第8話『風と火と鉄 ―― 戦国メタルラボ始動』
甲府の朝は冷え込んでいた。山の向こうから日が昇ると、信玄はすでに鎧ではなく、煤まみれの着物で鍛冶場へ向かっていた。
山県と馬場が慌ててついていく。
「殿、今日はまた……何を?」
「鉄だ。」
「鉄……?」
「武器の鉄は、兵の命だ。とすれば――鉄の質は、国の命そのものだ。」
二人は言葉を失った。
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甲斐の鍛冶場は、朝から火花が飛んでいた。
槌の音が響く中、信玄は槍の穂先、刀の身、鎧の板金を一つ一つ手に取る。
重さ、しなり、響きを確かめ、静かに置いた。
「……ムラが大きすぎる。」
鍛冶師たちは肩を落とす。
「申し訳ござりませぬ。鉄は天の気分次第……どうしても出来が揃わぬ日が……」
「そうだ。今の鍛冶は“天任せ”だ。」
信玄は目を細める。
「ならば天を待つな。己で“鉄を作る”ところから始めよ。」
鍛冶場に雷が落ちたような衝撃が走る。
「て、鉄を……作る……?」
「そうだ。鍛えるのではない。“素材そのもの”から変える。」
鍛冶師が震えた。
「殿、それは……国を動かす大事でございます!」
「動かすとも。鉄が揃えば、軍が揃う。軍が揃えば、国が変わる。」
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信玄は鍛冶場の隣に、奇妙な巨大木枠を作り始めた。
忍びが首をかしげる。
「殿……これは何を……?」
「風だ。」
「風……?」
「水車の力を“風”に変え、火を鍛える。」
馬場が額に皺を寄せた。
「殿、水で……風を?」
「できる。流れが回れば、羽が回る。その羽が風を生む。」
やがて水車につながれた巨大“送風機”が組み上がる。
縄が解かれた瞬間――
ドォォォォオオオ!!!
轟音とともに、鍛冶場へ暴風が吹き込んだ。
鍛冶師
「ひ、火が……白く……!? 白い火になった!」
信玄
「白は、鉄の心まで届く“温度”だ。」
炎が赤から橙へ、そして白へ。
鉄は真赤に溶け、今までにない柔らかい“粘り”を見せた。
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信玄はすぐ次の指示を飛ばした。
「炭焼きは木材の配合を統一しろ。乾燥度も測れ。
鉄鉱石は砕き、砂と硫黄を取り除け。」
鍛冶師
「そ、そんな細かい工程……!」
「科学は細かくていい。
小さな差が、大きな勝ちを呼ぶ。」
それは職人たちにとって“革命”だった。
信玄は鉄が溶ける炉を覗き、静かに呟く。
「鉄には、硬さと粘りの二つがある。
炭が足りねば柔らかすぎ、炭が多ければ折れやすい。」
山県
「炭の……量で変わると申すか?」
「そうだ。つまり、“良い鉄”は作れる。」
信玄は鉄を水に入れ、一刀の試し切りを馬場に渡した。
馬場
「殿……こ、これは……!」
刀はまるで生き物のようにしなる。折れない。欠けない。
信玄
「それは“制御した鉄”だ。
偶然ではなく、意図して強くした鉄だ。」
鍛冶師たちが震えた。
「殿……これでは武田の刀が……」
「世界一になる。」
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信玄は鍛冶場・水車・送風・精錬炉をすべてつなげた。
「ここを――“金山鍛冶衆研究所”とする。」
「研……究……所……?」
「通称、《戦国メタルラボ》だ。」
職人、忍び、大工、炭焼き、鉱夫が一斉に頭を上げる。
信玄
「甲斐の鉄を、世界最強にする。
ここで“鉄の未来”を作るのだ。」
ラボには、溶ける鉄の光、白い炎、回る水車の音が響いた。
まるで未来の工場だった。
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夜。信玄は地図を広げ、鉄製のペンで国境をなぞった。
「鉄は刃だけではない。
橋を作り、道を固め、城を強くする。」
山県
「戦……だけの話ではございませぬな。」
信玄
「ああ。鉄は文明の骨。
武田の鉄は、甲斐を“豊かな国”に変える。」
馬場
「殿……次なる改革は……?」
信玄
「風と火と鉄が揃った。
ならば次は――“地中の力”だ。」
「地中……?」
「金。銀。銅。硫黄。
甲斐の金山そのものを、作り変える。」
水車が回り続ける中、信玄の声が響いた。
「甲斐は、地の底すらも味方につける。」




