053 反省
リッチが発する負の魔力が消えたことを確認すると、急に坑道が静かに感じられるようになった。
「警戒、結界を配置」
副長の指示で聖女たちが動き出す。
戦闘中副長は目立っていなかったが、マジカルナックルの意識に入っていなかっただけで、ドワーフの頭上を守っていた。何もしてないのに戦闘が終わってから急に存在感を出してきたわけではない。
地面に神聖印を描き、聖水を取り出して振りまいておくと、アンデッドが侵入するのにひと手間かかるようになる。
聖女たちの手で行うことで効果が上がるとのことなので、その作業はお任せだ。結界の聖女でなくとも、差が出るらしい。
ドワーフとマジカルナックルたちは警戒を担当している。
坑道内の光景に慣れているドワーフたちは小さな違和感に気づきやすく、エルエルヴィは魔力の異変に敏感なので、一番仕事がないのはマジカルナックルであると言える。
「魔法の品ですねッ。効果はよく調べないと危険ですがッ」
リッチが遺した杖と指輪をエルエルヴィが確認している。
「魔法の品?」
「この杖はおそらく火の玉を発射する杖ですねッ。呪われているかも」
「さっき使ったのかな?」
「使っていた。あれを反射で対処したのは過剰だった」
聖水を一滴かけてみるエルエルヴィ。反応は無し。
「あれはあれでよかったと思うけど」
「炎系は控えることになっていたから」
「ああ、それはそうだけど」
ドワーフ地下帝国での決まり事だった。決まった場所以外で火を使わないようにとはじめに教わっている。
「次は打ち消そう。それはそうと新しい魔法だけど」
「あ、うん。魔力を奪うようにしたんだ。どう思う?」
「ひとつは、場合によっては魔法が暴走する可能性がある」
「え、そうなの?」
発想を間違えただろうか。マジカルナックルは不安になった。
「魔法解除はそうならないように段取りを踏む方法。例えば――」
魔法の罠などの手法として、魔法を遅延させる方法があるという。
条件を満たしたら発動する、という技術だ。それ自体も魔法で、遅延魔法と呼ぶ。
火の玉の魔法を、一定時間後に発動する、という条件をかけた遅延魔法と共に使うことで発動を遅らせるわけだ。
この遅延魔法だけを消滅させたらどうなるか。
「これはわかりやすい例。技法もいろいろある。一つの魔法の中で一部だけ機能しないようにした場合、十中八九全体が崩壊して不発する。ただごく限られた条件で、変なふうに成立して。その場合想定外の状況が起きうることは覚えておいて」
「すると、控えたほうがいい?」
「危険性があるとわかってやるなら問題ない。ゴーレムを相手にする分には危険はほぼないと考える。危ないのは今まさに使おうとしている魔法を潰そうとするときと、魔法の罠があるとき」
「気を付けるね」
罠の有無を見抜けるかどうかが鍵か。魔法的な観察眼を磨くべきか。
「それと、魔力打撃と組み合わせると効果が上がると思う。それで全部一気にぶっこ抜ければあるいは」
「どういうこと?」
マジカルナックルは理解できずに詳しく尋ねた。
ゴーレムや、アンデッドなどの魔法的生物は、魔法に対する防御力を持つ場合が多い。
これは魔法の排他性と、機能として与えられた魔法防御がそれぞれ働く。
特に戦闘用であれば対魔法防御を付与してあるのが普通だという。
「そこで、まず打撃を入れて反応させる」
「反応させない方がいいんじゃないの? 魔力奪取で魔法防御を機能させないっていう考えだったんだけど」
「通常時は守りを固めている状態と考えて」
「あ、なるほど」
「反応することで魔力が動く。そこに魔力奪取が通れば効率よく崩せるはず」
構えを崩すためのフェイントのようなものと理解した。
「ほとんど同時、わずかに魔力奪取が遅れるくらいでできればいい」
防御魔法が魔力打撃に反応して動いた瞬間を狙うことで防御を構成しようとしている魔力を崩せる。
格闘技でいうフェイントのような理屈だ。
マジカルナックルは軽く拳を動かした。
魔力打撃は体に染みついた魔法だ。
はじめはパンチに合わせて使っていた。そのうち触っている場所ならどこからでも出せるようになった。
「うん、できそうかな。次に試してみる」
マジカル・奪取もパンチに合わせると今までより使いやすく感じた。
マジカルパンチと比べるとワンテンポ余計に時間がかかり、集中力も必要だったのだが幾分かスムーズに使えそうだ。
そこにマジカルパンチを合わせると、マジカル・奪取パンチか。長い。
「マジカル・ダブル……かな? いや、奪取の更新でもいいかしら」
パンチを繰り出してから、手をぐーぱーさせつつ手ごたえを確認する。
「名前もだけれど、相性のいい発動手順があるなら、うまく利用するといい」
「遠隔で使う方法を模索しているはずなんだけど」
「順番にやればいい。今に限れば長距離を狙うより近接で手数と効果を優先するのがいい。と思う」
「それはそうだね」
今回の部隊は広い場所ではなく、仲間も多い。得意な部分を重視することが全体の戦力向上になるだろう。
「あたくしの見立てだけど。ヒスイちゃんの進歩は早い。力押しの性向と加減の細やかさは経験で培われたものだろう。そしてそれ以上に性質変化の技術を身に着けるのが早い」
「そうなの?」
比較対象が無く、マジカルナックル自身にはわからないことだ。
「独自の知識、知見、発想も役立っているだろうが、それを実現する素養が秀でている。少なくとも遠隔発動技術と比べると明らかな格差がある」
「そっちはむしろ不得意かも」
「並みの才能で数年はかかること。不得意かはまだ分からない。ともかく、すぐに必要なことは得意なことで。他は時間があるときにじっくり取り組む」
「了解です、エルエルヴィ先生」
方向性を示されて、少しわかりやすくなった。
ひとまずはマジカルナックルの名の通り。
拳から始めよう。
そう決めると腹が据わった。
一番慣れているやり方だ。
マジカルナックルは少し気が楽になった。
考えることの方向性が大きく変わって戸惑っていた部分が確かにあった。
今回はこれでいこうと決めると、逆に目の前が開けた心持ちになったのだ。
「あ、そういえば指輪は?」
「シンプルな防護の指輪。でも呪われている。解呪は戻ってからですねッ」
「そっか、残念」
使えればよかったが、解呪するなら魔力を多く使うことになるだろう。
どこか引き込まれるような、呪いの宝石のきらめきが目に入らないよう、エルエルヴィが布で包んだ。
そして火の玉の杖と共に副長が預かることになった。
荷物持ちではない。体が大きい分たくさん持てるだけなのだ。
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