033 この門をくぐる者
ドワーフの石の小屋の少し奥。
尾根の影、谷間の半ばに、大きな岩があった。
上の方は大きく張り出したオーバーハングとなっており、一見すると大きな岩山にあるくぼみに見える。
よくよく見ると足元に、こすれたような跡がある。
山歩きに慣れている者であれば、ここを何かが通ったとわかるかもしれない。
ヒスイはもちろんあまり慣れていないので、ここだと言われて初めて気づいた。
ここですごいものを見ることができるというが。
ヒスイがワクワクしていると、ドワーフが一人前に出る。
副長が鉄の髭と呼んでいたドワーフだ。
「開け、帝国への門よ……なんての」
鉄の髭は万歳しながらそんなことを言う。
すると、正面の岩壁に、思わぬ変化が生まれた。
岩壁が分裂してうねるように動き出したのだ。
高さ三十メートルほど、横幅二十メートルほどの範囲が、無数の多面体となる。よく見ればひし形が集まった立体だ。
それらの立体は、CDやDVDのデータ面のような虹色へと変化した。
すべてが連なっているように、しかしそれぞれが浮遊してわずかな距離を保ちながらうねるように動き、道を開いていく。
動くにつれて色が変化して見え、規模も相まって非常にダイナミックで繊細な光景だった。
エルフの森歩きとはまた違う、よくできたCGのような、デジタル芸術のような印象を受けた。プロジェクションマッピングの親戚のような。
似たものを並べ立てても仕方がないが、たしかにそうそう見ることができる光景ではないだろう。
「すごいねえ」
「すごい」
ヒスイとエルエルヴィの語彙がなくなるくらいには。
「ドワーフ近い帝国の門は、ドワーフしか開くことができないそうですわ」
聖女ビアンカが補足してくれる。
みると、ドワーフたちは得意げに、聖女たちはニコニコと翡翠たちを見ていた。副長は奥を見ている。
聖女たちは自分たちが初めて見たときのことを思い出してヒスイたちの反応を見ているのだろう。
「ドワーフしか開けないって、どういう仕組みなのかしら」
「わからん」
「わしらが通るときは勝手に開くからの」
「声をかけんと動かんぞ」
「中に入るともっとすごいぞ」
音声認識、いや、生体認証を実現しているのだろうか。反応からすると管理している様子もない。不思議な魔法で管理しているのか。
それにしては大きな魔力を感じなかった。この規模のことがあればヒスイでも感じ取れるくらいの魔力が使われていてもおかしくないはずだ。
横を見ると、エルエルヴィも驚いている。
「わかる?」
「どうやっているのかわからなかった」
エルエルヴィから見てもわからない技術のたまものらしい。
「そろそろよいですかな。先に進みましょう」
異文化観光をしていたら現実に引き戻してくる声が。副長だ。
まあ隠してあった入口の前で長々と止まっているのもよくない。
一行は門の奥に歩を進める。
「あれ?」
その途中で、ヒスイは違和感を覚えた。
初めての感覚だが、何かが変わった気がする。それがなにかは説明できないが。
全員が内部に入ると再び立体が動き出すのを横目にみつつ、中の様子に注意を向ける。
そこは体育館くらいの広さで、光が後方から差し込んでいた。
後方から?
後ろを振り向くと。外の様子が見えた。
無数の立体は見えなくなっている。
「中から外が見えるのです。遙か古代の技術だと」
聖女セレナが教えてくれる。
「遙か古代?」
「ドワーフも忘れているほど昔のものだそうです」
「技術の断絶があっての」
「今のワシらにはこの門は作れんのじゃ」
「古代文明の遺産かあ」
ワクワクするワードである。
ドワーフ地下帝国は古代文明の遺産を利用していた!?
「あっちが人間たちとの交易の馬車置き場。こっちが奥への道じゃな」
「準備してくるのでそこにおってくれ」
ドワーフたちはそう言って奥への道へと進んでいく。
「準備って何があるの?」
「とても楽しいものがありますよ!」
聖女スカーレットがウキウキで言う。
だがそれは統一した意見ではなさそうである。
「わたくしは少々苦手ですわ」
「これも初めは驚きますね」
「ゆっくり見ることができないのが不満です」
聖女たちの中でも意見が割れている。
残る副長を見ると。
「体験するのが一番でしょうな。何を言っても仕方ありますまい」
ヒスイはエルエルヴィと顔を見合わせた。
二人でよかった。
こういう時、気持ちを分かち合える。
準備というのはすぐに終わり、奥への道に案内される。
そこにあったのは、
「トロッコだ」
軽トラほどの大きさのトロッコだった。
「おや、軌道貨車を知っておるのか」
「ええ、似たものが故郷にありました。これ、鉄の線路ですか」
「わしら特製の防錆鋼よ」
「さあさ、乗り込んでくれ」
「人数が増えたから二台に別れるぞ」
「操作はわしらがするからな」
「あたし前に乗る!」
聖女スカーレットが二台のうちの一方に飛び乗る。
トロッコは扉などはなく、側面に付けられた梯子状の足場を使って上から乗り込むようだ。
「どうしようか」
「そうですねッ……」
ヒスイとエルエルヴィは相談して、好意的意見を持っていた聖女スカーレットに倣って同じ車両に乗り込んだ。
内部は意外と底が浅く、座席が据え付けてあるのだが、普通に座ると胸から上くらいがトロッコの外枠からはみ出てしまう。
ドワーフならすっぽり入るだろうが。
同じ車両にさらにドワーフが二人乗り込んできて、一人が一段高い座席に座る。運転席だろうか。
「よおし、出発するぞい。適当に捕まるんじゃ」
「えっ」
運転席のドワーフがそう宣言すると、がこんと音がしてゆっくりと車両が動き出した。
シートベルトもなければ、天井もない。
徐々に車両が加速している。
左右と上は岩壁。前方は暗い。
「明かりをつけるね。聖なる光よ」
聖女スカーレットが前方を照らすように光の魔法をかけた。
聖女の無駄遣いだ。いや、暗い方が怖いかもしれないけども。ヒスイはアイアンする感情を覚えた。
徐々に車両は加速していく。
「いやっほおぉぉぉぉぉう!」
聖女スカーレットはトロッコがスピードに乗ってくると歓声を上げた。
ヒスイとエルエルヴィはそれどころではない。
高速で壁が移動していく。違う。移動しているのはトロッコだ。
カーブに差し掛かると横Gがかかる。
たまに上りになって減速するが、すぐまた下りになって加速する。
二人は座席横に突き出ていた手すりにしがみついて身を低くしている。
ほとんどロックのないジェットコースターであった。
さすがに反転したりはないが。
いや、驚くほど衝撃がなく滑らかに動くのだが、がこんがこんと線路の継ぎ目を通過するらしい音が聞こえるし、上下左右にGがかかる。サスペンションはしっかりしているようだ。
「これどれくらいかかるんですか?」
「半日ほどかのう」
「は!?」
「んな!?」
「途中何度か止まって乗り継ぐからの」
「休憩はできるから、安心せい」
とんでもないところに来てしまったのかもしれない。
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