第八話「廃虚の研究所に潜む改造生物」・1
現在の仲間…
雫、楓、照火、爪牙、葬羅、残雪、菫の七人。
毒の都を後にした十二属性戦士は、歩き始めて約六時間後に雷の都に着いた。
毒の都と雷の都は隣接しているのだが、辿り着くまでに幾多もの邪魔が入ったのだ。突然の雨による土砂崩れが発生し、それに影響して道が塞がれたり、水かさが増して橋が消失していたりと様々だ。
そうこうしてようやく辿り着いたため、六時間もの時間がかかってしまったのだ。
「ここが雷の都か…」
爪牙が顎から垂れる汗を手の甲で拭い取りながら言った。すると、隣に立った雫が周囲を見渡し口を開いた。
「随分大きな建物だね……。何だろう?」
周りの大きな煙突の立っている建物やボロボロの家を見渡すメンバー。しかし、何よりも問題なのが空気と景色だった。雷の都は十二都の中で最も文明が発達しており、技術も一番最先端を進んでいた。そのため、常に工場や研究所の煙突からは大量の煙が上がっていた。それにより工業排水の影響で水道水は役に立たず、食べ物もろくな物が取れなかった。無論、科学的に作られた製品などが多く存在する雷の都。その工場の煙突から出る物も説明出来ない程異常な成分を多く含んでいる。それも影響して太陽の光が届かない程分厚いドンヨリとした鉛色の雲が空を覆い、風が吹かないために光化学スモッグも空気中を漂って雷の都内に停滞していた。
こういったことが原因で荒みきった空気になったのだろう。
そしてこの辺り一帯は化学汚染により生き物も住み着いていない。だが、まだマシだと思えるのが森だった。この森の木々はどうやら化学汚染にも負けず一生懸命成長し続けているようで真っ直ぐと背を伸ばした木々が雷の都を取り囲んでいた。そのため、隣接する周りの都にまで光化学スモッグが影響していない。これが唯一の救いだった。
しかし、人っ子一人いないというのも不思議だ。やはりこの状態だ。恐らく皆、どこかに避難したか死んでしまったかのどちらかだろう。
そんな時、どこからか煙が舞い上がっていた。どうやら、その場所の研究所はまだ稼働しているようだ。
七人の十二属性戦士はとりあえずその場所に向かった。
――▽▲▽――
研究所は壁などの色もすっかり剥げてしまいボロボロの壁と鉄筋が丸裸の状態だった。そんな研究所の入口付近にやってきた十二属性戦士は、そのゲートを見て驚いた。
そのゲートには三本の電流線が巻き付いており、それには不思議な力を帯びた電流が流れていた。それは完全に閉ざされており、研究所の中に入ることはほぼ不可能状態に近かった。
「この扉、どうやったら開くんだ?」
照火が感電しないように触れるか触れないかの位置に手をかざしながら言った。確かにこの扉が開かなければ中に入ることはできない。しかし、開けることは限りなく不可能に近い…。なぜならば、ここ以外に入れそうな場所がないからだ。
だが、そんな七人の内の一人があるものを見つけた。
「あの……、ここに“南門”って書いてあるんですけど…」
葬羅が、微かに文字が薄れて読めなくなった表札の様な物に指を差す。
「ここから入れないってことは別の場所に入口があるってこと?」
雫が遠くを見つめようと背伸びをしたりジャンプしたりしながら言った。
「ここが南だから西と東があるかもね?」
「どうして北はいれないの?」
楓が北の方角を含めなかったことに疑問を抱いた菫が理由を尋ねた。すると楓はこう言った。
「北の方は多くの木々が生えすぎて近づきにくいと思うから…」
「確かに向こうの方は見た目的に危険そうね……」
楓に言われて菫は北の方を見た。
