第九話「地下に住みし砂の剣士」・2
「あれは……魔女?」
菫が指をさしながら声を上げた。どうやら魔女をこの目で見るのは初めてらしい。
その魔女は帽子で顔を隠しているが、ショートカットの横髪が微かに窺えた。
と、その時、雫が何かを感じ取ったのかこう口走った。
「まさか、麗魅?」
「あの人が瑠璃さんの妹?」
「…七代目姫君のもう一人ってことか…」
楓と照火が、雫が呟いた言葉を聞いて納得する。確かに雰囲気がどことなく瑠璃に似ている。すると、魔女が口を開いた。
「ふふふ…ご名答……。その通りよ、十二属性戦士。まさか、もうこんなところまで来るなんて思ってもみなかったわ!」
麗魅は彼らに拍手をしながら埴輪の左肩に降り立った。
「お前がハンセム博士にいろいろ指示してたやつか!」
「お前とは失礼ね…。私にはちゃんと『神崎 麗魅』って言う名前があるの…。今回の目的は単純…。あなた達の今の実力ってものを見に来たの…。これからあなた達にはこいつと戦ってもらうわ! この巨大埴輪『ルードラ=ハニワーン』とね……」
そう言って彼女は白い手袋の様な物をはめた状態で埴輪の体に手を触れた。
その瞬間、彼女の手から魔力が放出され、それは埴輪の全身を包み込んだ。そして、ゴゴゴ……と嫌な音を立てながらついに埴輪が動き始めた。
「ふふふ……あなた達の力、たっぷりと見せてもらうわね?」
麗魅は笑いながらどこかへ消えてしまった。
「くそ、すごい地震だ…。このままでは崩れるぞ? 急いでこいつを倒さなければ!!」
雷人が天井から崩れ落ちるいくつもの岩を見ながら言った。
【我は、過去の戦士の英雄を称え造られた埴輪『ルードラ=ハニワーン』である。この場所へ何をしに来たッ!】
ルードラが口を動かす度にボロボロと砂が落ちて行く。
「俺達はこのピラミッドの中にある石板を手に入れに来たんだ!」
照火の言葉を聞いたルードラは、腰に携えている砂の鞘から砂の剣を取り出し構えを取った。その様子を見た彼らは、急いで自分たちも武器を構えた。そして、敵は攻撃を開始した。
「くっ! あんな大きな敵…。どうやって倒せばいいんだ?」
【我を倒す? 戦で百人の戦士を薙ぎ倒し、襲い掛かる恐怖をも振り払う魔人族の我を倒すというのか? それは無駄なあがきというものだ!】
ルードラは雷人の言葉を聞いて自分の昔の栄光を語り、自慢しながら剣を振るった。砂の剣は所詮砂ではあるものの、すごく硬くなった状態のため、一応鉄製の剣となんら変わらない。すると、彼の攻撃を軽く躱した爪牙がルードラをおちょくった。
「ケッ! てめぇのそんな攻撃当たらなきゃ意味ねぇんだよ!!」
爪牙のその言葉がよほど気に食わなかったのか、ルードラの砂の顔にヒビが入った。それと同時に顔の表情が変化した。
「な、何だこれは!?」
雷人はパソコンに入れていた分析機でルードラの攻撃力や防御力の数値を見ていたのだが、彼の表情が変わった瞬間、一瞬にして攻撃力の数値が跳ね上がったのだ。
「まずい! やつの攻撃……さっきよりも相当力が倍増している! 次の攻撃は絶対に躱すんだ!!」
彼の忠告と同時に、ルードラは剣を振り下ろした。ふと真上を見上げた彼らはそれを見て、急いで身を翻して攻撃をギリギリのところで躱した。
「あっぶねぇ…」
爪牙があごの汗を拭いながら彼の攻撃を受けた砂の地面を見た。そこには、地面が叩き割られ、パックリと大きな傷跡が残っていた。
「すごい破壊力です!」
葬羅が敵の攻撃力の高さに思わず感心してしまった。それに気をよくしたのか高笑いしてルードラが言い放つ。
【ふはははは…どうだ我の力は? 貴様らのような人間の攻撃など我には効かぬのだ!」
