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猫魔女イヴ


突然現れた彼女はキョロキョロと周りを見渡すと、手を上にかざしたり、拳をグーパーと握ったり、ほっぺたをつねってみたりをしてからようやく少年に気がついた。

「へ?だ、だ、誰?」

「あ、あー。ごほん。ごめんなさい。…貴方が名前をつけてくれた、イヴなのです。さっきまで黒猫の姿だったので分からなくても無理はありません。貴方の名前とリボンの愛情のおかげでこうして人の姿に戻ることが出来ました。本当にありがとうございました、なのです。」

あと、キスのおかげで、と言って顔を赤らめる彼女に頭が真っ白になる。

「待ってよ…イヴは猫だよ」

「わた…ボクは魔女であり猫なのですよ」

「嘘、猫耳じゃないじゃないか。…なんか耳尖ってるけど…」

少年がそう言うとイヴは軽く首を傾げ、尖った左耳の2つの金色のピアスが揺れた。

「猫耳は満月の日だけなのです。あ、しっぽなら生えてますよ?本物です!」

「しっぽ…じゃあ失礼して」

確かにもふもふだ。骨までしっかりある。そして何よりこのリボンは…

「どうかしましたか?」

「これ、僕が巻いたリボン?」

「そうです!可愛くてもうお気に入りなのです」

ピンク近いパープルに金縁のリボン。この短時間で結び方まで真似してスラム街の家まで入ってくるメリットが浮かばなかった。

「あの、イヴちゃん?」

「イヴで良いのですよ。クリスマスイヴだから、イヴだなんてちょっとありきたりですけどね。ふふ。でも名前のなかったボクには最高の贈り物なのです。あ、そういえばボクの方こそお名前を聞いてませんでした。」

「ごめん、僕自分の名前すら思い出せなくて…」

お互いに何処かよそよそしく目線を彷徨わせる。

「そうでしたか…あの、ベージュの皮のカバン、持ってますか?」

「えっ、机の上にあるけどどうしたの、急に?それに何で知ってるの?」

「ボクは魔女なのでお見通しなのです。ちょっとカバンを借りていいでしょうか?」

イヴの真剣さに気圧されて僕はこくこくと頷いていた。

彼女はカバンを持ってベッドまで移動すると、チラリと僕の方を見た。

「では、失礼して。ごめんなさい!」

「へ?」

イヴはカバンの中身をベッドの上に容赦無くひっくり返すと、カバンの底に手を触れた。

「まだ、鞄の底が張り付いたままですね…」

彼女が独り言のように呟いた後、呪文のようなものを唱え始める。するとイヴが手を入れているカバンの中が発光しだした。ーーそして。

「開きました」

そう言って、カバンの底板であろうものを手渡してくる。

「あのー、イヴ。これ底板でしょ?…取っちゃ駄目なんじゃないの?あと、ベッドの上物だらけなんだけど…」

「大丈夫ですよ。このカバンは二重底なのです。ベッドの上はごめんなさいです。」

何でそんなこと知ってるんだろう?と思いつつ、光ったカバンへの驚きと渡された底板を見ているとドキドキしてくる。

「これ、どうすればいいの?」

「古いですからねえ…。閉じられていた面を擦って下さい」

本当なのかな…?半信半疑で擦っているとやがて本当に文字が浮かび上がってきた。

「イヴ、これなんて読むの?」

「ボクの書いた魔法言語ですね。いま翻訳しますです。」




Lore , ロア




「……ロア?、これ、僕の…名前なの?」

「おめでとうございます、ロア」

「あっ、ありがとう、イヴ!」

勢い余ってイヴに抱きつくとイヴは真っ赤な顔で震えていた。

「〜〜〜!!」

「ごっごめんね」

「い、いえ。喜んでくれて嬉しいのです」

あらためて近くでイヴの顔を見ると、将来が約束されたような、また、人形のように精巧な美しい少女だなと実感させられた。

「どうかしましたか?」

「いや、イヴって綺麗だなって思って」

「へっ?!?」

素直に思った事をポロリと口にすると、またイヴの顔が真っ赤になった。

「貴方何歳ですか!」

ロアのナンパじみた発言にイヴは照れながら怒っていた。

「6歳だよ、イヴは?」

全く悪びれず、不思議そうにするロアに狼狽えたようにイヴが答える。

「ぅえ?ボクも6歳です。同い年ですね。…というか歳は覚えてるのですか。」

「そう言われればそうだね。…イヴは何月生まれ?」

「9月です」

「僕は5月。なーんだ、同学年なんだ?誕生月はお誕生日会する?」

「…もうっ、呑気ですね」

ははは、と笑うロアにイヴは大きく溜息をついた。小声でませてますね、と聞こえた気がするが、聞かなかったことにしよう。

ちなみにアルベールでは9月が入学式なので2人は同級生となる。

「それにしても。何で魔法言語だったんだろ?」

「…まだ完全には分からなかったのかもしれませんね」

「えっ、この名前間違ってるの?」

「それは無いと思います。“ボク達”が探した名前ですから」

どういう事?と聞こうとして、あまりに思い詰めたような険しい眼差しに開きかけた口を閉じる。

「ねえ、イヴが魔女って本当?」

「今更そんなこと聞くのですか?」

暫く時間を置いて、代わりに最も基本的なことを聞いてみると、イヴは意外にもくつくつと笑った。

「今更って、僕は今日知ったばっかりだよ!」

「そうですね。ずっと猫の姿から人の姿になる魔力がなかったのですよ。でも、ボクは正真正銘魔女なのです」

「じゃあ何か魔女らしいことしてよ」

「では。天井に大穴開けてぶち抜きましょうか?」

「止めて下さい。イヴさん怒ってる?ごめんってば」

「冗談なのですよ」

そこからしばらく沈黙が続いた。

「…ねえ、イヴはどこから来たの?」

「ボクですか?…ボクはもう1人なのですよ。家族も帰るところも行くところも...何もありません」

「そっか…」

ベッドに2人で腰掛けながらロアはイヴを抱きしめる。

「寂しかったでしょ、イヴ?せっかく出会ったんだから、色んな気持ちを全部僕に分けてよ。僕もずっとこの家に1人は寂しいもん。僕と一緒にここで暮らして欲しいんだ」

「〜〜っ喜んで。」

ぼろぼろと涙を零すイヴ。その短かい髪を撫でるロア。


後に随分とおませさんなのですよ、と言って頬をつねられることとなる。


それから2人の路地裏暮らしが始まる事となったのである。


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