北の森はお化けが出そうなくらい真っ暗で、死んだ自然界の生き物を食べ掃除するという鳥『死烏』が飛び回っていた。それを見ると、まるで闇の都に来たみたいだった。しかし、それも無理ないことだった。何せ、ここ雷の都は一部の森が闇の都と隣接しているからだ。そのため、闇の都にしか住まないという死烏も上空を旋回しているのだ。光化学スモッグが停滞して空気の汚染されているこの空間で、生きられる生き物も死烏くらいのものだろう。
爪牙は中に入れないことにムカついて扉に向かって攻撃した。
刹那――、それとほぼ同時に凄まじい電撃が爪牙の体を襲った。
「ぐぅわぁぁあああぁあああぁぁぁあああッ!!!」
ようやく爪牙がその装置から体を離すと、同時に装置は放電を停止した。爪牙の体からはプスプスと煙が舞い上がっていた。その姿を見て嘆息しながら楓が諭すように言った。
「あんたバカでしょ? 見て分かるでしょ、電流が流れてるんだから……」
爪牙は楓が当然のように答えるのに対して舌打ちしながら後ろに下がった。
「じゃあとりあえずグループに分かれて入口を探すとして、どういうふうに分かれる?」
「ニ、ニ、三に分かれれば丁度いいんじゃない?」
菫が人数を数えて楓にグループ分けの人数を提案した。
「確かに……一応均一に分けられてるし、……それで行こうか!」
人数分けの提案を採用した楓は、グループ分けのメンバーを考え皆に伝えた。その結果、楓と雫、残雪と菫、葬羅と照火と爪牙という組み合わせになった。
「大丈夫葬羅? 男二人と一緒だけど…」
「は…はいっ! な、…何とかだ…だだだ大丈夫だと思います」
葬羅は言葉カミカミでオドオドしながら一生懸命笑みを浮かべようとした。この振り分けにした張本人である楓もその様子に僅かながら心配になった。
そんな中で爪牙はもう一度電流の扉に攻撃した。しかし、強力な電磁バリアによってまたしても攻撃を防がれた。それにイラッときた彼は周りに当たり散らした。
「ちょっと! いい加減行動に移りなさいよ!!」
「そうだ! これ使って?」
なかなか諦めの悪い爪牙が未だに扉に攻撃しているのに対して、嘆息しながら文句を言う楓。そんな彼女を苦笑いしながら見ていた菫は、昔使っていたという無線を三班それぞれの班長に手渡した。
「はぁ~、私達は西に行くからあなた達はほかの場所から調べてね」
そう言って楓は雫と一緒に西の方へと向かった。
――▽▲▽――
ここは雷の都の北……。そこを一人の白衣を纏った少年がポケットに手を突っ込んで歩いていた。すると、死烏が彼に向かって十三羽飛んできた。
「邪魔くさいやつらだ…」
少年は手をかざしバチバチと電気を走らせた。そして、襲ってきた死烏に向かって電撃技を浴びせた。死烏達は暗がりの道に落ち、バサバサと羽根をバタつかせながら死に絶えた。
「ふんっ……口ほどにもない。さてと、早く研究所に行かなければ…」
彼は金髪の髪の毛に少々のクセっ毛…。さらに右目に雷のようなアザ…。顔には黒縁のメガネをかけていた。そしてしばらく先に進んでいると北の入口にやってきた。するとポケットから一枚の銀色に光り輝くカードを手に取り、それを横にあるカードリーダーにかませると、スラッシュさせた。同時にピピッ! という電子音が鳴り響き、電流が止まるとゲートが開いた。
と、その時、少年はふと遠くを見つめた。微かだが何か音がする。恐らく、何者かがこの研究所内に入り込もうとしているのだろう。そう思った彼は少しニヤッと何かを企んでいるかのような表情を浮かべ中に入って行った。
――▽▲▽――
「ここが西の入口のようね」
楓がゲートの近くにある西という少しかすれて読みにくい文字を何とか解読しながら言った。
「ねぇ、ここの壁って少しボロくない?」
