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鉄血の武田信玄 ― 科学で天下を取る男  作者: やしゅまる


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第45話 『観測される側が、次に行うこと』

駿河の工房は、いつも通り静かだった。

水車の回る音、木槌の乾いた反響、発酵槽から立ち上る微かな酸の匂い。

だがその静けさの中に、真田昌幸の報告は、確かな変化を含んでいた。


「南蛮各地の港で、同時に起きております」


信玄の前に広げられたのは、航路図と交易記録。

赤い印は、戦の兆候ではなかった。


「軍備の集積はありません」

「代わりに――航行日数、食料消費、病発生率の記録が増えています」


山県昌景が眉をひそめる。


「つまり、攻めてこねぇってことか?」

「様子見か? それが一番気味悪いぞ」


赤備え衆も口々に言う。


「戦わない敵ってのは信用ならねぇ」

「腹の中が見えねぇ」


だが信玄は、ただ頷いただけだった。


「正しい反応だ」


その一言で、工房の空気が変わる。


昌幸が続ける。


「南蛮評議院の結論は、ほぼ見えています」

「侵略不可。支配不能。宣教不成立」


信玄は、まるで既知の事実を確認するように言った。


「だから次は――模倣だ」


昌景が目を見開く。


「真似る、だと?」


「そうだ」

「攻められない文明に対して、人は必ず“再現”を試みる」


昌幸は、すぐに理解した。


「部分的な模倣……保存食、航路管理、衛生……」


「その通り」

「だが、失敗する」


今川義元が、静かに問いかける。


「なぜだ?」

「真似されれば、武田の優位は崩れぬか?」


信玄は、工房の外――畑と水路が連なる風景を見た。


「真似されるのは技術だ」

「我々が作っているのは“循環”だ」


保存食は、余剰生産が前提。

余剰生産は、肥料と水の安定が前提。

肥料は海と陸の接続、水は労働と時間の配分。


「一つ盗めば、他が要る」

「二つ揃えれば、管理が破綻する」

「国家全体で設計しなければ、成立しない」


昌幸は、深く頷いた。


「技術ではなく……構造か」


「そうだ」

「だから恐れる必要はない」


信玄は、振り返り、はっきりと言った。


「隠すな」


昌景が驚く。


「え?」


「技術は隠さない」

「思想も語らない」

「成果だけを、見える場所に置け」


港。

倉。

畑。

街道。


「異常に安定した地点を、点在させろ」

「世界に“比較”をさせる」


赤備え衆が顔を見合わせる。


「……勝手に差を思い知れ、ってことか?」


「そうだ」


信玄は、ドミンゴを見た。


「次は長く乗れ」

「一年、補給なしで航海しろ」


ドミンゴは一瞬だけ目を伏せ、そして頷いた。


「……私は、何も語りません」


「それでいい」

「語るのは、現象だ」


その夜。

尾張。


織田信長は、火奉行から渡された記録を眺めていた。

失敗例、温度、湿度、延焼範囲。


そして、笑った。


「やっぱりな」


家臣が問う。


「何がでしょう?」


「隠す気がねぇ国は、一番真似できねぇ」


信長は、火を見つめる。


「武田は敵じゃない」

「基準だ」


火と速度の覇者は、すでに理解していた。

これは覇権争いではない。


文明が、文明を測る段階に入ったのだと。


武田は、世界と戦わない。

だが世界は、武田を基準に競争を始める。


語らぬまま。

殺さぬまま。


文明戦争は、

火力でも宗教でもなく――

設計思想の領域へと、静かに移行した。


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