第47話 『観測者に生まれた裂け目 ― 南蛮、基準を誤る』
白い石で造られた円形の大広間に、沈鬱な空気が漂っていた。
南蛮世界――大評議院。
長卓の上には、山のように積まれた報告書。
・保存食による集団中毒
・肥沃だった農地の急激な衰退
・港湾都市の機能停止
・労働者暴動と鎮圧の記録
誰も声を荒げない。
ここでは、感情は「非合理」として扱われる。
評議長が、静かに口を開いた。
「――武田は、間違っていない」
ざわめきが起こる。
だが、反論は出ない。
「失敗しているのは、我々だ」
「正確には……我々の“実装速度”だ」
別の評議員が続ける。
「武田は、あまりに多くを同時にやっている」
「保存、農業、航海、医療、物流……」
「我々は、部分導入に留まった」
ここで、決定的な誤認が生まれた。
武田の強さ=
循環設計ではなく、技術密度と管理強度の高さ
という理解。
評議長は、淡々と結論を下す。
「ならば――」
「我々は、もっと管理すればよい」
「集権化だ」
「速度を上げ、失敗を許容せず、統制する」
誰も、循環という言葉を口にしなかった。
⸻
数ヶ月後。
南蛮の主要港湾国家で、新制度が一斉に動き出した。
保存工程は国家直轄。
肥料と作付けは中央配分。
航海は免許制、技術者は軍籍扱い。
一見すると、完璧だった。
数値は改善する。
報告書は整う。
失敗は、表から消えた。
だが――
港に立つ人間の顔から、笑みが消えた。
現場で判断する権限は失われ、
戻りのない命令だけが降ってくる。
流れは、直線になった。
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その海を、ドミンゴは黙って航海していた。
港に着くたび、違和感が積み重なる。
保存食はある。
だが、配られない。
病は減った。
だが、人も減っている。
船は増えた。
だが、帰ってこない。
彼は、久しぶりに筆を止め、報告書に一文だけ添えた。
――彼らは
――「回す」ことを、やめています
それ以上、何も書かなかった。
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駿河。
真田昌幸は、南蛮から届く断片的な情報を並べ、解析していた。
「技術密度は、確かに上がっています」
「ですが……寿命、回復力、労働効率が落ちている」
山県昌景が苛立ちを隠さない。
「だから言ったろ!」
「止めりゃいいんだよ!」
信玄は、静かに首を振った。
「止められぬ」
「これは侵略ではない」
昌幸が、理解したように呟く。
「……自壊、ですね」
「そうだ」
「自分で、自分の流れを殺している」
⸻
南蛮評議院。
最終決定が下される。
「武田式は、遅すぎる」
「我々は、短期で世界を統一する循環を作る」
だがそれは、循環ではなかった。
循環を守る国ではなく、
循環を奪う国への変質。
武田を模倣することを諦め、
武田が成立しない世界を作る選択。
巨大な船団が、静かに編成されていく。
⸻
信玄は、ドミンゴの報告を読み終え、紙を畳んだ。
「……来るな」
昌幸が息を呑む。
「戦ですか?」
信玄は否定する。
「違う」
「世界の“流れ”を壊しに来る」
遠い海の向こうで、
南蛮の船団が、音もなく動き始めていた。
文明は今、
守るか、奪うか――
その境界線を越えようとしている。
そして武田は、
その全てを、ただ観測していた。




