記憶喪失の少年と黒猫さん
さよならをした。愛した全てに。そして、青に染まる。
ああ、まただ。強い既視感に視界が眩む。お願い、お願いだからボクから離れないで。
見慣れたふわふわの淡い色の茶髪が血の色に変わっていく。
ボクを守ってそんなにぼろぼろにならないで。またボクの代わりにこんなに傷ついて。
どうすればいいのですか。止血しないと!駄目!血が!血が止まらない!彼が冷たくなっていく。
…また助けられなかった。ボクはなんて無力なのでしょう。ねえ、答えて下さい。
嗚咽混じりに彼の名前を呼んで泣き叫ぶと、頭上から優しい声が響く。…と同時に優しく身体を揺すられた。
「大丈夫だよ、目を覚まして?」
「うぅ…」
目を開けるとベッドの上で、夜中のようだった。夢だというのに泣き腫らしたボクを、夢の中で守れず、死なせてしまったはずの少年が。
ふわふわな淡い茶髪の癖っけで、翠色の瞳の彼は心配そうに見つめていた。
「…また予知夢?」
「ええ、ボクまた貴方を守れませんでした…ごめんなさい」
「“今日も”悪夢を見たんだね。大丈夫、いつも隣に僕がいるよ」
「ありがとう、ありがとう、一緒にいてくれて」
お互い固く手を繋いで眠ると、不思議ともう悪夢は見なかった。
ーー戦時中、2人が出会った日
凍てつくような冬の記憶。家族の有無どころか、自分の名前すら覚えていない時だった。
あれは、12月のこと 。6歳の頃に起きた戦時中のことだった。
少年の住んでいるアルベール帝国は戦火の真っ只中にあったのだ。この国は騎士の国アルベールと呼ばれ、他国から畏れられるほどの強国だった。
しかし、最強と名高い騎士団長が倒れるとまるでドミノ倒しのように騎士が倒れた。そして、敵の進行を許し、あっという間に街は炎の中に包まれたのだ。
…相手は魔女狩りを恨んだ魔女。そう噂されている。
魔女は人間がとうの昔に滅ぼしたはずなのに。
家がパチパチと燃え、煙で喉が痛み大きく咳き込む。
大通りには燃える家を捨て、悲鳴を上げながら遠ざかっていく人々の声で溢れていた。
“ああ、皆逃げて行くんだな”
瞼すら重くて開かず、指先すら動かすことも出来ない少年。
ただ、感じるのは石畳の冷たさだけ。
“ここでこのまま死ぬのかな”
少年が諦めかけた、その時。
ミャウ、ミャウ
ーー猫の鳴き声?そして、頬をペロペロとなめられた。その瞬間はっとする。まるで魔法のように固く閉じられていた瞼が開き、身体が自由になった。
身体を起こして前を見つめると、青い瞳の黒猫が優雅に座っていた。
ここは路地裏の住宅地?誰かの家のベッドの上?僕は助かったの?
さっきまで路地裏で死にかけていたのに、瞬時に安全な住宅の中にいるなんて、まるで魔法のような出来事だ。
もしかして…
「君が助けてくれたの?」
「ミャウ!」
「ありがとう黒猫さん。君、名前はなんていうの?」
「ミャウ...」
黒猫さんはまるでしょんぼりと項垂れたようだった。探したけれど、首輪の類は1つも見つからず、困ってしまう。
「黒猫さんは僕の命の恩人だよ!だから、僕には何も出来ないけど名前を送らせて」
ぺろり、と頬を舐められて自分が泣いていたことに気づく。
「あはは、慰めてくれてるの?ありがとう、黒猫さん。ああ、早く名前をつけないとね。…実は僕も自分の名前すら覚えてないんだ。一緒、だね」
少年は暫く黙って考えていた。そして。
「そうだ!君の名前、出会った今日のクリスマスイヴの“イヴ”でどうかな?」
「ミャ〜ウ!」
少年が言い終わるかどうかのタイミングで“黒猫さん”改め“イヴ”はすりすりと少年にじゃれ、喉をゴロゴロと鳴らした。
「そう、嬉しいな。気に入ってくれたんだね」
綺麗なはずが近くで見ると、暗く淀んだイヴの青色の瞳。それを見ているとはっと、思い出すものがあった。
「えっと、これだ!」
少年がポケットをゴソゴソとあさると、猫の瞳とは真逆のピンクに近いパープルで金縁のリボンが出てきた。
「僕には多分戦争のせいで記憶がないんだけど、少し。少しだけ朧気に覚えてることがあるんだ。多分なんだけどね、僕のお母さんが言ってたこと。このリボンと同じ瞳の色の女の子にこれをプレゼントしなさいって。君の瞳は青だけど僕は君が一番大切だから…」
首に巻こうとして、ハッとする。もし絡まって死んでしまったらどうしよう、なんて。
名前を付けた途端とんだ過保護だ。
「イヴ、首がしまったら怖いからしっぽに結ぶね」
しっぽの中間より上辺りにリボンを結び終わると、イヴが勢いよくベッドに飛び乗った。
「どうしたの?イヴ、うわっ」
唇に猫の口の辺りの毛が当たったと思ったはずが、まるで素人が切ったように不揃いな黒髪ショートヘアーの知らない女の子とキスしていた。
女の子は猫の姿の時にベッドに着地していたようで、ベッドに横になる彼女の上に覆いかぶさってしまっていた。驚いた少年は慌てて飛び退く。
彼女は黒髪ショートで、癖っ毛なのか前髪の両サイドがはねている。そして猫のイヴの瞳の色と同じ青色の美しい瞳を持っていた。
彼女はエルフのように耳が尖っていて、左耳に2つの金色ピアスが揺れている。そして、何より。本物のエルフと見まごうほどの美少女で息を飲んだ。
服装は、紺のノースリーブのタートルネックのワンピースに、赤いフード付きポンチョを着ていて、ヒールのあるブーツを履いていた。




