018 旅立ち
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ヒスイは気づかぬうちに、炎を纏っていた。何も焼かない炎である。
その様子を見た轟炎竜が告げる。
『そうか。ならば異世界の者よ、調べてまいれ。余はこの地にて待つ』
「轟炎竜閣下はここから動く気はないのですか」
『余が動けば余を恐れた小さき者共も動くであろう。異世界の者の望みはこの地の安寧であろうが』
「閣下を恐れた小さき者が動く?」
「轟炎竜閣下を恐れた魔物が大移動を起こすことはあると思う。もっと格の低い魔物でも起こること」
「……それって、ここに来るまでにも起きてるんじゃない?」
「おそらく」
すでに混乱が広がっているかもしれないと、そんな事実が明らかになった。
しかし。
「轟炎竜閣下、そんなこと気にしないでしょ。ここに残る目的は……ああ、トラックか」
『余の宝である』
「実家の宝はいいんですか?」
『よいわけがあるまい。どちらも大事に決まっておるだろうが。だが持ち帰った先で戦いになれば余の宝は無事ではすまぬ。故に異界の者が見てくるのだ。わかったか』
正直なところ、ヒスイは轟炎竜の力をうまいこと借りることができないかと思っていた。
しかし、轟炎竜がいることによる余波。
そして本人……本竜の気質。
どちらも共に行動するにはよくない影響が出そうだ。
空を飛んでいけるのは一番楽そうだと思ったのだが。
いや、ドラゴンに乗って空を飛んでみたかったという気持ちも否定できないのだけれども。
発想を変えて、新緑の森の門番がわりだと思えばいいのかもしれない。森の住民は落ち着かないかもしれないが。まずいだろうか、ストレス。
「エルエルヴィちゃん、轟炎竜閣下がここにいて、私に宮殿の様子を見て来いって話になってるんだけど、どう思う? 新緑の森側の意見として」
「えっ、それは、ものすごく迷惑ですがッ!? ただ魔物は寄ってこなくなりそうですねッ! 逆に寄ってくるような魔物が現れれば、この地方一体が滅ぶことになるでしょうッ!」
「危険を呼び寄せる可能性があるってことか」
「ですが……ええと、天災はどこにいても、何もしなくてもやってくる。一度はヒスイ様に救われた。ヒスイ様はこれ以上、新緑の森のことに縛られなくてもいい」
そう言われると、行動理由そのものが弱くなるのだけれど。
しかしだからこそ、ヒスイは、気を使ってくれているエルエルヴィを愛おしく思うのだ。
問題の大元に手を出すと決めた以上、枝葉についてはある程度割り切る必要があるだろう。できるかどうかはともかく。
住人がそれでよいというなら、そもそもヒスイが口を出す筋合いでもない。
なので。
「持ち帰って検討してもいいですか」
『余の意に従わぬかどうかをか』
「いえ、より良い提案ができないかを」
『よかろう。どちらにしてもかわらぬ』
「ありがとうございます」
こうして、第一回魔法少女と竜の会談が終わった。
ヒスイとエルエルヴィは帰還し、轟炎竜との交渉の結果を新緑の森の長老たちと共有した。
被害はなく、幾度か轟炎竜が吼えた、それも魔力のこもった方向ではなく、穏便なものだけということで満足のいく結果と言える。
ヒスイの見た目が変わっていたことには驚かれたが、それはさておき。
ヒスイが元の世界に戻る方法については一時保留。
轟炎竜が都市の跡に滞在し、ヒスイが轟炎竜の宮殿、はるか南方にある燃える山へと轟炎竜を支配した何者かについて調べに行くという轟炎竜の意向。
宝へのこだわり。
これらを伝えると、エルフと猫人の長老は頷いてヒスイに笑顔を向けた。
「かの竜が我々に敵意を向けていないことがわかり安心しました」
「そうですにゃ。子らが襲われることも減りますにゃ」
「ヒスイ殿には、本懐を遂げることをこそ、望みます」
長老たちも、エルエルヴィと同じ考えらしい。
そういう態度を取られると、余計に気になるのが人情だ。
しかし、気にしないようにするのが粋だろう。
