第9話『地中を開く ―― 戦国ゴールドラッシュ』
甲府の城下を、まだ夜明け前の冷気が包んでいた。
だが信玄は誰よりも早く起き、山脈の地図を広げていた。
「流れを使い、風を操り、火を制し、鉄を生んだ。
……ならば次は“地中”だ。」
地図を覗き込んだ馬場は眉をひそめる。
「地中、でございますか?」
「そうだ。甲斐は山だらけだが――その腹には金が眠る。」
山県も渋い顔をする。
「殿、金山は代々掘っておりまするが……昔ほどは出ませぬ。」
「掘り方が悪い。運任せの穴掘りでは金は逃げる。」
信玄は指で山脈をなぞった。
「地層、鉱脈、湿度、空気、硫黄、岩の硬度……
全て見抜けば、地は“語る”。」
「また……知らぬ世界が始まった……」
山県は口を半開きのまま呟いた。
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「忍び、鉱夫、鍛冶、木工――全て混ぜて“観測班”を作る。」
信玄の号令で、不思議な混成隊が誕生した。
・忍びが地中温度を測り、湿度を記録
・鍛冶師が岩を叩き、硬度を推定
・木工が木槌の響きで空洞を聞き分ける
・鉱夫が土の匂いで金脈の近さを感じ取る
まるで戦国の“地質調査隊”だった。
数日後、忍びが駆け込んだ。
「信玄公! 金脈らしき層が……従来の坑道の“さらに奥”にございます!」
「奥だと!? あそこは空気が薄く、人が倒れまする!」
馬場が叫ぶ。
信玄は微笑む。
「だからこそ、“技術”を使う。」
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「まずは空気だ。」
信玄は竹を切り揃え、節を抜かせ、一本の長い“空洞管”を作らせた。
鍛冶師
「殿、竹などで……風が通るので?!」
「竹は軽く、強く、真っ直ぐだ。
空気を通す道として最適だ。」
やがて水車と巨大送風機が組み上がり、竹管とつながれた。
「回せ!」
縄が切られると――
ドゴオオオオオッ!!
坑道の奥から砂が舞い上がり、坑夫が驚愕した。
「息が……! 息ができる!!
こ、坑道に風が通っておる!!」
馬場
「殿……これは地下の戦場でございまする……!」
信玄
「地下も戦場だ。敵は“地の理”だ。」
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通気が確保されると、湿度が下がり、松明の炎が安定した。
→ 暗闇だった壁に、淡く光る筋が浮かぶ。
「殿! 金が……見えまする!!」
坑夫の叫びが響いた。
信玄は落ち着いて指示する。
「金は“見つけて終わり”ではない。
……洗え。」
「洗う……?」
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川辺に木桶がずらりと並ぶ。
信玄が土砂を桶に流し込み、水を注がせる。
黒い砂、白い砂が流れていく中――
チャリン……ッ
桶の底に、小さな金片が沈んだ。
坑夫
「……沈んで……残りおった……!」
「比重の差という“地の理”だ。」
信玄が満足げに頷く。
次々と水が流され、金が底に溜まっていく。
「金が……止まらん……! どんどん沈むぞ!!」
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◆
数日後。
甲府の町は“光”で騒ぎ始めた。
商人
「見ろ! 金だ! 本物の金だ!!」
「甲斐は……黄金の国になったのか!?」
農民は笑い、商人は興奮し、職人は胸を叩いた。
一部の集落では「金山株」と称して採掘場所の権利を勝手に売買する者まで現れた。
「殿、民が騒ぎすぎております……!」
山県が困った顔で訴える。
信玄は静かに言った。
「金は武器であり、道であり、城であり、学問だ。
だが――使い方を誤れば国を腐らせる。」
馬場
「……殿はどう使われるおつもりで?」
「使い切る。国を走らせるために。」
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――今川家
「武田は……金まで従えたというのか……
天も地も味方にしておる……!」
――織田家
信長は薄く笑った。
「金の匂いが漂ってきたな。
金のある所に、戦が集まる。」
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夜。
金山の灯りが遠くで光り、風車が静かに回る中、信玄は地図を広げる。
「流れを力にし、風を起こし、火を白くし、鉄を均し、地中を開いた。
残るは――“光”と“音”だ。」
山県
「ひ、光と音……?」
「技術の道は果てない。
一歩進めば、国は一歩強くなる。
……武田が目指すのは天下ではない。」
馬場
「では、何を……?」
信玄は金の光る鉱石を指で弾いた。
「――未来だ。」
その言葉に、夜風が震えた。




