剣術学校入学と新たな出会い
時は進み、入学前――
「やばいよ、イヴ、初日から遅刻しちゃう!やっぱりバケットの焼き加減にこだわりすぎたせいかなぁ」
「ロアのバケットは美味しかったのですよー。遅刻、悔いなし、です」
「もうっ。他人事だからって...」
鞄にぬくぬくと入りながらイヴは寝入りそうな声で言う。
「ねぇ、箒で空を突っ切れない?」
「箒は見た目ほど速くないのですよ。それに、ここはアルベールなのですよ?見つかると同時に殺されます」
イヴの正論に言葉に詰まりながら項垂れるロア。遅刻確定である。
学校にたどり着くと校舎は静まり返っていた。何かもう式典でも始まっているのだろうと思うと気分が落ち込む。そんなロアの顔にいきなりテニスボールを誰かが投げ、寸でのところでロアは躱した。
「なんだ。あきらかにノロそうなのに瞬発力はあるのか」
高い位置から男の声がする。185cmはゆうに越えているだろうか。
銀髪のベリーショートにサングラスをかけた男が、気がつくとロアの前に立っていた。
「お前、名前は?」
「ロア、です」
「なんだそれ、あだ名か?ファミリーネームは?正式名称は?」
「分かりません...。戦争孤児で記憶が曖昧で...」
ロアの言葉に眉に皺を寄せ、銀髪の男は小さく舌打ちをすると、クリップボードをながめた。
「ロア...1年1組、俺のクラスじゃねぇか」
彼は大袈裟に額に手を当て天を仰いだ。そして、はーっとため息をつくとロアに向き直る。
「いいか、遅刻少年。俺様はこのアルベール王立剣術学校1年1組教師の、ベルナール・デュポワだ。この学校の門を叩いた以上、将来は剣士、軍人だ!それを胸に刻んで登校してくるように!!」
「はい!ベルナール先生!」
「デュ!ポ!ワ!だ!友達みたいに呼ぶな!」
「すみません、デュポワ先生!」
「...第2訓練室」
デュポワ先生は呟くようにそう言った。
「そこで新入生の歓迎会、やってるぞ」
「ありがとうございます!デュポワ先生!」
ロアは認められたようで嬉しくて、素早くお辞儀をしてみたが、先生は腕を組んでそっぽを向いたまま。
それにも気づかず嬉しそうに第2訓練室に駆けて行った。
扉を開けると全員の視線が着き刺さる。そうすると目でにやにやと嗤いあう生徒が出てきた。
「おやおや、これは。もしかして“名無しのロア”さんじゃないですか〜?」
「名無しのロア?」
目つきの悪いいかにもな同級生にどうやら初日から目を付けられたらしい。
「登校に時間掛けすぎと思うんだけども?これは誰かが〆なきゃなぁ」
にやにや嗤ういじめっ子の前に女子生徒が躍り出る。
「ちょっと!歓迎会の場でイジメなんて許されると思っているのか!?あたし達は未来の騎士だぞ。恥を知れ!」
勇猛果敢なその生徒は小柄で赤毛に同じく赤目、その髪はベリーショートとまではいかないものの、女子にしては随分短かった。
そして、彼女はその勝気な発言通り、精悍そうな顔立ちをしていた。
「ふん、そんなに俺たちに楯突くならいいぜ。外に出て練習用の木剣で勝負しようぜ!」
「ええ...どうしよう、イヴ」
小声で鞄の中のイヴに問いかけるとしばらく唸り声が続き、その後明るい声がした。
「困りましたね。そうだ、ロア。
剣がぶつかった瞬間に“brise-toi !(砕けろ)”というのです。」
「えっと、分かった」
「へえ、やけに物分りがいいじゃねーか」
君じゃなくてイヴに言ったんだけど!と考えるも時すでに遅し。である。
「へー威勢良いんだ、あんた」
さっきの赤毛の女子生徒の感心した様な視線にさらされつつ、競技場へと移動した。
結局歓迎会のほとんどが野次馬となり、競技場に一緒に移動してきたので呆れてしまう。
いじめっ子と言えど騎士の玉子。正々堂々1体1の勝負で合意したのだが。
「弱い弱すぎる...」
ロアは手も足も出ず、一方的に押されるだけ。イヴの言った必殺技を使う暇もないほどにボロボロにやられていた。
イヴは必死に応援するが、観衆も白けた空気。
(駄目、このままじゃロアが壊れちゃう。それよりはボクが魔女だとばれる方が...)
