032 お肌
崩落地点の視察はすぐに終わった。
ワイバーンの群れが確認された時点で撤収が決まったのだ。
部隊の主力であるドワーフと聖女は、ワイバーン戦に向いているとは言えない。
というよりは、聖女だ。
対アンデッドの切り札として投入された聖女をワイバーンを相手に消耗させるのはナンセンスが過ぎるのである。
格としてはアンデッド帝国はワイバーンの群れに勝る。規模もそうだが、上位個体の強さという点でもだ。
だがワイバーンも十分に強敵であり、聖女がアンデッドの天敵ということを加味すると同等以上の敵となってしまうのだ。
広い場所で高速飛行し遠距離攻撃もする相手は強敵に違いない。
それを排除した上で修復工事を行い、同時に空白となった魔物の縄張りにやってくるだろう、次のなにかを防ぐ必要がある。
これは一朝一夕にできることではない。
それが一目でわかったのだ。
ということで、副長が率いる聖女ドワーフ混成部隊はヒスイとエルエルヴィを連れてドワーフ地下帝国へと向かっているのだ。
ヒスイとしては、目的とは別にドワーフの地下帝国に興味津々だ。
エルフの不思議な住居や、森が道を開けてくれるような森歩きには驚かされた。
ドワーフもまた、ヒスイの知らない何かを見せてくれるに違いない。
この世界に来てからは物騒なことが多い。
しかし、素敵な出会いもあったし、得難い経験をしているのも事実だ。
それを楽しみたいという心は否定できなかった。
「ヒスイちゃん。ひとつ注意点を」
「エルエルヴィちゃん。改まってなに?」
「新緑の精霊の力は、地下に入ればこれまでより弱くなると思う。気を付けて」
「え」
「森の中と同じように使おうとすると余計に魔力を消費する。それから、精霊の加護と神の寵愛は似ていても違うらしい。使い方は参考になっても、魔力の運用については体で覚えて」
「お日様が届かないから?」
「それもある。でもそれ以上に、新緑の精霊の居る場所と隔てられるほど、影響が弱くなるんですッ」
「そういうことか」
手の届く範囲でしか手を貸すことができない、ということだろうと理解した。
無関係な魔法が補助されないのと同じだ。
そうすると、ヒスイのできることは半減とはいかないまでも制限されてしまうわけだ。
魔力の使い方に気を付けなければならないようだ。
「お姉様、地下帝国のお話ですか?」
そんなことを考えていると、聖女クロエが寄ってきた。
「ええ、地下での心構え的なことをね」
「それでしたら、地下での注意をお伝えしましょう」
「お、なになに?」
聖女クロエが嬉しそうに言うので、ヒスイも楽しくなってテンションが上がる。
「ひとつ、強い衝撃は危ないのでやめましょう」
なるほど、地下ということは天井がある。建物よりもはるかに大きな質量が頭上にあるのだから、強い衝撃があると崩落の恐れもある。
気を付けよう。
「ひとつ、火は決まったところ以外では使わないこと」
「火を?」
「地下には爆発する気体や毒の気体があることと、火を使い続けても毒を生むからだそうです」
「なあるほど。……そっかあ、火もだめかあ」
鉱山では火気厳禁と聞いたことがある。可燃性のガスが噴き出すことがあって、昔は小鳥をガス探知に使っていたという話も聞いたことがあった。
敏感な小鳥が倒れたらガスがあるということでその場を離れるのだ。残酷な話だと思った覚えがある。
そして火を使い続けると生まれる毒、おそらく二酸化炭素のことだろう。
あるいは、酸素濃度の低下を指しているのかもしれない。
地形によっては重い気体である二酸化炭素が溜まる可能性もある。理科で習った下方置換とかいう現象だ。
魔法の炎は二酸化炭素を生むのだろうか?
炭素ないよ?
酸素は消費するのだろうか?
