005 少女
二度目の目覚めは木の中だった。
ヒスイは意識を取り戻し眼を開く。
見たことのない天井だ。まるで未加工の木の肌のように見える。ざらざらしていそうな灰色の木だ。
継ぎ目は見られず、なだらかに壁につながっている。
木をくりぬいて木の皮を張り付けたというよりは、木を変形させて居住スペースを作ったのではないかと思えた。
うっすら覚えのあるような、どこか清涼感を覚えるにおいに気づく。
あまり詳しくはないが、リラックスを促すアロマの匂いに近いだろうか。
そして、木綿のような肌触りの布団の中にいる。ベッドは少し硬いそのまま木のような感触である。
体を起こして室内を見回す。
壁には木の枝や草が掛けられている。
部屋の隅の床に棚状になっている部分があり、石か陶器の器やよくわからない道具が詰め込まれていた。
窓はないが、空気の動きは感じる。それらしい穴は見えないが密閉された部屋ではないらしい。
窓だけではなく扉もない。どうやって出入りしているのか。
そう思っていると、壁が動いた。ふさわしいのはうにょーんという擬音だろう。
音もなく壁が自ら円形の入口を開いたのだ。
そしてそこには見覚えのある少女がいた。
少女は、ドラゴンと対峙していた時と同じ顔でヒスイを見つめていた。
「ま、魔王陛下におかれましてはお目覚めになられ祝着至極にございますッ! この度は我々をお救いくださりまして誠にありがとうございましたッ!」
「は?」
花車ヒスイ、異世界で魔王陛下と呼ばれ、大いに「?」マークをばらまく。
予想もしなかった内容に、ヒスイの頭の中は混乱し、眉をひそめた。
それを見た少女は焦った様子を隠さなかった。
「ああッ! なにが気に入らなかったかわかりませんがどうか気をお沈めくださいませ魔王陛下ッ! 一族皆殺しだけは勘弁してくださいお願いしますッ!」
床に伏せて頭をごすごすと打ち付ける少女。
「一族皆っ!? そんなことしません! というか魔王陛下ってなんですか!? 私は魔王陛下なんて呼ばれたことも名乗ったこともありませんっ!」
ヒスイがそう叫ぶと、少女は心底驚いた表情になった。今までの緊張と警戒に満たされた顔と比べるとずいぶん愛嬌を感じる。
「え、魔王ではない?」
「違います!」
「そんな始原の深淵か終焉の黒と見まがうような器をお持ちなのに?」
「なんですかそれ!?」
「あ、いや、そうか、隠していらっしゃるのですねッ! 気が回りませんでしたッ! 申し訳ございませんッ!」
「だから違います!」
△▼△ △▼△
さて、この少女について改めて触れよう。
ヒスイにとっての第一異世界人であるこの少女、見た目はミドルティーンくらいの華奢な美少女である。
金色の髪を編み込んだ複雑な髪形をしており、深い緑の瞳は森の奥のような印象を受ける。
肌は白く、いまにも風に溶けて消えてしまいそうな儚さを感じさせる。
衣服は複数の緑色に染められた植物繊維、木綿とも麻とも違うように見える。シャツの上にベスト、下はズボンにブーツという姿だ。
なんというか中身と比べると村人感が強い。
そして最大の特徴は。
「あたくしはエルエルヴィ。エルエルの系譜、エルエルウィの子。我々新緑の森のエルフの守護者を務めるエルエルヴィと申します」
耳が横に尖っている。
エルフという種族だということだ。
ファンタジーではメジャーな種族であり、ヒスイもエルフが登場する物語をいくつも知っているが、これほどバタバタしている感じがするのは、まあ主流ではないように思う。
「改めて確認しますが、ハナグルマのヒスイ様、あなた様は魔王陛下ではないと」
「だから知らないです。今説明した通り、私はこことは違う世界から来たのです。この世界の魔王とかそういう存在は知りませんし少なくとも自覚はないです」
「そうですか……」
少女、エルエルヴィはそう言ってうつむいた。
しゃべらなくなったのでヒスイが大丈夫かと心配し始めたところで。
「あー、よかったですッ! どおりで魔力の使い方がへたくそだとッ! 魔法具による偽装が解けた途端恐ろしく深い器が見えて本当にびっくりしたんですからッ! 魔王は殺せ派と恩人を殺すな派で里が割れて滅ぶところでしたッ! いやあ、よかった良かったッ! みんな、このお方は魔王ではなかったよッ! 解散ッ!」
エルエルヴィは顔を上げて、ニッコニコで楽しそうに言葉を紡ぐ。
それを聞いたヒスイは、里が滅びそうだったと聞いて肝を冷やした。
自分が原因でそんなことになっていたらひどく悲しい思いをしただろう。
せっかく助けに入った相手でもある。
「あッ! すみませんへたくそだなんてッ! ええと、原始的……雑……稚拙……へぼい……ええとそのぅ、そうだ、不細工だなってッ!」
「よくそんなに言葉があふれてきますね。よほど頭がいいんでしょうね」
ひどいことにならなくてよかった。
ヒスイはにっこり笑った。
「え、あ、そうですかッ!? えへ、えへへ」
エルエルヴィは締まりのない笑顔になった。
ひとまず、魔王勘違い問題はこれで消えたとして、ヒスイはいくらでも聞きたいことがあった。
いったん場を仕切り直すことになり、ヒスイがベッドから抜け出すと、ベッドがあった場所が変形し、布団は壁にかけられる形で収納された。
やはりこの空間は自在に形状を変えるようだ。
そして部屋の中心あたりに突起がにゅっと現れる。
大きなものが一つ、小さなものが二つ。テーブルとイスということだろう。
小さなものにかけるよう勧められたので言われたとおりにする。
エルエルヴィは壁にかかっていた葉っぱをちぎったり、棚にあった器から粉状のなにかを出したりどこからかお湯を出したりしてマグカップの形の器に注いでテーブルの上に置いた。
「どうぞッ! 元気になる汁ですッ!」
ヒスイは、その名前はどうにかならないかなと思った。
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