ルードラはさらに表情を変えた。顔にさらに亀裂が入る。今度は顔がニヤリと不気味な笑みを浮かべた状態になった。すると、今度は瞬発力の数値が跳ね上がった。彼が走ると、砂ぼこりが舞い上がると同時に人数が増えた。だが、よく見るとそれはただの残像だった。そして、さらに彼は加速し、あっというまに十二属性戦士の周りを囲んだ。
【さぁ、十二属性戦士…。これからどうやって我を倒すのだ?】
ルードラが猛スピードで彼らの周りを円を描くように走り続けながら言った。すると、その速度に追いつかず空気の風によって少しずつ僅かだが削られていく彼の体を見て、楓がいい作戦を思い付いた。
「皆、集まって!」
楓は急いで皆を呼び集め、円陣を作るような形になった。
「いい? 相手は大きな砂の塊の化け物。だとしたら、砂に戻せば倒せるはず!」
しかし、楓の説明に雫が少しムスッとして茶々を入れた。
「でも、あいつの攻撃は最強だし、それ以前にあいつの体はすごく硬いんだよ? 攻撃も効かなかったし…」
「それは武器に属性の力を纏わせていなかったから…」
楓の“武器に属性の力を纏わせる”という言葉に雫は首を傾げた。すると、彼の様子を見た雷人がメガネを光らせ説明を始めた。
「私が教えてやろう…。私達十二属性戦士は、その特別な力を体から発しそれを武器に纏わせ攻撃することが出来るんだ! これはその資料の内の一つだ」
彼がパソコンの画面を映して皆に見せる。雷人の説明を聞いて未だに理解していないメンバーがその画面を覗き込んだ。その間にルードラは今にも迫ってきている。今まで彼らの周りを走り回っていたルードラもだんだんとその円形の広さを縮め、だんだんと彼らの円陣にジリジリと近寄ってきていたのだ。それを見た雷人は急いで説明の続きを話しだした。
「そして、そうすることでそれぞれの属性の特徴を上手く活かした攻撃が可能になるのだ。
普段の攻撃とは違い、その攻撃力は数倍上がる…。分かったか?」
彼の理解したか? のような言葉に照火が腕組みをして雷人に言った。
「じゃあつまり……さっき攻撃した時は、属性の力を纏わせていなかったから効かなかったってことか?」
「そのとおり!!」
雷人が照火の鼻っ先を指さす。それを嫌がった彼は、その指を押し返した。そして、メンバー全員が理解したところで楓が作戦の内容を話した。
「私達四人があいつの足を攻撃する。足を失いバランスを崩したところを攻撃し、あいつの頭を破壊するわ! そうすれば、さすがのあいつも死ぬはずだわ!!」
その作戦を聞き終えた雷人がうんうんと頷きながらなかなか上出来だと親指を突きだす。十二属性戦士はさっそく作戦開始の合図を待って、それぞれの持ち場に移動した。
「あいつは大きな剣を持ってるから十分気を付けてね?」
菫が皆に気を付けるようにと彼らに言った。
分かったという相槌を打った彼らは、それぞれの配置に着いた。準備が完了したところで、作戦が開始した。
まず相手の足に向かって雫が水を大量に両手から放出し、それに向かって残雪が冷気を送り込んだ。すると、上手い具合にルードラの足のくるぶし辺りが水で濡れ、そこの部分だけが凍りついた。それを確認した爪牙がダッシュで接近し、ハンマーを振るって破壊した。ルードラは呻き声を上げながら地面に顔をぶつけた。しかし、ルードラは砂…。つまり、周りに砂さえあればいくらでも再生が可能なのだ。そのため、彼はすぐに体制を立て直し攻撃に移った。まだ片足しか修復されていないため、今隙が出来ているこの時間が彼らにとってはチャンスなのだ。だが、ルードラの剣の衝撃波が細砂の細い腕に直撃し、三本の傷が入って腕から血が流れ出した。それに気づいた彼女は慌てて自分の手でその傷口を塞いだ。
