035 豊穣
「神よ、お恵みを」
聖女クロエの祈りに応え、一面の畑に植えられた作物がぐんぐん成長していく。
聖女ビアンカの光を浴びて、瑞々しい新緑が実を成し熟れていく。
「よぉし、収穫じゃあ!」
『おうっ!』
ドワーフたちが畑へと突撃していく。
「収穫も魔法でできたらいいのにね」
「森の植物なら……こやつらは猫のようですねッ」
「どういうこと?」
「世話されることに慣れてしまって、自分たちが一番偉いと思っている」
「猫だねえ」
ヒスイとエルエルヴィが植物性の違いについて話していると、聖女たちが戻ってきた。
「おまたせしました。どうでした?」
「すごいね、こんな大規模に」
「神に感謝を」
ヒスイたちは、聖女クロエが管理しているという畑に来ていた。
大空洞から通路を通っていく専用の区域があり、整備された水路と畑が広がっている。日本の集落にあるようなものよりは、埋め立て地に広がる畑、あるいは広大な平地がある地域の大きな畑の一画といった印象だ。
地形に合わせて畑を作ったのではなく、充分な広さの畑を作るスペースを確保できる場所に作られた贅沢な畑だ。
日本の農家の理想だが、どんどん市街化していくような場所だ。
天井はあまり高くなく、光る結晶が多く配置してあった。
今は夜だからあまり明るくないが、聖女ビアンカの魔法によって補われている。
昼の時間帯なら地上と遜色ない光量なのだという。
このような畑はここにあるのが全てではなく、ほとんどはドワーフたちだけで管理されているらしい。
この区域は支援合同部隊の運用のためにドワーフ帝国側から提供されているのだそうだ。
そして豊穣の聖女である聖女クロエが毎日収穫できるように神の加護をふりまいているのだ。
「どんなものを育てているの?」
「ドワーフの皆さんはイモと豆を好んで食べているのですが、我々はそれでは足りなかったので」
「いろいろと持ち込んで不自由しないようにしておりますわ」
支援合同部隊がドワーフ帝国入りして五十年、少しずつ充実させていったそうである。
豊穣の聖女がいる時もいない時もあったが、居る時に種を持ちこめば一気に増やすことができる。
持ち込む量は最小限でよかったという話をしているのを聞き、ヒスイは聖女という存在の規格外さを感じた。
「ですがわたしが力を尽くしても、ドワーフの皆さんが食べることができる量が倍になったりはしませんから」
国の人口を引き合いに出せる時点でとんでもないことだろう。
聖女一人の力は、一国と比較になるほどということだ。
「あちらの一画では薬草を育てているんですよ」
食料に限らず、農作物は活用の余地がある。
薬はその一つだろう。地球でも薬から一般的な食べ物になったものはたくさんあるし、漢方薬などは植物が多い。
カレーやチョコレート、砂糖なども薬用扱いから始まったのではなかったか。
「これらの薬草は聖女によって加工されることで、特級のポーションができるのですわ。ドワーフ地下帝国の外ではあまり見かけることはないでしょう」
「ポーション」
「液状の薬ですねッ」
ファンタジー作品で聞くことがある言葉だ。おおむね魔法の薬という解釈でいいだろう。
現代日本では、液体の薬は比較的マイナーな気がする。
保存や輸送の都合だろうか。
「聖女なら誰でも作れるの?」
「神々の間にも横のつながりがありまして。例えば聖なる光の加護は、光の聖女であるビアンカが一番強力ですが、わたしたち他の神の聖女や神官の皆さまにもその加護は与えられているんです」
「できることの規模は大きく変わるのですが。そして癒しの神もおわします。再生や薬をその権能のうちに持つ神ですわ」
「なるほどね」
「契約と、練習は必要ですけどね。ドワーフ地下帝国には聖女が集まっているので、お互い教え合っているんです」
そうすると、想像以上に聖女は万能なのではないか。聞いている限り多神教で多くの分野を神様の間でカバーしあっているらしい。
