010 宴
宴が開かれた。
「お肉にゃ」「お肉にゃ」「お肉にゃあ!」
参加者は、ヒスイと、エルエルヴィと、他のエルフが一人と、猫人がたくさん。年配の皆さんと子供たち。
花畑でエルエルヴィと合流し、案内されるとシームレスに会場に辿り着いた。
大きな木に取り付けられた扉の中がヒスイの仮の住居であり、その前にちょっとした広場があってその真ん中の焚き火でお肉が焼かれている。
すごくマンガ肉だ。
一メートルくらいある骨に半径五十センチくらいの肉がついている肉が回転させるための台に乗せられている。
猫人のおじいちゃんとおばあちゃんが、二人がかりでぐるぐる回しながら焼いている。
肉が焼けるにおいだけではない。
これは、砂糖醤油の焦げる匂いが近いとヒスイは思った。
バケツに入った液体を時折かけながら焼いている。
砂糖醤油っぽい匂いの源はそれだろう。
暴力的なまでに食欲を刺激してくる。
猫人の子供たちがお肉にゃと近寄って騒ぐ気持ちがわかる。
よく考えたらエルエルヴィのお茶をいただいただけで、異世界に来てから何も食べていなかった。
「ヒスイ様ッ! ヒスイ様が起きる前から猫人たちが準備していた宴ですッ! いっぱい食べてやってくださいッ!」
「この度は我らを助けてくださり、ありがとうございますにゃ。ほれ、みんな」
『ありがとうにゃ!』
肉を焼いているおじいちゃんが合図すると、子供たちと年配の皆さんが声を合わせてお礼を言う。
子供たちが肉の方をちらちら見ているのは指摘しない方がいいだろう。かわいいので。
年配の猫人からも、猫のような愛嬌を感じる。ずるい種族だ。しわくちゃなのにあざとい。
「私はできることをしただけですので。ですが、その結果助かった方がいるなら嬉しく思います」
実際、ヒスイはドラゴンと相対したとき、猫人たちの存在すら知らなかった。
助かったというがそれは結果論。
それにまだ問題のドラゴンはすぐ近くに居るのだ。
「それでは早速宴を始めるにゃ。最初のナイフを入れるにゃ!」
『ふぉおおおおおおお!』
猫人たちが大いに盛り上がる。
乗ったほうがいいのかヒスイが迷っていると、先ほどから場を仕切っている、肉を焼いているおじいちゃんが手際よくおばあちゃんがまわし続ける肉塊から肉を削ぎ取り、串に刺して皿に盛り、ヒスイに差し出してきた。
「主賓が最初に口をつけないとみんな食べられないですよッ!」
作法などあるのかもしれないと戸惑っていたら、横からエルエルヴィが教えてくれる。
肉を食べたい子供たち、いや猫人たちのプレッシャーが強くなる前に、ありがとうごちそうになりますとお礼を言いながら皿を受け取り、串肉を口に運んだ。
ピリ辛いスパイスの風味。砂糖醤油っぽい匂いは味も砂糖と醤油に近い。スパイシーな照り焼きのたれ、というのが近いだろうか。それに負けない肉のうまみが素晴らしい。生臭さは感じない。ガツンと肉! 肉を感じる。ヒスイが知っている中では牛が近いが、それとも違う。脂のうまみが強い霜降りではなく赤身だろう。カリカリになっている表面は凝縮したたれの味と合わさって。内側はしっとりと柔らかく肉本来の味が強く出ている。一見原始的に見える調理法だが素晴らしい味を提供してくれたものだ。
まとめると。
「おいしい!」
『ふぉおおおおおおお!』
語尾にハートマークがつく勢いでヒスイが一言感想を漏らすと猫人たちが再び盛り上がった。
そして宴が始まった。
メインの肉と、果物と、エルフから秘蔵のブドウ酒が提供され。
全員に肉がいきわたったところで切り分け役のおじいちゃんが交代し、改めて挨拶をした。
彼がここの猫人の長老であり、一緒に肉を回していたおばあちゃんは奥様だ。
他の猫人たちの紹介も受けたが、全部で三十人ほどになるので一度に覚えられたかヒスイはちょっと不安である。ただ、猫人がみんな、愛嬌があってかわいいタイプの歳のとり方をするのだと理解した。地球でもそういう年配の方っていたなあと思い出す。
