014 上等で偉大
塔の最上階の部屋をのぞき込んでいた轟炎竜が吼えると塔がびりびりと震え、マジカルナックルは震度三くらいかなと思いつつ冷や汗を流した。
塔が崩れるんじゃないかと。
耐震性なんて考えていない建造物だ。声だけでこれだけ揺らしてくるとすると、あまりに危険である。
同時に、轟炎竜が言っていることが理解できた。
『余の臥所で騒いでおるはどこのどいつじゃ』
威圧感はあるが攻撃的ではないのは寝起きだからだろうか。
それでもエルエルヴィは震えあがる。轟炎竜への畏怖を忘れたマジカルナックルと違い、何倍もの重圧を感じているのだろう。それでも立ち上がったまま向き合っていることは、エルエルヴィがたぐいまれな勇気の持ち主だという証明だ。
マジカルナックルはそんなエルエルヴィを背に隠すように前に出た。
一度は一人で轟炎竜に向かい合ったエルエルヴィだが、今はマジカルナックルが共に居る。
『などといってもこんな矮小な者どもには余の言葉などわからぬか。まったく、寝付いたところだというのに。焼き払ってくれよう』
「ちょっと待って!」
「!」
『!?』
「あなたのお気に入りのトラック、熱に弱いですよ」
『なんじゃと』
「ヒスイ様、ドラゴンロアーもわかるのですかッ!?」
『いや、知らんぞ。余は知らん』
「あなたが添い寝してたトラックは異世界由来の物ですよ。失われたらもう手に入らないからね」
『ぐぬぬ』
「この塔が崩れても、トラックが潰れるでしょう。丁寧に動いたほうがいいと思いますよ。大きな声を出すだけでも、この塔が揺れていますからね」
どうやら、会話が通じるらしかった。
エルエルヴィにはわかっていないようなので、マジカルナックル特有のものだ。
おそらくはエルエルヴィとも会話できる謎翻訳効果だろう。
マジカルナックルの丁寧な助言で轟炎竜が身を引いたので、エルエルヴィを抱えて下の階へと飛び降りる。
轟炎竜の気が変わる前に脱出したいが、塔の外に飛び出すと空中で逃げ場がない。
一旦塔の中を地上に急ぐ。うまくトラックを盾にして、エルフや猫人に被害が及ばないように話をつけよう。
「と思うんだけどなにか交渉のネタはない? 期限は一階に降りるまで」
「ええッ!? 急に言われッ! ましてもッ!」
「もっと気安く喋ってよ。急いでいるし。その方が気楽だし」
「急にッ! 言われッ! てッ! もッ!」
運ばれているエルエルヴィに尋ねながら、次々と階を下る。
確かに急に交渉と言い出したのはマジカルナックルとしても申し訳ないが、話が通じる想定はしてなかった。トラックの件もだ。
じゃあ気づかれたときはどういうつもりだったのかといわれるともう全力で逃げるだけのつもりだったに決まっている。
「轟炎竜を含む四大竜ははるか昔から棲み処を変えてないとか」
揺れが少ないタイミングで一息にいうエルエルヴィ。
棲み処に執着があるということだろうか。
やはりイレギュラーな状況なのだろう。
強大なドラゴンが支配を受けるというのも既にそうなのだろうから……ここをつつくのは追い払えるかもしれないが、逆上しそうな気もする。
そうこうしている間に一階に到着。
出口の前には轟炎竜の後ろ脚が見える。
出て右手にトラックが配置されている轟炎竜の寝床。
正面方向がエルフと猫人の集落である。
右に行くか左に行くか。
全力で逃げる案なら左。
交渉でどうにかなるのに賭けるなら右。
扉を抜ける。すぐに見つかった。塔の上も同時に見張っていたらしく、下の出口に張り付いていなかった。
右に進路を変更。
足元をすり抜けて走る。腕の中のエルエルヴィが身を固くする。
足で踏みつぶそうとしてきたが、トラックに接近すると躊躇ったのか動きが鈍くなる。
マジカルナックルは今だとばかりに、トラックの運転席を開け、体を滑り込ませてドアを閉めた。
