054 覚醒
意外にも、新しい魔法を試す機会に恵まれないまま、目標が近づいてきた。
あれから敵と遭遇しなかったのだ。
もともとあまり交戦しなくて済むルートを選定していたとはいえ、運がいいのか、相手の都合か。
少し広くなっている場所で額を突き合わせて最後の会議を行う。
「思ったより嫌な感じするね」
「強い魔力が集中していてここからでもわかる」
「私にも感じ取れるとは、想定より戦力が集まっているのでしょうかな」
アンデッドは存在自体が生命体にとって嫌な感じを振りまく。
地球でも不気味な雰囲気がある場所がある。ホラースポットと呼ばれるような場所だ。
それを何倍も強めたような、嫌悪感と重圧を覚える。
メンバー全員がそれを感じているようで、表情が硬い。
「厄介なことですが、逆にチャンスでもあります。これだけの戦力を叩けばしばらくは敵も動けないでしょう。目的を考えれば都合がいい。こちらも強力な戦力が揃っている」
副長の言葉は指揮官としてのものだ。
しかし、これまでの信頼関係からだろう、聖女たちの顔つきが変わる。
自分たちの使命を思い出し、表情に勇気が表れた。
それを見たドワーフたちにも伝播する。
そしてマジカルナックルとエルエルヴィにも。
どちらにしろ後がないのだ。
そんな時の心の持ちようは重要だ。
破れかぶれと勇敢は違う。
「じゃあ、ここで、全力で行くよ、副長」
「ああ。聖女たちよ、頼みます」
少女たちを戦いに駆り立てなければならない立場。その気持ちはマジカルナックルにもわかる。
並大抵の精神ではやっていられない。顔を突き合わせて交流している相手であればなおさらだ。
命を数字で見ることができる専門家か、ある種のサイコパスか、身勝手なクズか。それともただ我慢している心の強さを持つ人か。
副長は指揮官としての役目を果たした。
聖女とエルエルヴィは魔力ポーションを使い、準備を万全に。ドワーフや副長が持っていた予備を渡して持ち物の調整と確認を。
「目標はこの先の結節点にある空間からアンデッドを排除し防御を固めることなのでね。聖女の命を優先。先ほどの倉庫より大きな空間で、破壊されていなければ扉で分けられた宿舎もある。物陰から急な攻撃に気を付けるように」
場所はトロッコの駅の跡らしい。荷物の積み替えも行っていたようで相応の広さがあるという。集積されていた荷物がゴーレムの材料となっている痕跡があるということだ。ここにも配備されていると考えられる。
「倒し終わるか撤退指示まで休憩はない。覚悟はいいですな」
全員が頷く。
「よし、では行動再開」
こうして、静かに決戦が始まった。
少し進むと瘴気が聖なる光を打ち消した。
「光の祈り。神よ。御力をお貸しください」
光の聖女ビアンカの祈りが、いつもの聖なる光よりもはるかに力強い光と加護を、仲間に与えた。
体が軽く、歩調も軽やかに。最高に調子が良い日を再現したような感覚だ。
しかしこれで敵もこちらを捕捉しただろう。
部隊はさらに進む。
「知恵の祈り。神よ。我らにひらめきを与えたまえ」
知恵の聖女セレナがさらに祈りを重ねると、これまでの最高を超えた感覚を得ると同時に、それとは別の今までにない感覚があった。仲間が何を感じているのか直観的に感じ取れるような。
今は、皆、聖女の祈りの恩恵に感じ入っているようだ。
「勇気の歌。神よ。歌を捧げます。我らの心の怯懦を打ち払いたまえ」
正義の聖女スカーレットが勇壮な歌を口ずさむ。歌詞は少々下品で乱暴だったが、勇壮な女戦士の姿が聖女スカーレットに重なるように見え、彼女に溶け込むように消える。
それと同時にマジカルナックルの心の奥から驚くほどの力が湧いてきた。
マジカルジュエルが今までになく輝いている。
圧倒的な全能感。
何も怖くない。
進め。
前へ。
「慈愛の歌。神よ。歌を捧げます。我らの心と体をお守りください」
豊穣の聖女クロエが柔らかい声で異なる歌を歌い始める。
包容力のある美しい女性が聖女クロエに重なるように見え、彼女に溶け込むように消えた。
そして優しく包み込むような歌声は勇気の歌と調和していく。
マジカルナックルの体が熱くなる。その一方で、はやる心が落ち着いていく。
ともに行く仲間を強く感じる。
マジカルジュエルから力があふれる。
皆が聖女の力を受けて同じように感じている中、マジカルナックルだけが特別に異変があった。
「え、これって」
胸の奥の熱さが止まらない。
体が震える。
怖い?
まさか。
これは、マジカルナックルが、ヒスイが、求めていたものだ。
魔法少女の力の源は、愛と勇気。
聖女の歌が、その両方を一気に引き出し、強化し、あふれさせた。
マジカルナックルの力が強制的に引き上げられていく。
炎と新緑に彩られた姿が上書きされるように光を帯びて塗り替わっていく。
魔法少女衣装が白く輝きを纏うドレスに変化していく。
全身の肌に焼き付いていた轟炎竜と新緑の精霊の魔力が再構成され、右と左の薬指に指輪のような形に集約していく。
さらにドレスの輝きの中に紅と緑も混ざり、宝石のようにちりばめられた。
そして瞳が炎のような赤と鮮やかな緑に彩られ。
それだけでは終わらない。
ランタンバックラーが白く染め上げられて左手の甲の辺りに浮遊して。
軽量金属の兜は、ティアラとヴェールを模した姿へと。
グローブとブーツも白が前面に押し出され、わずかに差し色の翡翠色が各所にあった。
「愛と勇気と仲間と共に。魔法少女マジカルナックル!」
この輝くドレス姿は過去に見たことがある。
同期の魔法少女たちが最終決戦で変身した姿。
現役時代のマジカルナックルがなれなかったその姿に似ていたのだ。
「……決戦フォーム」
ずっとどこかにあった諦めを超えて。
今になって辿り着いた。十年遅れの姿だった。
「ヒスイちゃん?」
エルエルヴィの問いかけに、マジカルナックルは笑みを返した。
「大丈夫。これは予想外だったけど。今の私は、過去一強いよ」
劇的なシーンでの変身ではなく、聖女の加護で引き上げられた形ではあるが。
ちょうどすぐに強敵が待っている。
「行きましょう」
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