011 出発
「愛と勇気はこの胸に。魔法少女マジカルナックル!」
「にゃ!」「にゃあ!?」「ふぉおおおおおお!」
宴の翌日。
目を覚ましたヒスイは、ストレッチしてお風呂をいただいて着替えももらって変身した。
猫人の幼女たちがキャッキャしている。
体調はこれまでになく快調だ。
森と、足元の悪い廃墟を二時間以上歩いた影響は残っていない。
お風呂があったのは驚いた。宴を楽しんですぐに寝てしまったから。
知っていたら昨晩のうちに使わせてもらいたかったところだが、知らなかったものは仕方がない。
自慢げに魔導式給湯器具の使い方を教えてくれた幼女(五歳・茶トラ)に一日遅いよというわけにもいかない。
ありがたく使わせていただき、同時に入浴の世話をさせていただいた。
ストレッチ中に部屋に飛び込んできた猫人の幼女たちはお風呂の指導のためではなくただ遊びに来ただけだったが、ヒスイが抱く猫の印象と違いお風呂好きだった。
エルフが提供してくれたという服は体にピッタリで、植物性の、麻と木綿の間のような肌触りだった。動きやすさはジャージが上だが、それなりに伸縮性があるので充分動ける。織り方の工夫だろうか。
ただ、下着が紐パンだった。
ゴムがないのだろうなとヒスイは思った。そうなると紐パンかふんどしになるだろう。なるほどね。
虫からとった糸で織った高品質な布だそうだ。絹のようなその布は、肌触りがすべすべで大変結構だが、はき慣れてないので少々心もとない。特に結び方とか。
もうちょっと大人っぽい下着に慣れておいてもよかったかもしれない。こんな境遇になるとは思わなかったし、しかたがないか。
そこでというわけではないが、マジカルナックルに変身したのである。
用意してくれた長老さんには申し訳ないが、今日の予定を考えると今から変身してもいいだろうと。戦わなければ消耗は少ない。
地球では目立つからむやみに変身しないのが普通だったけれど、ここでは構わないだろう。
マジカルジュエルが輝いた今、もう一度始まりの場所へ向かうのだ。
魔法とか、自分の体質とか、知りたいことはたくさんある。
しかしやはり、最も優先なのは帰還手段であった。決戦の結果はきっと勝っていると信じているが、大規模な戦いに発展しておりその後の対処は大変だ。ヒスイの本来の仕事はむしろそこで、同僚はヒスイが行方不明ないし殉職したとなると大忙しだろう。
マジカルナックルにとってこの世界は異世界であるし、この世界にとってもマジカルナックルは異物だ。
新緑の森の住人たちを助けることが出来たが、ドラゴンを支配していた何者かにとっては予定外の妨害で、しかしすでに介入したことについては後悔はない。
ないとはいえ。
いや。
どう転ぶにしても、早期帰還が可能かどうかを確認することは必要だ。
その過程で例のドラゴン、轟炎竜を刺激する可能性もあるし、あるいは穏便に立ち去ってもらえる可能性もある。
そして、轟炎竜を支配していた何者かと、新緑の森の関係。偶然なのか、狙われたのか。あえてエルエルヴィたちには確認していない。
地球の仲間や友人たちと。
会って二日のエルフと猫人たち。
どちらかを選べとなったら、どうするか。
答えはその時考える、だ。
魔法少女は愛と勇気と、夢と希望の象徴である。
そして、マジカルナックルは、できることは全部やるという意志でやってきた。
現実には一つしか選べないこともあった。
二つの場所でなにかがあったら一人では手が足りないのだから。
だが、目の前に助けを求めている誰かがいれば動いてしまう。きっと、そうでなくなった時が、マジカルナックルの引退の時だろう。
心のままに動けなければ、マジカルジュエルはきっと輝かない。
ということで、帰ることができるか調べる、帰ることができるようならその時考える。
決断の先送りだ。
後でいい決断は後でする。
社会人となって覚えた心の保ち方である。
いざという時迷うかもしれないし、決断が必要なくなるかもしれない。
理想を言えば決めておくべきなのだろう。
だがそれでもいざそうなれば動いてしまうだろうからやはり後でいい。
ともあれ、宴の間に懐いた猫人の幼女たちを左右の腕と肩車で運ぶ魔法少女は仮宿を出た。キャッキャ。
「ヒスイ様おはようございますッ! って、あんたたち、ヒスイ様は忙しいんだから離れなさい」
宴が行われた住居前の広場にはエルエルヴィと年配の猫人たちがいた。
朝食を提供してくれたのでありがたくいただきながら話をする。
キノコとお肉の汁物は出汁が出ていてなかなか美味しい。
引き剥がされた子供たちはすでに食べていたようで、どこかに遊びに行ってしまった。さみしい。
「轟炎竜閣下は今のところ変化ない様ですッ!」
見張ってくれているエルフから報告を伝えてくれるエルエルヴィ。
重要だが期待外れの報告だ。
消えてくれたらよかったのに。
いるというだけで厄介な存在である。
森に“轟”で“炎”の竜なんて。
「明日去るか百年後に去るかわかりませんからねッ!」
「竜の棲み処って洞窟とかじゃないのかしら」
「火山に棲んでいるという話でしたけどねッ!」
あるいは本来の棲み処は、轟炎竜を支配した何者かに占拠されているのかもしれない。
それならつじつまは合う。
が、想像しかできないことだ。
轟炎竜に聞きでもしなければわからない。
「よし、それじゃ、行きましょうか」
砂糖入りのお茶までしっかりいただいて、用意してくれた猫人長老さんにお礼を言ってから、マジカルナックルはエルエルヴィと共に再び城の跡に向かった。
「轟炎竜閣下は世界屈指の力を持つ伝説の竜なんですがッ!」
「伝説の、ねえ」
昨日引き返した場所から慎重に、エルエルヴィが気配を消す魔法まで使ってくれて赤い巨大な背と翼を見ながら進んだ結果。
ついに二十メートルほどの高さの巨竜の全貌が見えた。
そこには困惑の光景があったのだった。
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