022 お風呂
花車ヒスイは魔法少女である。
しかし同行者の方が魔法の腕がはるかに上だ。
この点についてヒスイは、こう思っている。
「あー、ほんと魔法って便利」
「自分でできるようになって」
「はい。でも何年もかかるものなんでしょ?」
「十年魔法に関わった経験があって、精霊の補助もあるなら難しいことではない」
何をしているかと言えばお風呂の準備だ。
必要なのは容器、水、熱である。
どれも、旅の途中で充分用意するのは大変だと、素人のヒスイにもわかる。
新緑の森にはお風呂文化が存在した。
サウナではなく、湯船につかるほうだ。
それは魔法によって成立している。
正確には魔法の道具、魔導具を使っているが、エルエルヴィをはじめとする一部の魔法使いは自身で用意できる。
大雑把な話になるが、エルフには、精霊と仲良くすることで助けてもらう精霊魔法が主流である。
それとは別に、様々なアプローチの魔法系統がある。
それらを総称して魔法と呼ぶ。
エルフとしては精霊魔法を精霊の加護や精霊の助けと呼び、他をまとめて魔法と呼ぶ。
エルフ以外は精霊魔法と呼び、他もいろいろと呼び分けるらしい。
時代・人・場所・場合・その他でいろいろと変わるのだ。
つまり呼び方が混在していてややこしい。
呪文を唱えてえいやとするイメージのものもある。
魔導具のように、物に魔法的効果を付与して扱うものもある。
魔法陣を展開して協力して扱うものもある。
まあつまり精霊魔法以外はエルフの中では主流ではない技術系統であり、エルエルヴィはそちらに重心を置いているということだ。
新緑の森はエルフの森としては非常に新しい。
生まれた時点で森の外の文化が流入している。
猫人の共存もそうだし、エルエルヴィが修めている魔法もそういうことだ。
おかげで旅の野宿がキャンプ場でのキャンプ以下の苦労に緩和されていて、しかも魔法を教えてもらえる。
ヒスイにとってはすでにかけがえのない相棒だ、などというと打算的すぎるか。
それも森という領域を抜けると状況が変わってくるとエルエルヴィは言う。
魔法は万能だが使い手によって限界がある。
エルエルヴィの言葉は本人にもかかっている。
話を戻そう。
お風呂である。
水漏れしない容器が貴重であることは、現代日本ではあまり感じることはないだろう。
しかし、実際自然の中に放り出されてみると話は変わる。
そして移動を続ける旅という環境においても別の問題が出る。
重いものは運びたくないのだ。邪魔。
マグカップはセーフ。
洗面器がギリギリのラインだろうか。
そんな中、湯船を現場で用意できる魔法は神と言える。
次に水。
外国旅行の経験があれば水に気を付けろという忠告を聞いたことがあるだろう。
日本では水道が安価に水を運んでくれるし、たいていの場所でペットボトルのミネラルウォーターを買える。
異世界の大自然の中ではどうか。
水は重いし、かさばるし、入手に苦労するし、そのまま飲めない。
しかしこれも魔法で解決できる。神か。
最後に熱。
大量の可燃物によってようやく可能な、一度のお風呂に使う百リットル以上の水の加熱。
そんなものは旅の途中でそうそう用意できないし、しない。我慢する。
そんな暇があったら進めと。あるいは休めと。
それも魔法で解決できる。神。
そんな魔法の利便性。慣れてしまうともう手放せないインフラだ。
「では、お湯にして」
「え、私が?」
「熱を与えるのは、轟炎竜の魔力の得意とするところだと思う。簡単なはず」
ヒスイがウキウキでお風呂の用意を待っていたら、エルエルヴィに新たな訓練を言い渡された。
これまでは全部やってくれていたのに。
と、思ってから考え直す。
甘えすぎかと。
エルエルヴィは自発的にお世話してくれるが、それに甘えすぎるのはいかがなものか。
できることを増やすために魔法の練習をしようと決めたのではなかったか。
轟炎竜の、炎の力を扱うのは森の中では危険だからと避けていたが、お湯を沸かすくらいなら問題ないだろう。
むしろ貴重な練習の機会だ。
ヒスイはそう考えなおして、木でできた湯船に溜められた水に右手を入れる。
ヒスイの右腕には揺らめく炎がタトゥのように焼き付いていて、その力を少しだけ借りようというのだ。
「ああ、少し待って。……盾の魔法」
エルエルヴィが、轟炎竜の前足を受け止めていた魔法を使って身を守った。
「よし」
「よしじゃないよね? どういうこと?」
「念のため」
「念のためが必要ならやるべきじゃないんじゃないの? ほら、近くにワイバーンとか居るし」
「大丈夫、成功する。信じている」
「信じてたらその態勢は取らないんだよなあ」
ヒスイはそれから少し考えて、つる草とドラゴンが巻き付いたマジカルジュエルを手にした。
「愛と勇気よ萌え上がれ。魔法少女マジカルナックル!」
魔法少女の姿ならば大抵のことは致命傷にならない。
これは保険である。
大事なことは、暴発させないことだ。
液体の水に対し、高熱を与えると水蒸気爆発が起きることは知っている。
ポップコーンやぽん菓子もその仕組みを使って作られるが、実は危険な現象であることも。
轟炎竜の力はきわめて強力なものなので、扱おうとすればアクセルよりブレーキが大事だろう。
最悪は、百リットル以上の水が高温の水蒸気となって周囲を吹き飛ばすこと。
考えて、想起して、できると信じて、そこが出発点。
湯船の前で目をつむって考える。
目指すのは四十一度の適温。沸騰なんてさせない。
ちょっとだけ熱を送り込む。
速いのはよくない。ゆっくりだ。
爆発なんて考えない。
ほかほか。
温泉。
いい湯だな。
そう、ちょっとつめたいから、熱いお湯を足すイメージ。
これだ。
「行きます!」
ヒスイはそう宣言して右手を湯船に突っ込んだ。
………………。
「変化なし?」
お湯の蛇口をほんの少しだけ開けるイメージだったが、見た目変化がない。
「もう少し?」
「あっ」
ボンッ!
イメージの蛇口を緩めてみようかと思った瞬間、弾けるような大きな音と共にお湯が飛び散った。
水蒸気爆発というほどではない。いや、現象としてはそうなのだろうが。
突沸に近い。
沸騰石を入れることで防ぐと習うやつ。
電子レンジの説明書にも書いてあるやつ。
コンロでもかき混ぜずに温めると起きることがあるので注意。
「あっつ!」
それ自体は自然現象なので、魔法少女衣装が体への被害を防いでくれる。
ただ、濡れてぐっしょりになってしまったが。
変身していなかったら熱湯を浴びてひどいことになっていただろう。
「びっくりした」
「何が悪かったのか考えてあとで教えてくださいねッ」
このあと、湯船に残った熱湯に、エルエルヴィが水を足してちょうどいい湯加減になった。
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