002 マジカルナックル
本日2話投稿の2話目です
花車ヒスイは魔法少女である。
十年前に現れた不思議でかわいい生き物にもらった魔法のアイテムで変身し、長い間戦い抜いてきたベテランだ。あれから体は成長したが、変身すると当時の姿に戻るので、キッツい姿にはならなくて胸をなでおろしている二十四歳。
そんなヒスイだが、お日様の温かさとまぶしさを感じて目を覚ました。
そこは知らない場所だった。
周囲の光景と、空気がそう感じさせた。
上を見れば青空。太陽が高い位置にいる。
見回せば、石造りの床と壁が。崩壊しかけていた。
荒れた城、あるいは朽ちた城と評するべきか。天井がないのは屋上なのか壊れたのか。
壊れたのは最近のことではないようで、つる草が伸びてきていたし、破損のあとも風によって削られたのか丸みを帯びている。
床には布だったらしきものや、金属のなにかの残骸と、崩れた壁らしい石材が散らばっていた。
破壊痕ではなさそうな穴もあり、そこから出入りしていたのだろうと考えられる。
身を起こし、立ち上がってみれば、遠くが見渡せる高い場所だとわかる。
遠景は見渡す限りの森。
ぞわり、と全身が震えたのはその瞬間強く吹いた風のせいか、その景色への感動ゆえか。
近くはというと。
おそるおそる崩れた場所から身を乗り出して下の方を見ると緑と灰色と茶色の中から垂直にトラックの荷台が飛び出ていた。何台か。
見たところ、塔の屋上か、天井が壊れた最上階か、あるいは上階が破壊された途中の部分かと言ったところだろう。
首都の高層ビルほどではない。マンションの十階前後くらいの高さだ。
ただ、結構な大きさ、通っていた学校の敷地よりも広いだろう構造物の一部であることもわかる。
お城の尖塔とか見張り塔とかそういった施設の現存するてっぺんにあたる場所だと理解できた。
森に侵食されている構造物は、石造りの、おそらく城壁。とするとその内側はお城の施設だろうか。
お城なら周辺に町があってもおかしくなさそうだが、木々が密集していてわからない。
周囲を観察しながら、ヒスイはそっと石壁の影に身を隠し、そして改めてゆっくり顔を出して外を覗いた。
もう一つの異常なものが、見えていたからだ。
しばらく信じられなくて、あるいは信じたくなくてスルーしていたが。
「ふぅ。ドラゴンよね、アレ」
空を飛ぶ、翼を持ったトカゲのような生き物が、目覚めたときからはるか遠くの空に見えていたのである。
「地球、じゃないわよね、これ。魔法の国でもない」
ヒスイも魔法少女として様々な不思議な体験をしてきた身である。
そして魔法の国なる異世界が存在することも仲間の魔法少女たちから聞いている。
ただ、聞いた範囲ではもっとファンシーな世界だったはずだ。
ファンタジー映画に出てくるようなガチガチのドラゴンがいるような感じではなかった。
「夢かな?」
頬をつねると痛かった。
あきらめて、今度は自身の状態を確認する。
ジョギング用のスニーカーとジャージ。スマホと家の鍵、それからタオルとドリンクを入れたウエストバッグ。
記憶をたどると、ジョギング中に魔法戦闘発生の報があり、変身して現地に向かったはずだった。
であればこの姿はその時のままだ。
魔法少女として一番大事なマジカルジュエル。
学生時代も今も隠すのに苦労しているそれは、ひもを通して首にかけている。
「だいぶダメージが残ってるな」
本来、翡翠色のマジカルジュエルの中に黒い靄が見える。
これは負荷がかかっているしるしである。
ヒスイが受けたダメージや消費した魔力が靄の形でマジカルジュエルに現れて、ゆっくりとヒスイの心の力を受けながら回復するのだ。
限界を超えると真っ黒に染まって光を失う。
経験から判断して、七割から八割程度消耗しているように見えた。
やはり、絶望の闇の光線を体で受け続けたのは負担だったようだ。
しばらくは変身はやめておいた方がよさそうだとヒスイは判断した。
無理に変身すると魔法少女衣装がボロボロの状態になるのだ。本体へのダメージを肩代わりしてくれている結果だとしても恥ずかしい。
「うーん」
状況は把握できた。できたと言えるか正直判断できないができたとしておく。
周辺の様子は見たことがない風景で推定異世界。少なくとも地球ではなさそう。
疲れはない。むしろ体調はいいくらいだ。
マジカルジュエルは休ませておきたい消耗度合。
で、現在地は塔の上。
「万一あれに襲われたら逃げ場がないし、さっさと降りたほうがいいかな。その前に何か目印になるものとか見えないかしら」
見える範囲は森である。
「壁に隠れている向こうがどうにか見えないかな? 崩れそうで怖いけど」
少しばかり苦労して壁を回り込むようにしてみたがやはり森だった。
そして諦めて下へ移動しようとしたときに、状況に変化が起きた。
「うわ、火を吐いてる」
ドラゴンが森に向かって炎を吐いていたのだ。
同時に鳥が飛び立ち、森があわただしくなるのを感じる。
ドラゴンの大きさがわからず、遠近感がわかりづらいがそれなりに、1キロメートル以上は離れているので直ちにヒスイに害があるわけではなさそうだが。
そして。
「――――ッ!」
声のようなものが聞こえた。
ヒスイがそう感じた方向に意識を向けると。
「タス――レー」
ヒスイは胸に手を当てた。
かすかに届いたその声は、助けてくれ、と聞こえたのだ。
「フォームアップ!」
迷いなく叫ぶヒスイの声は魔法少女の合言葉。マジカルジュエルが光を放つ。
最善の状態とはかけ離れている陰った翡翠色の光は、しかしヒスイを優しく包み込み、その姿を魔法少女のものへと変えていく。
ショートボブの髪が明るい緑に染まっていき、リボンにまとめられながらロングポニーテールに変化していく。
体格がかつての姿に切り替わり、白地に緑の差し色のブーツと、そしてグローブが現れる。
破れて乱雑なスリットとなってしまったフレアスカートの下には深い緑色のスパッツ。
胸には大きなリボンとその中心にマジカルジュエルが納まって。
「愛と勇気はこの胸に! 魔法少女、マジカルナックル!」
傷ついた魔法少女が現れた。
助けを呼ぶ声が聞こえた以上、マジカルナックルは迷いなく飛び降りた。
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