051 最前線
硬いものをハンマーで殴る音と叫び声が聞こえる。
悲鳴ではなく怒声が近い。
慌てず急がず、ドワーフたちの先導で近づくと、そこには大きな空間があった。
頭上には例の、外の明るさと連動する結晶があり、それとは別に何か所も魔法の光源が配置されている。
また、地面には浅く溝が掘ってあり、水が張られていた。
資材が積み上げられ、テントが張られ、バリケードが組み上げられて、その向こうで戦いが起きていた。
なぜバリケードを挟んで戦っていないのかは、近づくとわかった。
動く人型がドワーフたちの中心でボコボコ殴られていたのだ。
マジカルナックルと同じくらいなのでドワーフの五割増しくらいの大きさだ。
打撃音を聞く限り金属のゴーレムだ。
継ぎ目はなく、球体関節でもないが、人間のように腕が動いている。
関節もない人型の金属の塊が粘土のアニメのように動いているのは魔法としか言いようがない。
そして、関節がないのに、関節があるかのように決まった場所でしか曲がらないのも不思議なところだ。
ドワーフたちは振り回される腕を迎撃するようにハンマーをぶつけ、足を、腕を殴り殴り殴り殴り殴ってだんだんとゴーレムが変形していく。
そのうち人の形から離れていき、四肢がもがれ動かない金属塊になっていった。
「すごい音ですねッ」
エルエルヴィが耳を押さえていた。
確かに、金属同士のぶつかる音は人によってはきついだろう。
「あら、ビアンカちゃん。それに皆さんも。ようこそ、最前線へ」
戦闘が落ち着いたところで駆けられた声の主は、女性のものだった。
「シエナ。調子はどうですの?」
「いつも通りですねえ」
彼女は水の聖女シエナ。神前決闘の後で紹介された聖女の一人だ。
「いつもあんな風に単体で来るの?」
「いいえいいえ。まとまってきたり、聖なる光を消してきたり、都度いろいろとやってくるのですよ。ま、騒がしいかもしれませんが、休んでいってくださいね。ここから先は敵の領域ですからねえ」
聖女シエナはのんびりとしゃべっているうちに、別の場所から打撃音が聞こえてくる。今度は金属同士の音ではない。岩のゴーレムとかだろうか。
「せっかくなのでここのことをお話ししましょうかあ? 敵の戦術の一部も知ることができるでしょう」
予定ではここで一晩明かして、他の場所から攻める別の部隊と同時に動き始める計画になっている。
休むにしても時間を持て余すので、マジカルナックルは話を聞くことにした。
副長はしっかり休むことを優先するらしい。
「基本的に、聖なる光を維持していれば、下級のアンデッドは近づけないので守りは硬いのですけどお。向こうもそれがわかっているのでえ。急に光を消される嫌がらせがありますねえ」
「そのために防衛地点には聖女や神官を重点配置していますわ。今はシエナだけかしら?」
「あちらのテントで休んでますねえ」
交代で切れ目がないようにしているようだ。
「それから結界に水の加護を合わせて守りを固めているんですう」
「この溝に流れる水を神聖印の形にしてあるんですよ」
「魔法陣と同じような仕組みですねッ」
「結界の強化とお、治癒促進とかあ、それから休みの効果の向上とかですねえ」
「そうやって盤石にしてるのね」
「そしてバリケードで、物理的に止めておりますわ。ゴーレムはそれを壊しに来るのですが」
「ゴーストはどうしているんですッ?」
「基本的には結界を越えられないですねえ。越えてきたら溝に張ってある水をかけてみてください。聖水なので祓えますよお」
こうやって幾重にも守りを敷いているので膠着しているのだということだ。
やはり敵の主力はアンデッドなので、攻めあぐねているのだろう。聖女の集団運用はアンデッドにとって大きな負担になっている。
それでもゴーレムの運用を開始して打撃を与えてきているのだから、油断はできない。
現状は嫌がらせを繰り返してこちらの疲弊を待っているのか。どこかのタイミングで一気に攻勢を仕掛けてくる可能性もある。
「強力な個体はどうしているの?」
「駐留している聖女全員で頑張る感じですねえ。地形上の制限がありますからあ、結界や守りの手段と合わせてえ、有利な状況で戦いますう」
アンデッドも巨大スケルトンのような大きな個体は動かせないし、攻める方向も限られている。
