表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
鉄血の武田信玄 ― 科学で天下を取る男  作者: やしゅまる


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

38/50

第38話 『火を捨てる男 ― 信長の選択』

尾張・岐阜城。


敗軍の将が戻った城とは思えぬほど、城内は静まり返っていた。

怒号も、処罰もない。

あるのは、張り詰めた空気と――主の沈黙だけだった。


織田信長は広間の中央に座し、机の上に積まれた報告書を一枚ずつ繰っていた。


「誰が悪いか、は要らぬ」


顔を上げぬまま、淡々と言う。


「負けた理由は一つだ。

武田が強かった。それだけで十分だ」


家臣たちは言葉を失った。

敗北を、これほど明確に、そして感情抜きで認める主を、誰も見たことがなかった。


信長は続ける。


「怒りたい者は怒れ。

だが、俺の前では要らぬ。

次を見る」



信長は命じた。


戦の全記録を集めよ、と。


・進軍三日間の湿度変化

・夜霧の発生時刻と濃度

・火縄銃の不発率

・兵の疲労と行軍速度


感想や推測は排し、数字だけを並べさせた。


「……見事だな」


信長は、薄く笑った。


「奇襲でも妖術でもない。

環境を、兵器にしただけだ」


紙の上に並ぶ数値を指でなぞる。


「湿度が上がる刻限。

霧が溜まる谷筋。

火縄が最も弱る地点」


一つ一つが、偶然ではない。


「……いや」


信長は独り言のように呟く。


「“環境を組んだ”のか」


その瞬間だった。

信長の中で、敗北は“理解”へと変わった。


(ああ……同じだ)


自分と、同じ種類の男がいる。

力ではなく、理で世界を動かす者。



信長は、自国を否定しない。


鉄砲は強い。

速度もある。

火力は、時代最先端だ。


だが――


湿度に弱い。

硝石に依存する。

物流が詰まれば、何もできぬ。


「織田は、燃やす国だ」


静かに言う。


「だが、武田は――

燃やさせない国だ」


火は速い。

だが、火は環境には勝てない。


「このまま進めば……」


信長は盃を取らず、ただ天井を見上げた。


「俺は、時代に焼かれる」



「再戦の準備を」


家臣の一人が言いかけた瞬間、信長は即座に遮った。


「無駄だ」


一刀両断だった。


「次は、もっと負ける。

条件が揃うほど、な」


沈黙。


「倒す、という発想を捨てる」


それは、降伏でも、妥協でもない。


「俺は……見に行く」


家臣たちが息を呑む。


「武田信玄が、何を見ているのか。

何を捨て、何を残しているのか」



信長は密かに、駿河の噂を集めさせた。


――火砲は撃たれなかった。

――民は焼かれていない。

――商いは先に戻った。

――今川義元は、生きている。


「勝ち方を、急がぬ男か……」


信長は確信する。


「だから、勝ち続ける」


夜。

城の奥で、信長は独り盃を置いた。


「武田信玄は、俺の敵ではない」


はっきりと、言い切る。


「あれは……

この国が生き残るための“答え”だ」


火を捨てるわけではない。


「火の、使い道を変える」


信長は南蛮商人に命じた。


「武田に伝えろ。

俺は戦ではなく――

“理”を見に行く、と」


炎は消えない。

ただ、その向きが変わっただけだ。


火を急ぐ男は、

初めて立ち止まり、

時代を見る側へ回った。


――次は、交わる。


武田信玄という“環境”と。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