誰もがストレート負けを予想したものの、言い表せないが、突然ロアの空気が変わった。そして、一閃。
「“brise-toi !(砕けろ)”」
ロアの一言で相手の木剣は粉砕と言うほど粉々になり、対戦相手は恐れおののいて逃げて行ってしまった。
「なんだ今の?...すごい!すごいじゃないか!」
赤毛の女子生徒は興奮したようにロアのもとに駆け寄って来る。魔法とは気づいていないようだ。
「大分大怪我しちゃったけどね。あはは...いてて」
「ああ、大丈夫かよ?そういや名乗ってなかったよな。あたしは1組のミーシャ・マソン。同じクラスだっただろ、よろしくな、ロア!」
ミーシャが右手を差し出してくるのに応えようとした、その時。
「マソン、お前ロアの肩を持っただろ!お前も第2試合目だ!」
「はぁ!?」
「そんなの酷いよ!絡んできたのは僕にだけでしょ?」
ロアが止めようとするものの、ミーシャは木剣を握りしめる。
「いいぜ、やってやる」
ミーシャが競技場に立つと、彼女の3倍ほどの巨漢がやってきてさすがに卑怯すぎて空気が凍った。
「ちっ、卑怯者がぁ!」
「があはっはっ。戦に卑怯もあるかあ!」
ミーシャは体力では劣っているものの、敏捷性で勝り、序盤こそ巨漢男を圧倒した。しかし攻撃を躱し続けるのにも限界がある。
「はぁっ...はあっ、くっ」
息を切らすミーシャに巨漢男がにたあ、と笑いかける。
「何だァ?もう終わりかぁ?子猫ちゃん??」
「はぁ、キモいんだよ、デカブツが」
ミーシャは意地は張っているが、限界が近いのは目に見えていた。
「ねぇ、イヴ。あのままじゃミーシャが可哀想だよ。かといって僕は大怪我してるし...。それ以前に弱すぎて足手まといだし...。なんとかイヴの力で助けてあげられないかな?」
「...」
「イヴ?」
「はぁ、キモいんですよ、デカブツが」
(巨漢男が本物の子猫ちゃん怒らせてる―――!!)
しかしイヴは疲れたように溜息を吐いた。
「どうしたの?」
「久しぶりに魔法を使ったら魔力が上手く練れなかったんです。なので、次やるとしたら木剣をピンポイントで爆破なんて出来ません。“最悪巨漢まで爆破されます”」
(ええええぇぇ)
「それは避けたいけど、でもミーシャも限界みたいだしっ、お願い。イヴ」
(あいつの所まで走るのですよ、ロア。)
「うああああッ」
(呪文を叫んで、ロア!)
「“brise-toi !(砕けろ)”」
「ををあああぁああ!!!!おでの腕がああ!!!!」
結果:巨漢男の腕まで砕けてしまい、血みどろ。
(ロア!早く逃げるのですよ!)
「分かった!」
「あっ、ロア...」
ロアが背を向けて立ち去ろうとしていた気がしていて自信無げにミーシャは片手を彷徨わせる。
「行こう、ミーシャ」
彷徨っていた手が繋がって、頬が熱くなる。鼓動が早くなる。なんだろう、この気持ち。なんだろう、なんだろう。
(あたしには今まで縁がなかったけど、これって恋、なのかな)
ミーシャは初めての感情に戸惑いながらも、保健室までロアに手を引かれながら走った。
そうして保健室までたどり着いた2人は、カーテンを引いて背中越しに傷の治療を受けていた。
その間鞄から抜け出し、人の姿に戻ったイヴは保健室の廊下で眉を寄せた。イヴはミーシャの気持ちにすぐ気がついていたから。
彼女がロアを本気で好きになったとしても、彼は誰にも渡さないのです。
そう決意を込めて、視線を2人のいる保健室に向ける。
ウィ?マドモアゼル?
恋のライバルができてしまったようですが、ボクは負けませんからね。




