009 かわいいってことは正義だって昔の人も言ってるんだ
ヒスイの目の前に広がっていたのは、年齢一桁に見える子供たちが花畑でわちゃわちゃしている光景だった。
わちゃわちゃ。
陽だまりに転がっている子。
お尻をつけて座って宙を見つめている子。
花をすんすん嗅いでいる子。
おなかを枕にされている子。
香箱座りのような姿勢で花をじっと見つめている子。
ほかの子を枕にしている子。
子供たちは人間とは違う特徴があった。
そしてエルフでもない。
頭の上に、猫のような耳がついていたのだ。
キジトラ、ミケ、茶トラ、黒で先っぽだけ白、サバトラ。グレー。
いつの間に?
まったく気づかなかった。
花畑に入ってもよかったの?
猫耳?
エルフじゃないの?
子供?
なぜ?
ヒスイの脳内は一瞬で多くの想いに包まれ、同時に体が反応して警戒モードになりそうなところを別の沸き上がる感情がひっくりかえした。
か わ い い !
光の幕のなかで思い思いに穏やかに過ごしている猫耳の子供たち。
耳だけではない。尻尾もある。
あ、あの子あくびをして目をこしこししている。
何を隠そう、花車ヒスイは小動物と子供が大好きだ。理由はかわいいから。
犬や猫を飼いたいと思ったこともある。
昔は経済的理由から、今は忙しくて世話をしてあげられないから実現には至っていないが、きっと絶対、老後には何か飼おうと思っている。
もちろん子供も欲しい。今のところ相手の当てがないが。
忙しいのと子供のためにお付き合いするというのは申し訳ないという気持ち。恋愛からお付き合いをしたことはない。友人にはまじめすぎるとか頭が固いとか箱入りとか言われるが、箱入りはない。機会がなかっただけだとヒスイ自身は考えている。
別に大きな動物や大人が嫌いなわけではない。ただ小動物や子供を愛らしく感じるのは本能だろう。当たり前のことなのだ。
ヒスイのスマホには動物動画が大量にブックマークされているし、部屋のカレンダーも猫の写真のものだ。去年は犬だった。
猫飼いたい。
お隣のおばあちゃんのところのグレイトサンダー(ハチワレ猫。オス)は元気だろうか。
「あぁ~」
慈愛と寂寥感がヒスイの口から漏れ出した。
猫耳の子供たちが一斉にヒスイを見る。
一人と目が合った。
キジトラの子だ。
他の子は何もなかったかのように元の体勢に戻ったが、目が合った子だけはじっと見つめ続けてくる。
ヒスイも目が離せなかった。
この子たちは一体何者なのだろう。
『かわいい』で九割支配されている脳の端っこでヒスイは考える。
まあ普通に、エルフがほかの種族と共存しているのだろう。
人間はこの地を離れたと言っていたが、それ以外については何も聞いていない。
なんとなくエルフはエルフだけで生活しているイメージがあったが、そうではなかったということだ。
であれば、エルエルヴィが用意してくれているという住居はこの子たちの近くになるのだろうか。そうだといい。
また、この子たちもドラゴンの危険にさらされていたということでもある。
「にゃぅ」
ヒスイとお見合い状態の子が小首をかしげて出した声は「にゃぅ」であった。実にあざとい。猫というのは人間を支配するために可愛らしく鳴くのだという説があるのはご存じだろうか。野生では待ち伏せ型の狩人である猫はあまり鳴かないらしい。威嚇や求愛などだ。しかし人間に対しては子が親にするような甘えた声をかけてくる。あまりにもあざとい生き物である。
思わず猫に関するほんとかどうかも知らない豆知識が脳裏を支配したが、ヒスイは大丈夫です。
目の前の子供たちは地球の猫の特徴を一部有しているものの、人間やエルフと同じような、何と呼ぶべきか、人類の中の種族? そういったものの仲間に見える。
耳と尻尾以外は人間と変わらないタイプの獣人だ。全身毛が生えているタイプではない。まあそこは一旦いいか。
要するに猫と同一視するのはよくないだろうということだ。
人間も猿と同一視すれば気を悪くするだろう。
ヒスイはあざとい生き物を前に自制心を動員していた。抱っこして撫でたい。
その結果身動きできないまま時間が過ぎて行った。
「あッ! あんたたち! いないと思ったら!」
エルエルヴィの声がした途端、猫耳の子供たちは一斉に散開して姿を消した。
その反応は見事なもので、しかも足音ひとつ立てなかった。
「あぁ……」
「すみませんヒスイ様ッ! ちびたちがご迷惑をおかけしませんでしたかッ!?」
「いやなにもまったく? かわいい子たちですね」
かわいいものが去って行った悲しみを伏せて、ヒスイはエルエルヴィに向き合う。
エルエルヴィもかわいいが、少女と幼児のかわいさはジャンルが違うのだ。
とはいえ目の前の相手をおざなりにしていい理由にはならない。
「かわいいばかりで手がかかるのですよッ! いたずらするか寝ているかでッ!」
エルエルヴィによると、猫の獣人、猫人とも呼ばれる彼らはエルフに子供を預けて大人は遠征に出かけるのだそうだ。
この新緑の森には老齢の者と子供たちが共に暮らしているらしい。
「我々を田舎のおばあちゃんかなにかと思っているのですッ! あたくしまだ二百歳にもなってませんのにッ!」
「どこのエルフの森もそうなの?」
「あまり聞きませんねッ! 少なくともあたくしの知る限りではここだけですッ!」
憤っているような言葉だが表情は穏やかであるところを見ると、エルフも彼らをかわいらしく感じているようで、ヒスイは共感を覚えた。
猫が好きな人に悪い人はいない、というのは必ずしも正しくないことは知っているが、それでも仲間意識が芽生えるものだ。まあ猫ではないが。猫人だが。
新緑の森が出来た当時の猫人とエルフの因縁を聞きながら、ヒスイはエルエルヴィは意外と若いのかな、などと考えていた。
二百歳弱はヒスイの感覚だと全然若くはないが、エルエルヴィの口調からするとそうでもないようだ。
六百年前のことを見てきたように話す様子からすると当時生きていてもおかしくなかったような印象があり、意外に思っていた。
ドラゴンと一人で対峙していたり、魔法を指揮していた様子を見ていたことも影響しているかもしれない。
「エルエルヴィはエルフ的には若者だったんですね」
「え、もちろんですよッ! 見てわかりませんかッ!?」
「あはは、異世界で異種族だとちょっとわかりにくいのかもですねー。あ、頼りになるところばかり見たのも」
愕然とするエルエルヴィ。ヒスイは目をそらしてうっかり言葉にしたことを反省しながらごまかしながら、エルフも若さとか気にするんだなと思うのだった。
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