魔法は万能ということだが、多くの分野で神様に補助してもらえるとすると魔法使いの上位互換ではないか。
この世界の神様は何を考えて、年頃の少女に期間限定でこんな大きな力を与えているのか。
一方で魔法少女と似ているなとヒスイは思った。
力を与えられ、その力を頼りに戦い抜く少女たち。
なんだか地球が恋しい気持ちが強くなったのだった。
「ところで、収穫をドワーフの皆さんに任せているのは、人手の問題だよね?」
「そうですわね、我々の目的は戦力としての支援ですので」
「そうすると、あの踏み台を運ぶ労力を減らせないかな?」
「といいますと?」
ドワーフは身長が低く、平均一メートル程度だ。
高く伸びる作物の収穫には手間がかかっている。
人間だって、果樹の収穫は高い木に登ったり、脚立を運んだりと大変な労力を費やしている。
その手間を省ければずいぶん楽になるのではないか。
「成長の際、高さに制限を設ければ。魔法であればできますねッ」
「クロエ?」
「やってみましょう」
ということで実験が始まった。
「お姉様も試してみませんか?」
ということで、新緑の魔力を使えるヒスイも挑戦してみることにする。
いくつかの高く成長する作物のタネを用意して、神の加護と魔法で成長させる実験だ。
その際高さを制限できるかを試すのだ。
「このくらいまでならありがたいのう」
参考のためにドワーフの方にもお越しいただいて横に立ってもらう。
「神よ、お恵みを……これは」
「マジカル・天の恵みじゃあ」
聖女クロエは胸に手を当てて祈り、ヒスイはつる草を伸ばして地面に広げて魔法を使う。
種から根が伸び、芽が出て、成長していく。
大葉っぽい仮称大葉、以下略してトウモロコシ、ピーマン、ナス、麦などが成長し、花をつけていく。
ヒスイの成長はそこで止まった。
「あれ? ああそうか」
実がなるには受粉が必要だ。
もう一度魔法をかけると、実がなった。受粉も一連の流れとして組み込んだのだ。
「どうですの?」
「いくつか気づきがありましたね」
「私もだね。ただ、大事なのは収穫量かな?」
ヒスイの気づき。
それは、新緑と豊穣の違いだ。
穣の神の加護は、大地と植物の両方に同じくらい働く。新緑は植物に傾いている感覚があった。
似ているが少し得意な範囲が違うということである。
さらに、実の量や大きさは、聖女クロエのほうが明確に大きかった。
新緑と収穫は、例えば若い芽を摘んで食べたり利用するなら合うだろうが、熟した実を収穫して食べる作物とは合わない気がする。
逆に豊穣はどちらも内包しつつ、成熟の方に寄っているのではないか。
豆苗の大量生産ならヒスイに分があるかもしれない。
ただ、魔法万能論からすると、どちらもなくとも同じことができることになる。
その場合は魔力消費や、やりやすさが違ってくるのだろう。
「量は、変わるものと変わらないものがあるのう。収穫はこれ、楽になったぞい」
手を上に伸ばさなくてもいい、腰から胸くらいの範囲に実がなっていることで、作業が楽そうに見える。
「麦よりも上に頭があるのが良いのう」
量については増えるもの、減るものがあった。
背が変わったことで密度が変わる。
密集を嫌う植物もあるのだ。
聖女クロエの神の加護はちょうどいい感じにしてくれるようなので、そういう植物は高さが減った分、量も減るものもあるようだ。
「自然に任せず、少し調整したほうがよくなるものがありますね。これは大変な発見かもしれません」
「お姉様、いらしたばかりで素晴らしい成果ですわ」
聖女たちにドワーフたち、どちらも喜んでいて、提案してみてよかったと、ヒスイもうれしくなるのだった。
「これは通常の畑で育てるとどうなるかも、確認する必要がありそうですわね」
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