少しヒビの入った壁を見ながら雫が言った。すると、それを聞いた楓がどれどれとその側に近寄り確認した。
「確かに、これは少し構造的に弱そうね…」
「でしょ? ねぇ、これ壊せたら中に入れるんじゃない?」
雫はボロボロの壁と睨めっこしながら、楓に提案した。
「そうね……これを破壊出来れば…中に入れそう」
「よしっ! じゃあ壊そう!!」
「え…――」
楓が言葉を発する間もなく、雫は水魔法で壁を破壊した。壁はたちまちに崩れてしまい、二人が予想した通り中に入ることに成功した。少し進むと、そこには赤く装飾されたレバーがあった。それを怪しんだ二人は互いに見合い、アイコンタクトを取って了解を得た雫が引くと、“カチッ”と音を立ててレバーが動いた。だが、何の変化も起きない。一体どうなっているのだろうか? 不思議な顔をしながら再び雫と楓は顔を見合わせた。
「……もう少しここを調べてみましょ?」
「そうだね」
――▽▲▽――
研究所東…。
残雪と菫は、協力して扉を破壊しようとしたがそれも敵わなかった。
しかし、急に電流の流れが止まり扉が開いた。
「? これは一体……どういうことッスか?」
「さあ? でも、勝手に開いたんだから、それでいいんじゃない?」
菫は呑気にそう言って先へと進んだ。すると、そこには先程楓達のところにあったのと同じレバーが設置されていた。
「何これ?」
彼女はちょっとした探求心と何が起こるのかというドキドキ感を感じながら、“カチッ”とレバーを引いた。しかし、やはりここも何も起こらない。二人はよく分からないと言った顔をして、先へと進んだ。
――▽▲▽――
その頃、研究所南でも少し変化が起きていた。何度も何度も攻撃を跳ね返され、だんだん体力的にまいっていた爪牙は、相変わらず電流の扉にガンを飛ばしながらハァハァと息を乱していた。すると、今までの彼の努力が無になるかのように急に何の変哲もなく扉がサッと開いた。
「なっ!? くぅ……今までの時間を返しやがれぇぇぇええええッ!!」
爪牙は天に向かって大声で叫んだ。しかし、返ってくるのは傍の木から聞こえる死烏の鳴き声のみ…。空しくなった彼は急にしょんぼりしてテンションサゲサゲで先へとトボトボ歩いて行った。
「なぁ…まぁ、そう気を落とすなって!! 何か仕掛けが作動したのかもしれないし……な?」
照火は何とかして落ち込んでいる彼を励まそうと思いついたことを手当たりしだいに口にしてみた。
そんな二人を後ろから見ていた葬羅は、クスクス笑いながらついていった。
研究所の中に入った照火、爪牙、葬羅の三人はバチバチと点いたり、消えたりしている電球がたくさん設置された廊下を歩いていた。周りを見回し警戒しながら進んでいた彼らは一枚のカードを見つけた。
何処からか流れ込んできている水が地面に広がっているため、足音が水音に変わってピチャピチャと音を立てながら水の波紋を作り出す。
「これ何だろう?」
「おそらく何かに使うのかもしれないですし、持っておけばいいんじゃないですか?」
葬羅は微笑みながら照火に言った。彼は、「ああ」と言ってポケットに手を突っ込み、その中にカードをしまった。
その時、ピピッ!ピピッ!と無線機が鳴る音がした。
〈…る…照火! そこにいる?〉
無線機から聞こえてきた声の主は楓だった。
「ああ…」
〈よかった……。今、私達も中に入ったんだけど、そっちは入れた?〉
「ああ…!」
照火は同じセリフを少し声を高くして言った。
〈じゃあ、そのまま先に進んでその先で落ち合いましょう! いいわね?〉
「了解だ!」
〈じゃ…ブツッ〉
無線機との通信を終え楓の声が聞こえなくなると、そこにはノイズ音だけが残った。
