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鉄血の武田信玄 ― 科学で天下を取る男  作者: やしゅまる


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第36話 『海城、完成す ― 殺さぬ火』

夜明け前の駿河湾。

霧の向こうで、海そのものが低く唸った。


――否。

唸っていたのは、海ではない。


海城だった。


鋼の骨格。

蜂の巣のように組まれた内部構造。

そして船底で、絶え間なく回り続ける海流エンジン。


帆はない。

櫂もない。


それでも巨大な船体は、音もなく前へ進んでいた。


「……進んでおるな」


今川義元が、震える声で呟いた。


「風もなく、櫂も使わず……

 それで、これほど静かに……」


信玄は答えない。

ただ、船底から伝わる一定の振動に耳を澄ませていた。


「海が動かしている。

 我らは、乗っているだけだ」


昌幸が、思わず笑みをこぼす。


「殿……

 これはもう船じゃありません。

 移動する構造物です」


昌景は腕を組み、豪快に笑った。


「ははっ!

 城がそのまま殴り込みに行くってわけですな!」


義元の目から、一筋の涙が落ちた。


「……駿河は……

 この海で、もう一度立ち上がれる……」


────────────────────


甲板中央。

鋼製の円盤が、低く据え付けられていた。


それが――

回転火皿式連射火砲。


信玄が設計し、第31話で構想された機構が、ついに実体を持った瞬間だった。


海流エンジンの回転が、歯車を介して減速され、

一定の間隔で火皿を回す。


人が行うのは――

照準だけ。


「つまり……」


昌景が目を丸くする。


「狙ってさえいりゃ、

 勝手に撃ち続ける……?」


「正確には」

信玄は淡々と訂正する。

「同じ角度、同じ間隔、同じ力で、だ」


ドミンゴは顔色を失っていた。


「連射を……

 人の技量から切り離した……?

 それは……」


「だが」

信玄は静かに言う。

「殺さぬ」


────────────────────


信玄は卓に材料を並べた。


・松脂

・漆

・米糊

・石灰

・麻繊維


「燃えない。

 だが、冷えれば固まる」


昌幸が、はっとする。


「……粘着性を維持したまま……

 衝撃で、絡みつく……!」


「鎧の隙間」

信玄は続ける。

「関節。

 足。

 武器」


昌景が顔をしかめる。


「当たったら……」


「動けない」

信玄は言い切った。

「生きたまま、な」


ドミンゴは、背筋を震わせた。


「……非殺傷……

 だが、完全制圧……」


────────────────────


的は、鎧兜を着せた木人形。


回転火皿が、低速で回る。


――ガシュ

――ガシュ

――ガシュ


乾いた音。


弾は燃えず、爆ぜず、

ただ――貼りついた。


次の瞬間。


人形の足が、甲板に縫い止められる。

腕が、胴に貼り付く。

刀は、手ごと動かなくなる。


人形は倒れない。

だが――一歩も動けない。


赤備え衆が、言葉を失った。


「……殺してねぇ」

「なのに……終わってる……」


昌景が、低く唸る。


「殿……

 これは……戦じゃねぇ……」


────────────────────


信玄は、回転火皿を見つめながら言った。


「殺せば、恨みが残る」

「焼けば、土地が死ぬ」


そして、静かに続ける。


「動けなくすれば――

 戦は、終わる」


昌幸が、深く息を吸う。


「……支配構造だけを……

 壊す……」


ドミンゴの独白が、夜に溶けた。


「……この国は……

 戦争の定義を……

 書き換えた……」


────────────────────


夜の海を、海城は進む。


回転火皿は沈黙し、

海流エンジンだけが、静かに回っている。


殺さず。

焼かず。

壊さず。


それでも――

誰も、逆らえない。


それが、

**科学国家・武田の“海の顔”**だった。

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