実際のところ、彼らにとっても伝説的な存在である轟炎竜である。その扱いは手に余るだろう。
言葉が通じるのはヒスイだけであるようだし。
おそらく、翻訳の魔法であったり、ドラゴンロアーとやらを扱える人物がいれば意思疎通可能なのだろう。しかし新緑の森にはいない。
だが、それでも大丈夫だと言ってくれるのを否定するのは相手を侮っていることになるだろう。
そしてここは異世界でヒスイは異世界人である。
過剰に押しつけるのもよくないだろう。
ヒスイはいろいろと理屈をつけて不安をごまかし納得を進める。
正直むき出しの爆弾かなにかのように思える相手なのでなかなか大変だが、結局のところ他に選択肢も見つからないので割り切るしかない。
それならば前向きに切り替えていこう。
ということでヒスイは一晩かけて気持ちを切り替えた。
そして翌日、この世界に来て三日目にして四度目の目覚めの日。
改めて轟炎竜に会って承諾を伝えた。
そして、滞在中、都市遺跡を轟炎竜の住居として森の侵蝕を引き上げること、そして新緑の森と住人の保護をお願いした。
あくまでお願いである。
『よかろう。矮小なる者どもなど喰ろうても仕方がないしな。余の宝があるので辺りを焼き尽くすようなこともするまい。それで満足か?』
「ありがとうございます」
『では余の使いとなる者の名を聞いてやろう。名乗るがよい』
「え、はい。私は花車ヒスイ。そして」
ヒスイはマジカルナックルに変身する。
その際に胸元で光るマジカルジュエルには、つる草が絡みつき、さらにドラゴンが巻き付いていた。土産物屋のキーホルダーを派手にしたようだ。
さらに変身後の魔法少女衣装は緑だけでなく、炎の意匠も加えられている。
元の緑に新緑と炎。
「この姿は魔法少女マジカルナックルと」
『二つも名乗るか。贅沢なやつだ。では異世界の者ハナグルマヒスイにしてマホウショウジョマジカルナックルよ。余の名は轟炎竜イグニス。役目を果たした時、余の名を呼ぶがよい。余の魔力を焼き付けた者がこの名を呼べば余はわかる。一度だけ、いや、二度だけ呼ぶことを許すこととする』
「どういうことです?」
『一度だけ力を貸してやろうというのだ』
「ありがとうございます、轟炎竜閣下」
こうして、轟炎竜との交渉は終わり、ヒスイことマジカルナックルは、上等で偉大な竜の使者となったのである。
その後数日を準備に費やした。
エルフと猫人たちに頼ることとなったが、彼らは立派な旅装を整えてくれた。
少しばかり伝統的かもしれないと伝えられたため心配になったが、遠征に向かう猫人の大人たちと似たようなものだというので胸をなでおろす。
「これを持っていくにゃ」
そう言って渡された猫耳も大事に持っている。
大人猫人たちに会った時に身に付ければ、猫人の友人だとわかるのだそうだ。
他にも旅に必要なものをいろいろと用意してもらい、仲良くなった猫人の子供たちには泣かれ、ついにその時が来た。
「本当にいいの?」
「ヒスイ様を一人でいかせるわけにはいきませんッ!……いかない。我々のためでもあるし、ヒスイ様の力になることも我々の総意。もちろん、あたくしも」
同行を申し出てくれたエルエルヴィに最後の確認。
正直心強いのと、人間を見下しているような雰囲気が時折漏れていたのが尚早不安なのと七対三くらいか。
「それならせめて、様をやめよう。旅の道連れは対等がいいよ」
「わかった。ヒスイちゃん」
ちゃん。
なるほど、ヒスイがエルエルヴィをちゃんづけするのでそれに合わせたのだろう。
対等だ。
「うん、よろしく、エルエルヴィちゃん。それではみなさん、行ってきます。お達者で」
「行ってくる」
「旅の精霊にヒスイ殿の無事を祈る」
『いってらっしゃい(にゃ)!』
こうして花車ヒスイは異世界に降り立ち、旅立ったのである。
この旅がどれほどの長さになるのか、まだ誰も知らない。
第一章 異世界・出会い・旅立ち 完
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2章執筆のため少しだけ休暇をいただきます。




