030 聖女
「よろしいですか?」
ヒスイは、話を続けるエルエルヴィ、ドワーフ、副長たちをよそに、聖女たちに話しかけた。
「これありがとうございます。助かりました、聖女様」
クロエと呼ばれていた聖女が貸してくれたマントを返す。
変身を解除し、無傷のエルフ装束に戻ったので隠す必要がなくなったのだ。
「ひゃ、ひゃい」
「ひゃい?」
戦闘中とは様子が変わった聖女クロエは、恭しくマントの返却に応じる。
「どうかしましたか?」
「はい! いいえ! その……セレナぁ」
聖女クロエは返事に窮したようで最も若く見える聖女に助けを求めた。
セレナと呼ばれた聖女は、ヒスイの感覚では十五、六歳、他の三人はもう少し上だが三つも違わないだろう。おおむね高校生程度に見えた。
二十四のヒスイにとっては若くてまぶしい年代だ。
「はい、クロエ。ハナグルマヒスイさん、わたしたちは過分にも、神々に恩寵をいただいている聖女です。わたしは知識の神の聖女セレナ。こちらから光の神の聖女ビアンカ、正義の神の聖女スカーレット、豊穣の神の聖女クロエと申します」
聖女セレナからは落ち着いていてしっかりしている印象を受ける。
知識の神の恩寵というのがその源なのか、それともそういった人物に知識の神が恩寵を与えたのだろうか。
『よろしくお願いいたします』
聖女たちが揃って胸に手を当てて頭を下げる。
正式な礼法による作法だと感じたヒスイは、自分もお辞儀を返した。
「これはこれは。改めまして、花車ヒスイです。よろしくお願いします。どうぞ、ヒスイとお呼びください」
四人は少しずつ民族的な差異があるようだ。それ以上に、兜の下から覗く、地球ではそう見られない髪色が見分けやすい。
クロエが緑、セレナが青、ビアンカが白、スカーレットは赤。
マンガやアニメのような色の髪は、魔法少女の変身後のようである。
「ヒスイさん。私たちは聖女なので、近しい存在がわかります。神々が与えたもうた霊感が、あなたがなにかのために戦いに身を置き、力を尽くし、生き抜いてきた、尊敬すべき先達であると教えてくれるのです」
「え、いや、そんなふうに言われると照れてしまいますが、心当たりはありますね」
ヒスイの、マジカルナックルとしての経歴は、個人的に満足のいくものだったと言い切ることはできない。多くの失敗があったし、力及ばず苦悩したこともある。
マジカルナックルの力自体も借り物である。
だが、その中で助けることができたもの、培ったものは間違いなくあったし、そのことに関しては胸を張れる。
なので、セレナの言葉を否定することなどできなかった。
「やはり。わたしたちはそういった先達に強い敬意を覚えるのです。よろしければ私たちと対等の盟友として、そして先達として扱うことをお許しください」
「それは、ええと」
ヒスイは、この世界のことについてもっと興味を持ってエルエルヴィに尋ねておくべきだったと後悔した。
聖女という存在について、なにもわからないのだ。
神の恩寵を受けた特別の存在らしい。しかし社会的な立ち位置とか、さっぱりだ。
この申し出を受けていいのかわからない。
世の中には礼儀として断るべきシーンがそれなりに存在する。
特に、身分とか立場が関わるとそういう状況に出会うことがある。
この場合はどうすべきか。
エルフや猫人、ドラゴンの時はそういうことを考えなかった。
だが聖女というのはいかにも影響力がありそうだ。たくさんいるけど。
部隊としてアンデッド帝国との戦いに身を投じている。
どう見ても若いお嬢さんたちがだ。
もしかすると神様パワーで若いまま、かもしれないが。話している限り、見た目とのギャップはさほど感じない。
エルエルヴィもそうなのであてにならない印象だけれども。
ちらりと四人全員を見回すと、どこか期待のこもった眼差しを向けてきている。
「ちなみに、その申し出を受け入れるとどうなりますか?」
「わたしたちがとてもうれしいです」
「わかりました。いや、わかったよ。よろしくね」
「ありがとうございます、お姉様」
「やった!」
「よかったね」
「よろしくお姉様!」
「お姉様!?」
四人の様子に、どこか後輩魔法少女たちに近いものを感じたヒスイは、聖女たちの申し出を受け入れた。