「くぅっ!」
細砂は痛そうに涙目で傷口を塞いだまま、剣の攻撃が届かない場所まで一時退却した。すると、それに気づいた残雪が菫の名前を呼んだ。菫は彼に名前を呼ばれサッと振り返ると、怪我を負った細砂の姿が視界に入り、状況を理解すると急いで彼女の元へと急行した。
「大丈夫? 痛いでしょ? ……ちょっと待っててね?」
菫は背中に背負っているリュックサックを下ろし地面にボンと置くと、中から様々な小道具を準備した。
毒の都でも彼女の動きを見ていたが、相変わらず彼女の状況把握と一瞬にして細砂の怪我に何の薬草が効くのかを理解し急いでその薬草を準備するという、毎度のことながらの手際の良さは目を見張るものがある。
「すぐに調合するからもうちょっと待っててね?」
「あっ…うん……」
細砂は傷口を押さえたままボ~ッとして菫の行動を見ていた。彼女の真剣な目…。
――か、かっこいい…。
細砂は一瞬そう思った。これで、彼女が男だったら間違いなく恋をしていたかもしれない。その少し顔を赤らめる細砂の顔を見て菫が言った。
「熱でもあるの? 顔が真っ赤よ?」
「あっ、いや…なんでもないよ!」
首を傾げながらそう問いかける菫の言葉に、細砂は慌てて手と首を激しく振った。
「あっ、ちょっと動かないで……。傷口が開いちゃうわよ?」
「ご、ごめん」
菫に注意され、細砂はシュンとなった。そして、薬を調合し終えた菫はそれを細砂の傷口に塗ると、白い包帯を彼女の腕に巻きギュッと強く締めた。
「痛くない?」
「あっ……大丈夫。ありがとう!」
お礼を言われて菫は少し嬉しくなりながら笑みを浮かべた。
カチャカチャ…。
「くそ…まずいな。後もう少しでこの場所は崩れてしまう」
雷人がパソコンのキーをカタカタと打ちながらこの場所が後何分で崩れてしまうのかを必死に計算していた。
と、その時、彼の頭上に向けて一際大きな岩が堕ちてきた。
「しまっ…―」
ドガン!!
それをギリギリのところで爪牙が素早く落石を破壊して防御する。
「大丈夫か?」
「すまない!!」
雷人は画面とキーを交互に見つめながら、爪牙にお礼の言葉を述べた。
「楓? 次どうすればいいんッスか?」
残雪がルードラの再生した片足をもう一度破壊しながらそう言った。
「あいつの頭を破壊するのよ!!」
楓に命令され、残雪は黄色い瞳で彼の頭をロックオンした。しかし、まだ彼の手が残っているためその左右の手が邪魔で上手く攻撃が出来なかった。すると、それを見兼ねた照火と葬羅が協力して援護してくれた。そのおかげで攻撃可能状態になり、雫が水を鋭利に尖った状態にし、それを残雪が凍らせ、その氷漬けになった鋭利な氷の矢を楓が風の力で猛スピードでルードラの無防備な脳天に放った。
攻撃は見事命中し、氷の矢はそのままルードラの後頭部から突き抜けた。
ルードラは苦しそうな呻き声をあげ、やがて動かなくなると元の砂と化した。
「……倒した。はぁはぁ…あのルードラを倒したっ!」
細砂がまだ少し痛む腕を押さえながら言った。そして、彼女は喜びのあまりその場に飛び上がった。十二属性戦士もつられて歓喜の声を上げる。
――▽▲▽――
その様子を、ピラミッドの外の上空から使い魔を通して傍観していた麗魅は、口元を緩ませ閉じていた瞳をゆっくりと開けた。同時に彼女の淡いピンク色の瞳が光る。
「これで、十二属性戦士も九人目……ふふふ。全員揃った時があなた達の最後の時よ!」
そう言って麗魅はその場から姿を消した。
――▽▲▽――
