040 魔法の勉強
「では、魔法の勉強をしましょうかッ」
エルエルヴィが、宝石を整理しながらそういった。
「今から?」
「今から。クロエ様、聖女や神官にも役に立つので教えてあげてくださいッ」
「私も聞かせてもらっていいのですね」
「アンデッドは世界の敵」
「なるほど」
ヒスイはエルエルヴィに魔法を教わっている立場ではあるが、これからということで少し驚いた。しかも聖女クロエにもというのだ。
神前決闘を前に、付け焼刃でも教えておきたいことがあるということか。
神前決闘について確認しておくと、これは地球でも過去に行われていた神明裁判と決闘裁判を合わせたものである
決闘裁判は、勝った方が正しいという理屈で決闘を行うものだ。
ひどく乱暴であるが、調査技術が発展していない時代では、人々を納得させる一つの方法だった。あるいは特権階級の権利を守る方法でもあっただろう。
また神明裁判は地球の日本でも行われていた盟神探湯というものを歴史の授業で習ったものだ。熱湯に手を入れて火傷しなければ無罪という、そんなのみんな有罪になるじゃんという判定の仕方だ。
他にも、くじやうけいなどが記録に残っている。こちらは占いの領分とかぶるが、詳しくは置いておこう。
これは神の前で普通には無理なことを達成できれば怪しくても無罪を勝ち取れるという理解でよいだろう。もちろん無理なことなので達成することが難しい。
そして重要なのが、神の前で行われた判定は原則覆らないということだ。
覆そうということは神を軽んずるということになる。
今回は正義の聖女スカーレットを通じて正義の神が審判を下すということになる。
勝てば認められる。わかりやすい話だ。
しかし、疑いの深さに比例した困難を用意されるだろう。
エルエルヴィが挑発した分もプラスで。
エルエルヴィはまったく気にしていないようだが、ヒスイは心配していた。
こうなった以上、全力でやるしかないわけだが、ヒスイが新たに得た魔法はドワーフ地下帝国では大きく制限されている。
「ヒスイちゃんの攻撃は全部魔法によるもの。加減と威力効果、どちらも身に付けなければいけない。もっとも、今回は聖女による魔法防御を期待できるので、手加減は意識しなくてもいい。いまは威力の向上を考えればいいでしょうッ」
「威力を」
対人間に魔力打撃を使うのは、ヒスイとしては過剰ではないかという不安があったが、エルエルヴィの見立てでは足りないということだろうか。
ひとまず話を聞いてから判断しよう。ヒスイはそう考えて、先を促した。
「ということで、魔法の基礎の一つ、触媒について教えますッ」
「魔法の触媒?」
化学用語だった気がする。変化を促進するための物質だったか。
謎翻訳による言葉の選定だろうが、そのままの意味として取っていいものか?
「一般的に、魔法や加護は言葉を媒体にして行使する。これは最も手軽だから。呪文や聖句の詠唱というもの。だが、実際には必ずしも言葉を使わずとも魔法は使える。意志のみでも、究極的には無意識で。高位存在は意識せずとも魔法を使っている。あたくしたちの心臓が勝手に動くように」
ヒスイのマジカルパンチも、口に出さずに使うこともある。
「では、わざわざ口に出すのはなぜか」
「効果を強めるためでしょうか」
「それは一面。消費する魔力を低減させる、魔法の構成が安定するなど、様々な利点がある。そして、そういった効果を起こすのは言葉だけに限らない。例えば、あたくしは光を操って魔法陣を描くことで魔法を使うこともある」
「そういえば何度か見たね」
解呪の魔法を使うのにそうしていた。轟炎竜の時と、万年宰相との戦闘でも。
「そして二人にはもっと身近な経験をしているはず。それは、神や、精霊の助力を受けること」
「ああ、そうだね」
「神の加護はそのように解釈されるのですか」
「聖女が受ける神の恩寵は、世界でも稀にみる強度のはず。並の魔法使いでは比較にならない加護を扱えるでしょうッ?」
「与えられた力に恥じぬよう、日々精進しています」
「うん、素晴らしいこと。今回教えることは、神や精霊の助力には劣る。しかし、それらと組み合わせて使うことができる」
「つまり、魔力消費を減らしたり、効果を高められると」
「そんなことが可能なのですか」
聖女クロエも驚いているようだ。
「聖女はわからないが、神官たちはやっているはず。十分な力があれば不要。知らないのならばわざわざ聖女に教えないのかもしれないですねッ。しかし、魔法使いには基礎」
「そういうことなら思い当たることはあります」
「うん。ではまず、実際に見せよう。風よ」
エルエルヴィが呪文を唱えると、涼やかな風が吹いた。
「次はこれで」
今度は光を操り、魔法陣を描く。するとやはり、涼やかな風が吹いた。