「二人とも分かったか?」
「はい!」
「メンドクセェな…」
照火の言葉に真剣な顔で頷きながら返事をする葬羅に対して、爪牙は舌打ちして頭をかきながら先に進んでいった。
――▽▲▽――
ここは研究所西の入口から入って突き当りの場所…。そこにはたくさんの水槽が生き物の入っていない状態で存在していた。そこへ雫と楓の二人がやってきていた。
「どうしてこんなに大きな水槽があるのに生き物が全然入ってないんだろう?」
雫が一際大きな水だけ入った水槽を眺めながら言った。
「おそらく、研究所が廃虚になったと同時にこの中にいた生物もどこかに移動されたんじゃない?」
楓は仮の話を雫に説明した。
「でも特に気になるのがこの血生臭い臭いだね…」
「確かに…。さすがにこれは少しキツいわ…」
二人は腕で鼻全体を覆い、なるべく臭いを嗅がないようにした。そして、ようやく長い水槽の通路を抜け、彼らは鉄の扉に辿りついた。見るからにそれは丈夫そうで、扉も分厚そうだった。特にそのドアは特殊な構造で、赤いハンドルを回して開けるものだった。しかし、よく見るとそれは赤いハンドルではなく、赤く染まったハンドルだった。
「これって……、まさか血…なんてことはないよね? ハハハ…」
雫は冗談半分に笑いながら彼女に訊いた。
「いえ、その可能性は十分考えられるわ。この扉がこんなに分厚い…それに、ハンドル式ということは余程キチンと閉めておかなければならない程、肝心な場所ということ。第一、この冷たいハンドル…恐らくこの先は冷凍室か何かじゃないかしら?」
楓はそう言ってハンドルに手をかけた。
「くっ…冷たい」
「大丈夫? 僕が代わろうか?」
心配そうな表情で雫が訊いた。
「い…いいわよ!」
「いいって!」
雫は遠慮する楓をその場から無理やりどかしてハンドルを強く握ると、グイッグイッと体と一緒にハンドルを回した。しかし、思いの他これが固かった。長い間使われず、凍りついてしまっていたからだろう。
「くぅ…なめるなぁ~!!」
彼は底力を見せハンドルを思いっきり回した。ハンドルはようやく回り、分厚い扉が開いた。その瞬間、二人を襲ったのは凄まじい冷気と血生臭い臭いだった。そこには、生き物を調査するための機器や入れ物の巨大ビーカー、また、薬などの薬品などが入った収納棚も壁に並べて設置されていた。それらを見た二人は口々に言った。
「どうやらここは生き物を調査するための場所だったようね」
「じゃあ、この血生臭い臭いの原因は、さっきそこにあった水槽の生物達の血の臭いってこと?」
巨大ビーカーを見ていた雫がふと振り返りながら言った。だが、彼のその言葉に彼女は答えなかった。それどころか、彼女はその場に置いてあった霜のついた資料の紙を真剣な眼差しで見つめながら一人で納得し言った。
というわけで、久しぶりの投稿です。何かと勉強で忙しくて投稿出来ませんでした。今回は雷の都へやってきた十二属性戦士七人。ここは多くの化学汚染による被害を受け、殆ど人々は住んでいません。そのため、研究所もいつの日か廃墟になり、廃工場となっています。しかし、それでもなお煙突からの排煙が続いているため何者かがこの場で作業をしているということです。そして、その人物が一体何者なのか――は後でわかります。
ちなみに、今回の八話の前半で出てきた死烏がここを飛んでいるということからも分かるように隣は闇の都に続いています。かと言って九話で闇の都には行きません理由はおいおいわかるかと……。
雫と楓が冷凍室跡と思われる一室で見つけた資料や数々の実験器具、そして血痕。これの真相が後半で明らかとなりますので、引き続きお楽しみに。




