雫…、汚いから拭きなさい!」
瑠璃がまるで本物の姉のように雫を注意した。
「あっ、ごめん!」
雫は慌てて服の袖で涎を拭き取った。
しばらくして、三人はそれぞれ一斉に一つのメニューを指さした。そのメニューは『スペシャル・オムライス』だった。
「おっ、お前らなかなかいい目してるな! そのメニューは俺の得意料理なんだぜ?」
「へぇ~そうなんだ!」
楓がメニューの写真を眺めながら言った。すると、照火がメニューの写真を指差しながら説明を始めた。
「このオムライスの上に乗っているソースは俺のオリジナルでな…、酸味が効いててすごく美味しいんだ」
照火の料理の説明を聞いていた三人はますます食欲をそそられた。
「早く作ってよ!」
「分かった! すぐに準備するからもう少し待っててくれ!」
照火がキッチンに向かうのを見た三人は食台のあるリビングへと向かった。
――▽▲▽――
三人はそれぞれ木で出来た椅子を手前に引き椅子に腰かけると、少し腰を浮かせ椅子を引いた。そして、三人は机に手を置きしばらく黙り込んでしまった。
しばらくして雫が口を開いた。
「お姉ちゃん…。実は気になってたことがあるんだ」
「奇遇ね…私もだよ?」
「先に言っていい?」
「うん…」
雫は瑠璃に許可を得て喋り始めた。
「ほら、さっき炎の都の住人が住んでいる場所で情報屋の男と会ったでしょ? あの時、容疑者候補がここにいるって言ってたじゃん? でも、ここにそれらしき人物が照火以外誰もいない――」
「ちょっと、それってつまり照火が犯人ってこと?」
楓の言葉に雫は黙ってしまった。
「……確かにそうかもしれない…。でも、そうという確信もないんだよね…」
「要するに確信となる証拠が無いってわけね…」
「うん……。出来れば照火が犯人っていうのが誤解であってほしいんだけど…」
「私も同感ね…。瑠璃さんもそう思いますよね?」
「えっ…? あっ、うん…」
「何か考え事ですか?」
「うん…ちょっとね」
瑠璃は楓に作り笑顔を見せると再び物思いに耽ってしまった。すると、それを見ていた楓が雫の耳元で囁いた。
「ちょっと…あんた何か言ったんじゃないの?」
「ぼ、僕は別に何も言ってないよ…。楓こそ、お姉ちゃんに何か言ったんじゃないの?」
雫と楓は二人で言い争いを始めた。
と、その時、照火が料理を持って入ってきた。
「うわぁっ!」
「な、何だよ…人をまるでバケモノが出たみたいに見やがって!」
「ご、ごめん…」
「ちょっと…ね」
互いに顔を見合わせ相槌を打つ二人に疑問符を浮かべつつ照火は料理を持ってこちらに歩いてきた。
「まぁいいや…それよりも、お待ち遠様…スペシャル・オムライス出来たぜ?」
照火は、オムライスが大量に盛られた白くて丸い皿を三人の手前に置いた。そのオムライスからは白い湯気とともに美味しそうな匂いが漂っていた。黄色い卵に照火が作ったというオリジナルのソースがたっぷりかけられている。
「うわぁ…本当に美味しそう…。いただきま~す♪」
瑠璃の言葉に合わせ雫と楓の二人も食べ始める。銀のスプーンと白い皿がコツコツと当たる。
「あ~……あっ! どうかしたの?」
口を開けて料理を運ぼうとしたその時、照火がこちらに視線を向けていることに気づいて動きを止める。
「いや、お前らがあまりにも美味しそうに食べる姿を見て頑張って作ったかいがあったなと思って…」
「それはいいんだけど、じ~っと見つめられてると落ち着いて食べられないんだけど…」
瑠璃もスプーンの上に盛られた卵とご飯を口に運びながら言った。
「おぉ…そうだな…。じゃあ向こうで待ってるぜ!」
照火はそう言って向こうの部屋へ行った。
しばらくして三人はオムライスを食べ終わった。
「ふぅ…もうお腹いっぱいだよ!」
雫がパンパンに膨れた腹をさすりながら言った。
「じゃあ、ちょっと照火呼んできてくれない?」
「うん!」
雫は瑠璃に頼まれ向こうの部屋で待っているという照火を呼びに行った。そして照火が雫に連れられて戻ってきた。
「お帰り♪」
瑠璃は笑顔で雫に言った。雫が照火を呼びに行った時にはまだ少し残っていたオムライスも今はなくなって白い皿の所々にソースが残っているだけだった。すると、それをじ~っと眺めていた雫が口を開いた。
「そういえば……ねぇ照火。ここって照火しか住んでいないの?」
「ん? まぁな……」
照火は少し外の景色を見ながら言った。
「じゃあ、やっぱり……」
「やっぱりってなんだよ!」
照火が少し怒り気味に言った。
「いや…実はさっき、ここに来る前に住人の住んでる場所で情報屋の男が言ってたんだ。この場所の近くに今回の事件の容疑者がいるって……」
「ま、まさか…俺を疑ってるのか?」
「そ、そうじゃないよ! 僕はただ…照火が犯人であってほしくないからそう言っただけで…」
「うるせぇ! 俺は事件のことなんか何も知らない! それに、都の連中の言うことは信じちゃいけねぇ!」
「どうして?」
照火の“村人を信じるな”という言葉に引っかかった瑠璃が真剣な面持ちで訊いた。
「あいつらは俺のことを邪魔者扱いしてるんだ!」
「邪魔者扱い…ってどういうこと?」
瑠璃の瑠璃色の瞳と照火の茜色の瞳が互いに見つめ合う。しばらく続く沈黙…。それを打ち破ったのは楓の一言だった。
「と、とにかく犯人が別にいるってことは分かったんだし、まずは作物を全て燃やし尽くしたっていう炎の怪物を探そう?」
楓の言葉に他の三人が黙りこむ…。
「まぁ確かに…その炎の怪物が何なのか正体も気になるし…。確か死の釜っていう場所にいるんだっけ?」
「なっ、死の釜に怪物がいる?」
照火は目を見開いて驚きの表情を見せた。
「うん…。何でもそういう噂らしいわ…。私たちはてっきりここにその犯人が住んでいてその怪物を操っているのかと思っていたんだけど、どうやら違うみたいね…」
瑠璃は安心したように安堵の溜息を洩らした。
というわけで、またもや新キャラの登場です。
今回は炎の都の作物が炎を身に纏った怪物によって灰塵と変えられてしまうという事件です。この事件に関連することになるのが謎のベールに包まれた情報屋の男の発言による容疑者候補。前半部分ではその人物を探しにコルタルン火山群へと向かいます。
そこで出会った少年照火にも、今までの様に秘密が隠されています。
後半は死の釜にて怪物と対峙します。