「ふぅ」
「えぇ……?」
トラックの運転席は高い。愛車の軽と比べると一目瞭然だ。道で後ろに着かれたときなど怖いくらいだ。高速道路なら前後に居てほしくない。
しかしそれよりもはるかに大きいのが轟炎竜だ。
やる気であれば一挙動で叩き潰されるだろう。
五倍のサイズ差は単純に計算すると百二十五倍の質量差である。
しかし、塔の上での動揺と、つい先ほど攻撃の手が緩んだこと。
それでいけると踏んだのだ。
トラックごと壊そうとはしないと。
『どうなっておる。出てこい。燃やすぞ。下等で矮小な生き物め』
口が悪い。
だが手を出してこず、のぞき込んでくるばかりだ。
「お話をしましょう、上等で偉大な轟炎竜、閣下」
窓を開けて、顎を地につけて覗き込んでくる轟炎竜に話しかける。
『お話だと? 余の命に従うのが先だ。焼き尽くすぞ』
実力行使してこないということはまだ大丈夫。
マジカルナックルは話を続ける。
「運んだ時に気づきませんでしたか。このトラックは意外と丈夫で意外ともろい。地を融解させるような炎にも弱い。私はこれと同じ世界から来ました。トラックに興味はないですか?」
『し、知らぬ。早く出てこい。車輪付輸送機械など知らぬ。塵にするぞ』
「トラックです。トラック。気に入ったんでしょう? いいんですよ。隠す必要はありません。珍しいですものね」
『そ、そうだ。珍しい宝物は余のものだ。そんなところに隠れるな』
珍しいからといって抱き枕にするかというと違うだろうと思うが、マジカルナックルはその線で話を進める。乗ってきたのでそれでよい。
「そうですよね。トラックは私がいた世界で生み出された知恵と技術の結晶。まさしく宝です。そして実用品でもあります。わかりますか、閣下。轟炎竜閣下?」
『小賢しい魔力で身を守っているからといい気になるなよ矮小な者よ。力なく数が多いものが車輪を利用する。余が知らぬと思うたか。道具などを使わねばらなぬ弱き生き物よ』
「その通りです。トラックは力が弱い人間が多くのものを運ぶための道具です。炎の力と雷の力を併用し、動く力へと変えて自ら動く道具」
『炎か』
「炎です。精密で力強い炎で燃やすときに生まれる力を制御し回転に変換して地を走ります」
『小賢しい知恵よ。余なら空を飛びすべてを燃やし尽くせる』
「轟炎竜閣下ほどの力を持つ者は私の世界にはいません。多くの者のために多くのトラックが作られます」
『多くか。これが全てではないのか』
周囲にあるトラックは十台と少しくらい。二十はないだろう。
「もっともっとあります」
『ならば持って参れ』
「できません」
『なぜだ』
「私がいた世界に戻る方法を探しているところだからです」
『戻れぬのか。ならば持っては参れぬか。できるようになれ』
「そのために調べに来たのです。ね?」
「え? そうだけどッ! あたくしの言葉は通じないんだからあたくしに聞くな?」
突然同意を求められ、エルエルヴィは慌てた様子でマジカルナックルに抗議する。
マジカルナックルはそんなエルエルヴィの背中をポンポンと叩いて話を続ける。
「そうだった。そういうことです」
『余が赴くのもよいな』
「どうやって?」
『なんとかせよ』
「なんとかしたいんですけどね。トラックを調べれば手掛かりがあるかもしれないんですが」
『そうか。ならば特別に調べることを許してやろう。だが勘違いするなよ。生きるのに必死な小さきものよ。いつでも焼き尽くせるのだ』
こうしてマジカルナックルとエルエルヴィは特別に許された。
エルエルヴィは狐につままれたような顔でマジカルナックルを見ていた。この世界に狐がいるかどうか、マジカルナックルは知らないが。
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