041 準備
結局、神前決闘まで二日間、時間が空くことになった。
その間、ヒスイたちは準備を進めた。
エルエルヴィは触媒の用意を。
最近、手持ちの触媒を使い切って補充しているところだったという。
轟炎竜の襲撃に対し、殿を務めていた際のことだろう。
「万全を期するなら十年以上かかる。森では手に入れにくいものもある」
ということなので、手を抜いていたわけではないのだろう。
石炭や鉄鉱石なども調達していた。確かにそれは森では手に入れにくいのかもしれない。
また、宝石を使わせてほしいとヒスイに頼んできた。
ヒスイはもちろん認めた。宝石が触媒として有用だと聞いたばかりである。
聖女クロエは、高価な宝石を消費することに若干引いていたが。
ヒスイは正直なところ、エルエルヴィが何をどれだけできるか測りかねている。
神前決闘に対する自信の持ちようは今までの印象を超えるものだ。
魔法は万能と言い、ヒスイに魔法を教えてくれる彼女の実力の片鱗を、今回見ることができるのだろうか。
ヒスイは思考と訓練だ。
今回の触媒についても含め、今までに教わったことを反芻し、己を知る過程にいるのだ。
いまだに新緑の精霊と轟炎竜の力を使いこなせているとは言えず、ほかの魔法は使えないと言っていい。
新緑と轟炎竜への解釈を深め、応用の手段を見出すことが今のヒスイにとって強くなる早道だと感じていた。
触媒についても、ヒスイはすでに使っていた。
マジカル波は、新緑の精霊の魔力を触媒とする魔法だったと気づいたのだ。
魔力を魔法の触媒とする構造は、ふたつの力を借りることができるヒスイの武器となる予感がしていた。
聖女クロエをはじめとして、聖女たちも顔を出した。神前決闘が終わればほかの聖女も紹介してくれるらしい。
「それでですね、与えられた力に満足しないのは貪欲だという声があるんです。神の力をさらに活用する方法の模索は不遜であり、神を試す傲慢だと」
「それは皆が赤ん坊のままでいいと言っているのと一緒では?」
「うーん、まあ、成長を自然なものと解釈しても、学習や努力で身に着けるものを否定しているように感じるかもね」
「ここまで来ている時点で、力の使い方を考えている。それとも、神が此処に来てドワーフを助けてアンデッドと戦え、その際の手順はこれこれこうだ、と指示しているのですかッ?」
「まさか。そうですよね。この理屈なら、わたしたち聖女にここでアンデッドと戦うように決めた方々が貪欲で不遜で傲慢ということになってしまいます」
恐らくその人たちが貪欲で不遜で傲慢なのはその通りなんだろうなとヒスイは思ったが、口にはしなかった。
「魔法使いが貪欲で、不遜で、傲慢であることは否定しない。だが、貪欲は向上心、不遜は自信、傲慢は矜持の延長上にあるもの。程度を決めるのは誰? 超えてはならない一線はどこにある? 聖女の話であれば、聖女は与えられた力を振るうだけで試練を成し遂げられるのか? そうであれば殉職する聖女はいないはず。神が試練を与えるなら、試練を成し遂げるためにあらゆる努力をすることが、貪欲やら不遜やら傲慢と呼ばれるべきではないと考えますッ」
「まあ、倫理的な話だから難しいよね。どこかできっとやりすぎになるんだよ。それを決めるのは誰か。他人か、自分か、法律か、神様か」
そんな話もした。
ドワーフたちは、驚くほど変わらなかった。
エルエルヴィが求めた物の手配にも応じてくれたし、食事も一緒に楽しく食べた。
神前決闘のことを知らないわけでもなく、少なくともヒスイたちの周囲にいるドワーフたちは知っていた。
しかし隔意はまるで感じなかった。
むしろ楽しみにしているようだった。
それがなぜか。はじめは不思議だったが、場所の下見に行ったことで理解した。
神前決闘の場は、野球場や陸上競技場のような施設だったのだ。ローマの闘技場のほうが近いのかもしれない。
掘り下げられた広い場所があって、観客席がある。
そういう娯楽が日常的にあるのだろう。
神前決闘も珍しくないのかもしれない。
「いや、珍しいですよ」
「あたしもはじめてですね!」
正義の聖女スカーレットもそう言っている。
神前決闘は珍しいが、戦いを見る娯楽はあるらしい。
戦いが好きなドワーフが日夜競いあっているそうだ。
アンデッドとの戦いのための訓練の側面もあるようで、かなり活発らしい。
ドワーフのアンデッドと戦うことを考えれば、ドワーフ同士で戦い経験を積むことは有用であるということだった。
そんな話を聞くと、ドワーフとアンデッドの戦いが、言葉の響き以上に悲惨なものなのだと思う。
「やっぱり、アンデッドは嫌だね」
「もちろん」
「生きとし生けるものの敵です」
アンデッドは、なぜ存在するのだろうか。
いや。
「アンデッド帝国はなんでドワーフ地下帝国と争っているの?」
ドワーフは鉱物の採掘をするために地下に帝国を作ったのだろう。
しかし、アンデッドは地下にとどまる必要があるのだろうか?
あるとして、ドワーフと争う意味は?
生き物を殺して増えるため?
それなら地下にこだわる必要もないように思える。
ドワーフであることに意味があるのか?
地上で戦ったスケルトンは小柄なものもあったが人間サイズのものが多かった。
人型ではないアンデッドとも戦った。
ドワーフでないのなら、場所が問題なのだろうか?
「アンデッドの考えはわからないですね」
「知らんのう」
「親方なら知ってるかもしれん」
ちょっとした疑問だったが、すぐには解決できそうになかった。答えを知っている者がいない可能性すらある。
ともあれ。
日付は進み、神前決闘が始まる。
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