聖女が居て守りを固めれば、地の利は充分というところだろうか。
「騎士みたいな格好の、動きが早くて技量も高いやつが増えていたから、気を付けてね」
「ああ、聞いてますう。アンデッドナイトの一種ですねえ。聖なる光を嫌がりはするけれどすぐには倒れないし戦うと強いタイプ」
「そういう名前なんだ」
「見た目通りに呼んでいるだけですわ」
「あ、そうなのね」
「急に来るかもしれないのでえ、ここのところ注意するように言われてますう」
複数いるようならマジカルナックルも苦戦する相手だ。
地下は狭いので技量で押されるかもしれない。
「ドワーフの皆さんはアンデッドと散々戦っていますから、とっさの対応は頼っても大丈夫でしょう」
「そうですねえ」
聖女とドワーフの信頼関係は大丈夫そうだ。
整理すると、聖女は有利だが、相手は利点を潰す方法を知って実行してくる。
持久戦であればアンデッドである敵の方が有利で、悠長ともとれる戦法を使う。
油断するといきなり危険な状況になることもありそうだ。
マジカルナックルたちは守りを固めた場所から出て、逆に相手の拠点を制圧しに行くわけだ。
相性が有利でも地の利を取られているわけなので、やはり気をつけないといけないだろう。
「危いと思ったらあ、ここまで逃げてきてくださいねえ」
「ありがとう。その時は頼るわね」
そう言って笑みを向けた瞬間に、周囲の明るさが落ちた。
「聖なる光よ」
すぐにシエナが光をともす。
神前決闘でエルエルヴィが行ったように、光の魔法は闇の魔法と相殺する。魔法解除よりはるかに簡単なので、そうやって打ち消されたのだろう。
こうやって聖なる光を打ち消しては、ともし直させることで、魔力と集中力を削っているのだ。交代制で対応しているので、これだけであれば嫌がらせの域を出ないが。
嫌な感じの戦術に気分も暗くなりそうになったところで。
「とらえた」
エルエルヴィが先ほどから聖水に浸したり、あやとりのように手の中で編んでいた紐が、光になって消えた。
そして、どこかから、世にもおぞましい悲鳴が響き渡った。
すべてを呪いながらもなにも成せずに消えていくときに生まれるような恨みがましい悲鳴だ。
マジカルナックルは声の方に飛び出した。反響しているのになぜか方向がわかる。
負の力の発露する場所に、バリケードをすり抜けて駆ける。
「聖なる光よ」
後ろから聖なる光が撃ち込まれ道が照らし出されていく。
そして自分でも思い出してバックラーの光の窓を開け照らしながら進む。
そこにはなにか、べっとりした繊維の塊に包まれた人骨が、魂を削るような悲鳴を上げ続けていた。
「聖水漬けのクモの巣の魔法は意外と効いたらしい」
エルエルヴィがクモの巣の魔法で捕まえていたのだ。
おそらくだが、聖なる光を打ち消した魔法を使ったとき、エルエルヴィは場所を察知して反撃したのだろう。
熟達の魔法使いってすごい。
マジカルナックルはそう思った。
さて相手だが、杖を持ったスケルトンのようだった。
骨の顔は見分けがつかない。先日の万年宰相に似ているように見えるが、威圧感はまるで足りない。似ているが同系統の中では下位のアンデッドなのだろう。
聖なる光と聖水の影響を受けても消えない当たり、なかなか強力な個体なのだろうが。
「聖なる光をくらえ」
バックラーから伸びる聖なる光を、深淵の底のような暗い眼窩に当てておく。なんだか怖かったので。
「破壊すれば倒せるよね?」
「おそらくは倒せる。しかし、魔法を使う個体はなんらかの方法で生き延びるかもしれない」
「でも、このままだとこっちの頭が変になりそうだし、一旦破壊する?」
生理的嫌悪感を強く催す悲鳴が続いている。
とりあえず生命の力で満たした根っこのムチで、さらにからめとってやった。
そこで聖女四人が追い付いてきたので、光の聖女の聖なる光で包み込んだあと正義の一撃で粉砕すると、粉々になってから、光と化して消えていった。
なにはともあれ、嫌がらせ要員を一体減らすことには成功した。
しかし坑道の暗闇の向こうに潜む、本能が拒むよくないものの存在を感じずにはいられなかった。
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