第4話 『科学式軍備改造計画 ― 今川を迎え撃つ』
甲府城――。
沈んだ空気の中、忍びが土埃を巻き上げながら駆け込んできた。
「信玄公ッ! 急ぎの報せにございます!」
信玄(鋼一)は、広げていた紙束の上からゆっくりと顎を上げた。
「申せ」
「今川が……国境へ兵を集めつつありまする!
“武田信玄が死んだ”という噂を利用し、寿桂尼様が動かれたと……!」
家臣たちの顔が一斉に青ざめる。
「寿桂尼……あの女傑め……!」
「この状況で戦になれば……!」
ざわつく家臣をよそに、信玄だけが落ちついていた。
信玄
「地図を持て」
広間に地図が広げられ、信玄はすかさず川・山・街道を示す。
「よいか。
情報というのは、ただ集めればよいものではない。
“分析”してこそ武器になる。」
家臣
「ぶ、武器……?」
信玄
「そうだ。
刀より槍より――情報が最も強い。」
その言葉に広間が静まり返った。
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◆ ●
信玄は地図から手を離すと、武具の並ぶ棚へ向かった。
「まず、武田の兵を強くする。
だが力ではなく――技術でだ。」
家臣
「ぎ、技術……?」
信玄が槍を一本取り上げ、軽くしならせてみせる。
「槍は軽量化し、しなりを利用して突撃時の推進力を増す。
柄には油をしみ込ませ、湿気に強くする。」
次に矢羽根を二枚取り出し――
「矢羽根は左右で完全に同じ角度に切る。
空気抵抗が均等になり、飛距離が伸びる。」
家臣
「な、なんと……?」
さらに信玄は火薬袋まで持ち出した。
「硝石の純度を上げれば、火矢は三倍の威力。
狼煙の立ちのぼりも速くなる。」
「三倍!?
ど、殿、それは魔術では……?」
信玄
「魔術ではない。
化学だ。」
甲冑を引き寄せると、可動部を指で押し曲げてみせた。
「甲冑は重さはそのままに、関節の余裕を三分開ける。
動きが二割は速くなる。」
家臣たちはもはや言葉を失っていた。
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◆ ●
信玄はその日のうちに、城下の空き地へ指示を出した。
「ここを“検証場”とする。
槍も矢も火薬も――全部試す。」
馬場信春
「で、殿……ここは戦場ではござらんぞ……?」
信玄
「戦になる前に、戦いの勝敗は決まっている。
その証拠を今から作るのだ。」
兵らが槍を突き、矢を放ち、火矢を試す。
信玄は数値を書き留めながら、
「角度二度変更」
「湿度はどうだ?」
「火薬が湿る温度差を計算しろ」
と矢継ぎ早に指示を飛ばす。
馬場
「殿が……何を言っているかわからぬ……!」
山県
「わしもじゃ……!」
信玄
「わからなくていい。
俺が理解していれば十分だ。」
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◆ ●
夜。
信玄は蝋燭を灯し、地図と駒を並べ始めた。
「今川の兵の集結速度……甲斐の山道……補給量……湿度……」
「火薬の吸湿で夜間の矢の飛距離は落ちる。
ならば今川は夜襲はしない。」
家臣
「み、未来でも見通しておるのですか……?」
信玄
「いいや。
計算だ。」
家臣一同、戦慄。
「今川の偵察隊が来るのは五日後。
その前に我々が“先んじて情報を取る”。」
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◆ ●
夜陰の中、忍び衆を呼び集めると信玄は告げた。
「諸国の情報を一つにまとめる。
これより武田は――“情報国家”になる。」
忍び衆
「じょ、情報……国家……?」
信玄
「今川の動き、兵糧の量、天候、街道の混雑。
すべて数値化しろ。
集めるだけでなく“分析”して俺に届ける。」
忍びたちは震えた。
「……殿は、我らに新たな術を授けるおつもりか」
「術ではない。
技術だ。」
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◆ ●
そして翌朝――。
信玄は十数年ぶりに甲冑を身にまとった。
病に伏していた頃の姿はどこにもない。
その背筋は伸び、目には光が宿り、まるで別の武将のよう。
家臣が息を呑む。
「殿……!
まことに……復活しおった……!」
信玄は静かに言った。
「今川に知らせろ。
――武田信玄、完全復活、と。」
甲府の空気が震えた。
その瞬間、武田の家臣たちは悟った。
“甲斐の虎は生き返っただけではない。
より強く、より賢く、より恐ろしく――進化して帰ってきた”と。