エルエルヴィが言っていたように、年寄りと子供がエルフの庇護を受けつつ、大人たちは一年の半分程度を出稼ぎに出ているそうだ。
ちなみに寿命は数十年から百年ほどで、ヒスイの認識する人間とおおきな差はなさそうだ。つまりエルエルヴィたちが猫人たちにお年寄り扱いされるのは順当なところだろう。なんて思ったことは口に出さないでおいた。
さて、そのエルエルヴィと、もう一人宴に参加したエルフ。
彼女は新緑の森のエルフの長老なのだという。どう見てもヒスイのと同年代くらいにしか見えないが、この森ができるよりずっと昔から生きているそうだ。
肉をおいしそうに食べる姿は若々しい。
「お肉お好きなんですね」
「肉が嫌いなエルフなんていません」
主語が大きく出たが、なんとなくエルフと肉が結びつかなかったヒスイは、自分の抱くイメージがこの世界のエルフとは違うのだと考えを改めた。
よく考えたら弓を使うイメージがあるエルフが肉を食べないわけないか、と思い直す。
もし肉を食べないなら射殺した相手をどうするのか。植物の肥料? 森の獣の餌?
「改めましてエルフからも礼を言わせていただく。ヒスイ殿にはこの森に住まうものすべてを救っていただいたに等しい。新緑の森の友、エルフの友に感謝を。そして精霊の加護のあらん事を」
どこか厳かに感じるポーズをとる長老に、ヒスイは姿勢を正した。
「お気持ちはありがたく受け取ります……ですが、あの轟炎竜はまだ近くにいますよね」
「はい。見張らせていますが、休んでいるようです。かんしゃくを起こさねばそのうちに去りましょう」
「轟炎竜閣下くらいになるとくしゃみでも周囲を火の海にするでしょうからねッ!」
わははと笑うエルフ二人。
ヒスイはわからないセンスだなあと思いつつ。
「大丈夫ですか?」
「さて、黒き支配を脱したあと、すぐにその場を去りました。であれば我々を害するような意図はないでしょう。その気があれば我々を含め、すでに森はありませぬ。世界でも屈指の実力を持つ存在です故、警戒は致しますが、よくよく備えれば気まぐれをいなす程度のことは」
「むしろヒスイ様の方を警戒してましたからねッ!」
「こら、余計なことを言わんでよろしい。気を悪くされるだろう」
「あの、それほどのものなのですか?」
魔王と勘違いされたという自身の器とやらについて、ヒスイはまるで自覚がない。
魔力を呼吸しようとしてむせたくらいのものだ。
それが魔法少女としての成長を阻害したのなら悪い影響があっただけに感じる。
「我々の感性で表現しますと、古の大精霊でも満たせないほどの大穴。魔道にすぐれたものでなければわからぬでしょうが、わかるものであれば警戒せざるを得ぬでしょう。もっとも、別の姿でおられた際は気づかなかったのですが。底の知れぬ穴のふちに立って居るのを想像してごらんなさい。そのような心持ちになります」
「それなら変身していた方が皆さんの気が休まりますか?」
それほど恐れられるのならそうしたほうがいいかもしれない。
マジカルジュエルの力を使う分、回復は遅くなるが。
「まさか恩人のヒスイ殿にそのような気苦労をさせはしませぬ。ですがほかの場所に行くことがあればそうしても良いかもしれませぬな」
想像していたより重く見たほうが良いのかもしれない。
「ただ、魔力が満たされ、制御できればこのような空虚を感じることは無かろうと存じます。恐らくですが。……おお、美しい輝きですな。これがヒスイ殿の心の光」
魔力が枯渇していることが問題なのか。
しかし魔力を満たすことも制御することも時間をかけて訓練する必要がありそうである。
ヒスイはエルフ基準の時間間隔を思い出し、そんな時間がかかるなら地球に帰れてそうだなと願望交じりで思いつつ、取り出したマジカルジュエルを見る。
明るい緑に輝いていた。
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