043 魔法戦
開始の合図と同時にすべてが動き出す。
まずヒスイは一歩動いて目を閉じて、耳をふさいでしゃがんで五秒数えた。
移動先はエルエルヴィの背中の陰である。
「風よ、壁に」
それと同時にエルエルヴィが羽の扇を薙ぎ払うように振ると、扇が消え、二人の前方、アリーナの中心付近に、敵に向けられる強い風の壁が生まれ、ドワーフたちの陣地から放たれた矢や投げ槍を吹き散らした。
二秒。
『光よ』
「闇よ」
聖女二人に、ドワーフの神官たちが明かりの魔法、いや、加護をヒスイとエルエルヴィの周辺に集中して発生させる。
対人戦において、視界の妨害は非常に有効である。
そのための手段は多数存在するが、魔法使いの定石として、明かりの魔法による目つぶしがあるという。
眼球やまつげ、眉間に生えた毛などを狙って明かりの魔法をかけると、目は機能しなくなるのだ。
明かりの魔法は光源を生む。
それが目の前や、目そのものに現れるというのは、懐中電灯やレーザーポインタを向けられるようなものだ。それ以上かもしれない。
明かりの魔法は手軽に使え効果時間も長い。成功すれば戦闘が終わるまで圧倒的な有利を取ることができるだろう。
ただし、相手の身体を対象とする魔法は相手の魔力によって弾かれることもある。特に魔法使いは魔法への抵抗手段を心得ているため回避しやすい。
そういった場合は、相手の顔の周辺に大量の光源を作り出すことで代替もできる。これは動けばいいだけだが、急に強い光にさらされることでの目くらましにはなる。
光による目くらましは数十秒ほどは期待できる。
彼我の距離は百メートルほどで、それだけの時間妨害できれば多くのアドバンテージを得られるだろう。
だが、定石であるがゆえに、エルエルヴィが読んでいた。
ヒスイは目をつむり、移動することでこれを回避。
明かりの魔法にわずかに遅れて闇の魔法をかける。触媒として石炭を消費した。
明かりの魔法と闇の魔法は互いに打ち消し合う。しかし、明かりの魔法は十発以上かけられていた。
これを触媒の力で闇を優位にすることでまとめて相殺した。
五秒。
初動は数で勝るドワーフ・聖女連合の物量にエルエルヴィが対応する形。
場には風の壁が生まれており、若干のヒスイ・エルエルヴィ側有利となってはいるが、敵の前衛が接近してきている。
「のわー!」
風の壁にぶつかって押し戻される。風のせいで何を言っているかさっぱりわからないが、何か叫んでいるようだ。
「鉄球行くよ」
ヒスイはそんな風の壁の中に、パチンコ玉よりも小さな鉄球を放り込んだ。
風に乗って勢いがついた鉄球はバラバラに飛んでいき、鎧にぶつかって地面に落ちる。勢いはあったが、目立った効果は認められず、ドワーフたちはドヤ顔を向けてきた。
そしてドワーフたちは風の壁の攻略に移る。背中を支え合ったり、姿勢を低くしたり、勢いをつけてみたり、上空を射って反応を見たり。
聖女たちはそんなドワーフの向こうで祈りを捧げていた。
「霧よ」
一方こちらではエルエルヴィが水袋を触媒として霧を生み出した。
ヒスイとエルエルヴィの姿が霧の中に呑まれ、さらに風の壁の向こうにも侵食していく。
「霧の幻想」
「魔払い」
エルエルヴィが立て続けに魔法を使うのと、聖女セレナが風の壁を解除する加護を行使するのは同時だった。
風の壁が消滅し、霧が晴れる。
ドワーフたちは壁の先に乗り込もうとして困惑した。
エルエルヴィとヒスイの姿が増えていたのだ。
もちろんエルエルヴィの魔法である。
その数は百二十八倍。二百五十六人。
味方側に無数にいる自身とエルエルヴィの姿を見ると、ヒスイもミラーハウスにでもいるみたいだと感じる。触媒に鏡を使って倍々に増やしたのである意味正しい。
ドワーフたちは思わぬ事態に混乱してしまった。事態の把握に失敗する者、魔法による幻影だと見抜いてもどれを狙うべきかで迷う者、即座に動いたが幻影を攻撃して空振りする者。
観客席の方は大盛り上がりである。
ヒスイたちはその隙にさらに行動を起こす。
ヒスイがアリーナ中央に向けて水袋を投げ込む。
それを利用して、エルエルヴィが魔法を使う。
「大地を泥沼に」
エルエルヴィの言葉に従い、アリーナ中心部から泥沼が広がっていった。
ドワーフ・聖女陣営は重い金属鎧で固めている。
あとはわかるな?
「ええい、自分たちも泥にハマるぞ! ハマらないのは幻影だ!」
泥によって身動きを封じられつつあるドワーフたちを率いる黒鉄陛下が叫ぶ。
「動けねぇ!」
「弓でねらえ!」
「どれが本物だ!?」
じわじわと沈み込みながらも、幻影の中から本物を見抜こうとするドワーフたち。
「解除します、しばらくこらえて!」
「下手に動いて転んだら危ないよ!」
聖女二人が声を上げるが、数が多い分、混乱が勝った。
そこに追撃の魔法が発動する。
「磁力場」
見た目には何も変わらなかった。
しかし、ドワーフたちは体が重くなり動けなくなったと感じただろう。
この地味な見た目の魔法は、強烈な磁石と同じ磁力場を指定した場所を中心に発生させるというものだ。
そして先ほどアリーナにばらまかれた鉄球が、触媒であり、中心点である。
泥沼に呑まれた鉄球が、磁力場となって鎧の戦士たちを沼に引きずり込んだ。
「魔払い」
わずかに遅れて魔法解除の加護が発動される。
その結果、まとめて魔法が解除され、磁力場は消え、幻影もいなくなり……泥沼も地面に戻ってしまった。
「ああっ!」
「まずい!」
泥に引きずり込まれたドワーフたちは、胸のあたりまでが地面に埋まった状態となってしまった。
だがそれはまだマシである。
体勢を崩していた者や、転んでいた者が生き埋めになってしまったのだ。
しかしそこに、何かが降り注いだ。
それは紐状であり、地面に広がると、一気に掘り進み、生き埋めになった者たちを掘り起こしたのだ。そしてついでにぐるぐる巻きにした。
「マジカル・ルーツ」
「上!?」
聖女スカーレットの声が響く。
正解。
ヒスイとエルエルヴィは浮遊の魔法で上空に居た。霧が晴れる前にすでに。地上にいた二人はすべて幻像だったのだ。
そしてヒスイが上空から、つる草ではなく、根っこを伸ばして埋まったドワーフたちを救助したのである。
マッチポンプであるが。
「エルエルヴィちゃんの思い通りになりすぎて怖いんだけど」
ヒスイはうまくいきすぎて引いていた。
エルエルヴィがほとんど一人で暴れた結果がこれである。ヒスイはまだ変身すらしていない。
攻撃を一切しないで、しかし次々に放つ魔法で大勢を手玉に取り、ドワーフを無力化してしまった。
万能を謳う魔法使いに距離を与えてはいけない。
好き勝手される前に封じなければ。
あるいは、轟炎竜のような圧倒的な質が必要なのだろう。
「年季が違う。百年修行して」
「死ぬって」
「それより、まだ終わっていない」
ヒスイたちを見上げる戦士の目は、まだアリーナの上にあった。
質の面では、ドワーフの精鋭戦士を超える存在、聖女が待っている。
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