「このように、別の方法で同じ効果を導ける。ここまではいい?」
「いいよ」
「はい」
「前提として、構成を失敗していないのならば、魔法は複雑な方が強力になる」
「そうなの?」
「そうですね。大きなことを成す場合、複雑な儀式を執り行ったりもします」
魔法の儀式というと、魔法陣と蝋燭と生け贄、みたいなイメージが思い浮かぶ。
あるいは宗教儀式と考えると、お祭り、結婚式、お祓いなどいろいろ思いつくものもあった。
「そう、儀式。わかっているじゃないですかッ。魔法的に意味があるものを集め、構成し、取りまとめることで魔法が発現しますッ。魔法陣もそのひとつ。歌や踊りなどを使う場合も。師は、声、動き、触媒という三つに分けていましたッ」
「出てきたね、触媒」
「この三つは相互に代用可能です。先ほど見せた通り」
「魔法陣は何になるの?」
「触媒に当たりますが、今回の説明とは外れるのでいったん無視してくださいッ」
「だったらなぜ見せた……」
「魔法は魔法的要素を組み込み、不足分を魔力で補い、発動の意思を込めた魔力によって効果が起きるものと考えてくださいッ」
「不足分をですか」
「だから消費魔力を低減、威力の向上に繋がるわけか」
必要要素が十あるうち、五を呪文で、五を魔力で補っていたとすれば、触媒を併用することで五を呪文、三を触媒、二を魔力で、といったように振り分けられる。
あるいは、必要要素を十だったものに触媒を足して十五にすれば威力が上がる。
そんな理解でいいのかと、ヒスイが確認すると、エルエルヴィは頷いた。
「そう。全部を呪文を唱えようとすると時間がかかるし、噛むかもしれない。戦いの中ではそういう事故も多い。短く早く強くするために魔法使いは様々に工夫をする。しかし、間違ったり構成が下手だと無駄になる。魔法使いは要素を正しく把握し、効果的に構成することが求められる。これは、神官も同じ。神の加護も魔力を媒介に使われている」
「そうすると、その要素を満たすものや組み立て方を教えてくれるということ?」
「充分学ぶには何十年か必要だろう」
「あ、はい」
「それは時間が足りませんね」
神前決闘のこととは別に、聖女は五年程度で役目を終えるのだから間に合いようがない。
「しかし、二人はすでに、強力な魔法的要素を持っている」
「神様の恩寵や精霊のこと?」
「そう。まずはその力を魔法の要素としての観点で見直し、うまく扱えるようになるのが第一歩。そこまでは二人とも進んでいる」
「第一歩で止まってるってこと?」
「神や精霊は強力なので通常それで充分。しかし、もっと先に進みたいなら複数のアプローチを学ぶべきでしょうッ。一つはそれらへの理解を深めること。力を与えてくれる存在について深く考察し、理解し、自身の中に落とし込むこと。そしてもう一つ、行使の手法として触媒を組み込むこと」
「結局それはじっくり勉強しないといけないんじゃ?」
調べれば前例はあるのかもしれないが、学んで練習してという手順は必要だとヒスイは思う。
「シンプルに考えてもいい。例えば、肥料を捧げれば植物成長の効果はあがることだろう」
「肥料をですか」
「薬草を捧げれば癒しの効果が上がるだろう」
「そういうのでいいの?」
「そういうやり方もある、ということ。おそらく聖女も、神官が行うルーティンを真似するだけでも効果が上がるだろう。過剰になるかもしれないが、過剰であることが必要な状況であれば意味がある。強力なアンデッドと戦う時など」
「確かに、聖なる光でなかなか消滅しないアンデッドがいると苦戦します」
「聖水を触媒として消費すれば浄化の効果は高まるだろう」
「触媒って消費するの?」
「するものとしないものがあるが、基本的には消費すると考えて」
化学の触媒とは違うようだ。化学の触媒は、触媒そのものは変化しない。
「こういった宝石などは、様々な魔法の触媒になる。魔法道具の材料にもなるし、役に立ちますッ」
エルエルヴィが手元に置いていた宝石を見せてくれる。
透明な宝石だった。水晶だろうか。綺麗にカットされているが、ダイヤモンドでよく見る形ではなかった。
「結界などと相性がいい。消費して強力な結界にしてもいいし、結界の核にして常設することもできる」
「消費っていうのがまずわからないんだけど。なくなるのよね? どうやるの?」
「魔法要素に変換する。見本を見せよう。何がいいか……光の魔法にしよう。油で練習する」
「ああ、用意しますね」
こうして、この日は触媒の消費の仕方というものを学んだ。
手元にあるものが消えてしまうのを体験し、この現象自体が魔法のようだとヒスイは思ったのだった。
面白かった、続きが気になると思ったら、いいねと評価をお願いします。