彼女たちが見た目通りだとすると、ヒスイたち魔法少女に負けない過酷な境遇だ。
見た目通りではなかったとしても、こちらが敬意を向けるべき相手だ。
そんな相手からの期待を裏切ることは、ヒスイにはできなかった。
同情や親近感だけではない。
若い子からはかっこいいお姉さんと見られたいという欲もある。
しかしお姉様と呼ばれることには戸惑った。
「わたくしたち聖女は、五年ほどで神々の試練を遂げ、世俗へ戻ります。そうした皆様をお姉様と呼んで、身分を問わず敬愛するのですわ」
「神々の試練を生き残ることは何よりの名誉だからね」
「あの、お嫌ですか?」
聖女ビアンカからは上流階級めいた気品を感じる。言葉遣いもそれらしい。
聖女スカーレットからは力強さを感じる。ちなみに彼女が前線で鈍器を振っていた聖女である。先端部に、上から見ると米の字のように鉄板が配置された、メイスというのだろうか。そんな鈍器だ。
そして聖女クロエは、戦闘中はきりっとしていたが、今はふわふわとして柔らかな印象だ。
「なるほど。嫌じゃないよ。もうちょっと気安く話してくれると嬉しいかな」
「心がけますわ。ただ、それぞれの育ちや、聖女としてのふるまいもありますので」
「あ、無理にとは言いません気持ちだけで。ありがとうビアンカ」
「はい」
嬉しそうにされると何も言えない。
おそらく彼女たちの先輩が培った文化であり、敬意の表し方だ。
それにただ乗りしているような立場は少々恐縮してしまいそうだが、聖女たちが望むなら、ヒスイの気おくれ程度は無視していいだろう。
それよりも。
生き残る、という言葉がさらりと出てきた。
聖女たちの生活は思った以上に過酷なのかもしれない。ヒスイは少し胸が痛んだ。
「そういえば気になったことを訊いていい?」
「はい。なんでもお聞きください」
知識の聖女セレナが自分の出番とばかりに胸を張る。
「さっき、変身解除……姿を変える前と後でみんなの様子が変わったように感じたんだけど、なにが変わったの?」
「ああそれは」
「初めの姿の時は魔法的な印象が強かったからだね」
聖女セレナの声にかぶって、聖女スカーレットが言った。
聖女セレナは改めてそのあとに続ける。
「変身時、ですか。あの若返った姿からは、周りに与える印象を変える魔法効果があると見受けました。鼓舞や、それから偽装効果も。それらが壁となり、お姉様の本来の印象が見抜けなかったのです」
「精進しなければいけませんね」
「本質を見抜く目を持てと、よく叱られますから……」
なるほど、魔法少女の姿にそんな効果があったのか。確かになんだか正体がばれないなと思っていた。
裏で魔法少女支援団体が動いて情報操作していたこともあったが、もともと気づかれにくいようになっていたのだ。
「納得したわ、ありがとう」
「どうぞいくらでも聞いてください。知識を伝えることはわたしの務めですから」
「それと、こちらからもお姉様に一つご注意を」
「なんだろう?」
「部隊の大人たちは意地が悪いことや身勝手に聞こえるようなことも言いますが、どうぞ悪く思わないでさしあげてくださいまし。皆様本来の組織や国のために頑張っていらっしゃるのですわ」
「ああ、副長さんとか?」
「はい」
エルエルヴィに通商路がどうにかならないかと食い下がっている副長だが、成果は出そうにない。エルフを多数拘束することになる大樹海通商路は実現性が低いのだろう。
エルエルヴィはむしろ、地下通路の話をドワーフから聞き出そうとしているようだった。
「大丈夫、国家間の合同組織ならそういうこともあるよね」
「ご理解いただきありがたく存じますわ」
大人の都合というものだ。年頃の聖女の中には引っかかる子も居るだろう。
その点では聖女ビアンカは視野が広いようだった。
合同部隊内で軋轢が起きないよう事前に気を配っているのなら立派なことだ。
他の三人も素直でいい子である。
聖女という役目を全うしようとする意志を感じる。
少し話しただけだが、後輩魔法少女たちに重ねてしまったのもあって、ヒスイは放っておきがたく感じ始めていた。
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