008 花車ヒスイ
勇気の撤退。
緊急性が高くない今、マジカルジュエルがまだ暗いままの状態で轟炎竜に接触するのは危険が大きい。
無事に戻ればまた来ることができる。
元の世界に帰るための手がかりを求めてはやる心を抑え、ヒスイたちは一旦撤退して様子を見ることにしたのだった。
「ヒスイ様の魔道具の回復を待ってもどこかに行ってなければ多分寝てるのでッ! こっそり横を抜けて行けばいいと思いますッ!」
エルエルヴィの提案がこれだったので、ヒスイは受け入れた。
待つならそこまで待つべきだ。
こうして二人は住居の大木のあたりに戻った。
エルエルヴィは楽しそうに、ヒスイの住居を用意すると言って別行動。
先ほど目を覚ましたのはエルエルヴィの部屋だったらしい。
木が配慮してくれるエルフでなければ出入りも不便なので、別途用意してくれるのだという。
ヒスイはその辺で待っていてくれというのでひとりで散歩してみることにした。
エルエルヴィがいないと木が退いてくれないので、その間を歩く。
「あなたたちは六百年でこんなに太く大きくなるのね」
あの遺跡が六百年前に滅んだという話であるので、この辺りの木の年齢もそのくらいか少し多いかといったところだろう。
屋久島の大木よりも大きそうな大樹がごろごろあるのだが、木の種類の違いか、エルフの手によるものか。
そんなことを考えながら、木漏れ日に導かれるように歩く。
ふかふかしている足元は、いたずらで落とし穴でも作られたら気づけないだろう。
下草はあまり生えていない。
木漏れ日が差すなら生えていてもおかしくない気がするが、エルフがいるからかもしれない。
しばらく歩くと、小さな花畑に行き当たった。
ほかの場所とは違い、木漏れ日が幾重もの帯となって花畑を照らしている。
この光が花を育てているのだろう。
色とりどりの花が咲いている近くにヒスイは腰を下ろした。
花畑には踏み込まない。
きっとエルフたちが育てているのだと思ったのだ。
畑を踏み荒らす者は許されない。
さて、ようやく一人でゆっくり落ち着くことが出来た。
地球での戦闘からこちら、緊急か、意識がないか、エルエルヴィがいたのだ。
異世界に来るなんて体験をしているのに一人で考える暇もなかったのだ。
マジカルジュエルを取り出して見つめる。
暗い緑色のままだった。
少女時代は一日もあれば綺麗に輝いていた。
大人になってからは使い切ったことがないが、回復の速さが減っているのは間違いない。
魔法少女は少女時代がもっとも強い。
力の源が、愛と勇気と夢と希望だからだ。
世界について知れば知るほどそれだけでは生きていけないことを知る。
全能感に満ちた無敵の年頃がもっとも強力なのだ。
だからこそ、一年目の魔法少女の戦いにあまり手を出さないのだ。
地球での決戦は大丈夫だろうか。
ヒスイ、いや、マジカルナックルがいなくてもきっと勝つことはできるだろう。そもそも戦況に影響する戦力ではない。
マジカルナックルはもともと魔法少女の中では弱い。
そのうえ最終フォームどころか強化フォームにもなれなかった。
それが何故かと悩んだこともあったが……。
新たに分かった自分の体質が原因だった可能性が出てきたのはどこか徒労感を覚えたものだ。
ただ、誰かのせいではないかもしれないのであれば、とてもよかったと思う。
ヒスイが地球からいなくなって困る人はいないわけではない。
悲しんでくれるだろう友人たちや知人もいる。
早く帰って後輩たちの戦いの結果を見届けたい気持ちも強い。
その一方で、ヒスイは現時点で天涯孤独である。
それが良かったと思えてしまった。
もしも帰れなかった時を考えると、家族を失う悲しさを感じる人がいないから。
状況的に、ヒスイは敵の攻撃で消滅したと見えただろう。
行方不明になった扱いではないのなら、行政的な処理はすぐになされるはず。
その点もよかったと言える。
そんなことを考えてしまうのは仕事柄だ。
ヒスイは成人してから魔法少女を陰から支援する政府の秘密組織に属していた。
ヒスイのほかにも大人になった魔法少女の一部が所属している。
ヒスイよりも先輩の元魔法少女が立ち上げた組織で、魔法少女にかかわる様々な問題を処理する、魔法少女と社会の橋渡しを行っていたのである。
だから、自分がいなくなった時の手続きなどが思い浮かんでしまったのだ。
余談だが、ほとんどの魔法少女は普通に社会生活を送っていて、ヒスイたちのほうが例外である。
多くは夢をかなえようと頑張っていたり、恋愛や結婚をしたり、それぞれの道を進んでいる。
ヒスイは、自分を育ててくれた周りの人たちのために何かしたいと思って組織に所属したのだ。ほかに自分にこそできるような仕事も思いつかなかったこともある。
どうも考えが後ろ向きになっているなと感じ、ヒスイはマジカルジュエルを服の下にしまうと木に背中を預けて目を閉じた。
なんだか気が抜けてしまっている。
ヒスイが守ろうとしてきた人々はこの世界にはいない。
ヒスイが感謝の心を向けている人々もいない。
ヒスイの仲間も、友人も、同僚もいない。
頼りになるけど時々抜けているかわいい上司も、皮肉屋だけどなんだかんだ優しい別部署のあいつも、いつも怒っている警部さんも。
愛と勇気の源がこの世界にはない。
いや。
助けを求める声を聴いて飛び出したじゃないか。
ヒスイは自分の心をコントロールするためによかった探しを始めた。
よくない考えに陥った時意識してこれをする。
自身の状態に関わらず、立ち上がらなきゃいけないことは生きていればいくらでもあるのだ。
エルフを助けるためにとんでもない相手に立ち向かった。
結果みんな助かった。
助けたエルエルヴィはよくしてくれる。
ヒスイはまだ、魔法少女をやれている。
それなら今までと変わることはない。
よし。
心の中で気合を入れて、目を開くと。
目の間には思わぬ光景が広がっていた。
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