第35話 『鍛えられし理 ― 鋼の誕生』
海流エンジンの回転は、昼も夜も止まらなかった。
だが――
問題は、そこから始まった。
「殿ォ!!」
鍛冶場から、山県昌景の怒鳴り声が響く。
「またです!
軸が削れて、羽根が歪みやがりました!」
鉄の軸は、触れただけで分かるほど熱を帯び、表面には細かな傷が無数に走っていた。
一定の力が、休みなくかかり続ける。
それは人の想定を超える負荷だった。
真田昌幸は、摩耗した部材を手に、眉を寄せる。
「……瞬間的な力じゃない
“同じ力が、ずっと”です
鉄が、耐える前提じゃない……」
信玄は黙ってそれを見つめ、静かに言った。
「鉄が負けているな」
その一言に、場の空気が張りつめる。
────────────────────
◆ 鉄と鋼
信玄は鍛冶場の中央に、二本の刃を置かせた。
一方は、普段使われる鉄の刃。
もう一方は、意図的に炭を多く含ませ、焼きを強く入れた刃。
同じ力で、昌景が打つ。
鉄の刃は、鈍い音と共に歪んだ。
もう一方は、形を保ったまま震えただけで止まる。
「鉄は柔らかい
だが、それは“流れ続ける力”には弱い」
昌幸が、はっと息を呑む。
「……鋼
殿は、鋼を……」
ドミンゴの顔色が変わった。
「鋼は……
偶然に頼らねばならぬもの
温度も、空気も、炭素も……!」
信玄は即答する。
「だから偶然を捨てる」
────────────────────
◆ 戦国で鋼が安定しない理由
信玄は、炉を指差した。
「今までの鋼は、運だ
炉の温度は揺れ
ふいごは人任せ
炭の量も感覚」
昌景が吐き捨てる。
「博打じゃねぇですか」
「だから作れなかった
――“設計された鋼”がな」
────────────────────
◆ 海流が炉を支配する
信玄は、外で回り続ける海流エンジンを示した。
「止まらぬ
力が一定
回転数が読める」
昌幸の目が、見開かれる。
「……送風
炉の空気を
水で……!」
ドミンゴは震えながら呟く。
「人の肺を……
自然が代わる……」
海流エンジンから伸びた軸が、送風羽根を回す。
ふいごはなく、風は一定量、絶え間なく炉へ送られた。
炎の色が、揺れなくなる。
「これで温度は、管理できる」
────────────────────
◆ 炭素を「量る」
信玄は地面に刻み線を引いた。
鉄一塊。
木炭一束。
「鋼は、混ぜ物だ
ならば、比率で作れる」
昌幸は頷く。
「投入時間
重量
順序……!」
赤備え衆が呆然とする。
「……鍛冶って
料理だったんですか」
「理屈は同じだ」
────────────────────
◆ 鋼、誕生
夜通し、炉は唸り続けた。
風は止まらず、
火は暴れず、
時間だけが刻まれる。
やがて――
引き出された鋼塊。
昌幸が、慎重に叩く。
割れない。
ムラがない。
「……できている
均質な……鋼……」
ドミンゴは、膝をついた。
「これは……
奇跡ではない
製造だ……!」
昌景が吼える。
「殿!!
これで船も!
回転火皿も!!」
────────────────────
◆ 歯車が噛み合う
信玄は鋼塊を手に、静かに言った。
「止まらぬ力に
止まらぬ素材を与えた」
外では海流エンジンが回り、
炉は燃え、
鋼が生まれ続ける。
「これで文明は――
加速する」
ドミンゴの独白が、夜に溶けた。
「……この国は
もはや
戦国ではない……」
炎の向こうで、
“移動する国家”の輪郭が、
はっきりと形を成し始めていた。