喜びの時間も過ぎ彼らは雷人が計算した、この場所がいつ崩壊するのかの限界時間を知り、その時間がとうに過ぎていることが分かった。その場から急いで脱出しようとしたその時、ふと細砂の視界に何か光るものが入った。サッとその場所に視線を映すと、そこには石板があった。
「あった! あれね石板!!」
声を張り上げる細砂にみんなも振り返った。そしてそれを確認すると同時に雷人がメガネをカチャッと光らせながら「行け!」と言い放った。
「でも……」
「お前のお婆ちゃんが言ってただろ? お前は十二属性戦士なんだよ! どちらにせよ、あの石板をお前が取ることが出来れば間違いないんだから!!」
照火にそう言われ、さらに他のメンバーにも背中を押されたため、細砂は急いでやや小走りで石板を取りに行った。
「すごく綺麗…。神秘的な雰囲気を感じる…。そして、どこか懐かしいようなこの感覚…。何か大事なことを忘れているような……」
ふとそんなことを口走る細砂。しかし、彼女は小声で喋っていたため、その言葉は誰にも聞こえていなかった。
「取れた!」
皆の予想通り細砂はその石板を取ることが出来た。やはり、彼女は十二属性戦士で間違いないようだ。そして、彼らはピラミッドから脱出し、砂を被ったスクーターに乗ろうと砂を払い落とすと、急いで細砂のお婆ちゃんの家へと戻った。
――▽▲▽――
お婆さんはすごく心配そうな顔をして十二属性戦士の帰りを待っていた。神に祈るように手を組んで……。すると、ようやく彼らが帰ってきた。
「お~無事じゃったか! よかった…。それで、望みの物は手に入りましたかな?」
「はい…それと、細砂さんのことなんですけど…」
楓が彼女について話そうとすると、お婆さんは既に全てのことを知っているかのように首を振り、こう言った。
「…何も言わないでいい…。細砂のことは任せましたぞ?」
「えっ、でもお婆ちゃん!」
「元々、大きくなったら旅に出たいと言っておったじゃろう? それが今なのじゃ! 今行かずにいつ行く? これがお前の定めなのじゃ!!」
お婆さんはそう言って細砂の手を握った。
「さぁ、支度して行きなさい!」
「…うん…グスッ」
細砂は少し涙を浮かべながらも必死に涙が溢れるのを堪えながら歯を食いしばり、部屋へと駆け出した。
「俺達は先に外で待っておかないッスか?」
「そうね…。じゃあ、準備出来たら来るよう伝えてください!」
「分かりました…」
お婆さんは背中に手を回し、後ろで手を組んで猫背の状態でコクリと笑顔で頷いた。彼らは木の扉を開け外へ出た。
そして、準備を整えた細砂は玄関付近でお婆ちゃんの方を向いて涙目で言った。
「行ってきます…お婆ちゃん! 今までありがとう!!」
「なぁ~に、わしもこの数年間ホントに楽しかったんじゃ! こんなにいい思い出が出来てわしも最高に嬉しい気持ちじゃ! それに、他の都や国が大変なんじゃろ? それを助けるのが十二属性戦士の使命じゃ!! 必ず務めを果たすのじゃぞ?」
「分かった!」
細砂はそう返事をし、お婆ちゃんに抱きついた。ボトンと荷物が床に落ちる。
しばらくして、ようやく細砂が家から出てきた。彼女は少し俯いているようだったが、こっちに近づくにつれその顔をあげた。彼女は真剣な眼差しで覚悟を決めた目をしていた。こうして十二属性戦士は九人目の仲間『石吹 細砂』を仲間にし、次の都へと向かうのだった……。
というわけで、黒い影の正体である魔女――麗魅に襲われた十二属性戦士は、なんとか復活した砂の巨大埴輪ルードラを倒し、新たな九人目の戦士である細砂を仲間にすることに成功した。
次回は時の都へ向かいます。そこで、また少しだけ十二属性戦士の秘密に触れることになるかもしれません。雫と楓の顔がよく似ていることが次話でも語られると思います。次回もお楽しみに……。