「ですが居住区は安全です。ただ、他に誰かが近くにいる場所で火を使うのは危ないですね」
火は普通に危ないからそれはそう。
とはいえ。
ヒスイは頭を抱えたくなった。
新緑と炎、二つの力を封じられてしまったわけだ。
これでは地球にいたころと変わらない……とまでは言わないが。
ようやく身についたものが早速使えなくなるのである。
さらにもう一つ考えていた、ドラゴンの咆哮。
轟炎竜が使った威圧を伴う轟音だ。轟の字もあるし使えるのではないかと温めていた新しい魔法候補。
これも大きな衝撃をもたらすだろうから使わない方がよさそうということになる。
お披露目前にネタ潰しされた気分だが、注意を受けずに使ってしまっていたら大変な目に遭うところだった。
教えてくれた聖女クロエには感謝である。
「ですが、地下帝国の名前からくる印象よりもずっと快適ですよ。居住区は」
「居住区以外は?」
「そこは坑道かアンデッドの巣窟ですから」
「それはそうか」
「ドワーフ製の道具もあります。想像より不便はありませんでした」
「どんなものなんだろう。楽しみにしておくわ」
悪いことばかりではないようである。
「ヒスイちゃん、新しく魔法への理解を深めれば、なににも囚われずできることは無限。新緑と炎に限定しても、ヒスイちゃんが思っているよりはるかにできることは多い。『考察を深め、そして囚われないで。可能性を狭めるのは常に自分自身であると思うように』あたくしの師の言葉です」
「むむ。『神はいつもあなたを見ています。自らを助けようとするものにそっと手を貸してくださいます。大事なのはやるべきことを定め、実現しようとする意思。諦めない心が道を開くでしょう』わたしが聖女と認められた日に、お姉様がくださった言葉です」
「ありがとう。素敵な言葉だね」
エルエルヴィに対抗するような聖女クロエの言葉であった。
エルエルヴィの師の言葉は魔法に対する心構えだろう。
聖女クロエのお姉様というのは、この場合ヒスイではなく、聖女の試練を越えて世俗に戻った元聖女のことで、聖女の心構えとも取れるが、魔法に関するアドバイスともとれるのではないだろうか。
聖女の魔法が、新緑の精霊による魔法行使の補助と似た方式なのであればだが。
「そうね、じゃあやってみようかな」
考察し、そして囚われないこと。
やるべきことを定め、実現しようとする意志を持つこと。
怪我はしていないので治療の必要はない。
疲労は聖女クロエが抜いてくれた。
新緑の力は、それと同じようなことはできるのではないかということだ。
魔法は常識を超えるものだ。
結果を考える。
その過程は本来不要だが、補強することで実現しやすくなる。
疲労を抜くというのはマイナスをゼロに戻すイメージだろう。
その逆はどうか?
「マジカル・活性」
新緑にあるという活性の要素、さらに炎から熱を加える。それだけだと負荷がかかりそうなので生命の要素も組み込む。
魔法少女になると身体能力が上がり疲れにくくなる。
これは魔法の効果だ。マジカルジュエルが管理してくれている魔法少女への変身というパッケージの一部。そう考えると、その要素はそれぞれ再現できるはず。
マジカルは無限の可能性。
活性は、自分自身を活性化させるということ。
平たく言えば能力向上の魔法を試してみた。
魔法少女に変身中、いつもお世話になっている馴染みの効果だ。
これに効果を定め、役に立ちそうな要素を組み込んで構成したのだ。
その結果。
「お肌が……!」
「お姉様?」
「光っている」
ヒスイのお肌の張りが、いつもよりもよくなったのである!
聖女クロエによるケアの後なので見た目にはあんまりわからないかもしれないが、自分ではわかる。
ついでに体が軽い。
で、光っている?
十四歳を意識したつるすべぷに肌となったヒスイのだが、轟炎竜の炎と新緑の精霊のつる草が焼き付いている。
お肌の模様となったそれがうっすら光っていた。
明るいお日様の下でもわかる程度に。
「なんで光っているんだろう?」
変身時の身体能力を意識しただけなのに。お肌が若返ったような感じは副作用だろう。
活性が違ったのだろうか。もっと直接、身体強化とか考えたほうが良かったのか。
「おそらく、害はなさそうですッ」
エルエルヴィが調べてくれた。害がないならいいか。でも原因がわからないのはよくないか。
ヒスイは何度か試してから考えようと切り替え、ところでこれはいつ解除されるのだろうかと思っていると。
「つきましたぞ……光っている?」
先導していた副長が振り返って首を傾げた。
「あ、気にしないでください。ここは、拠点の石の小屋の奥ですよね?」
「お姉様、すごいものが見れますよ」
「確かにあれは何度見てもすごいよね」
「一見の価値があるものですわ」
「世界の広さを感じる」
「ほほう?」
聖女たちが声をそろえて褒める何かがあるらしい。
見ると副長は涼しい顔で、ドワーフたちはにやりと笑みを浮かべていた。
ヒスイはエルエルヴィと顔を見合わせて、なにが起きるのかを待った。
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