第34話 『流れる力 ― 海流エンジン誕生』
夕刻の駿河湾。
海城一号の初航行を終えた海は、静かに凪いでいる――はずだった。
沖合。
海面が、不自然に歪んでいた。
ぐ……ぐ……と、
まるで巨大な何かが、水面の下で息をしているかのように。
「……あれは」
今川義元が、低く呟いた。
「あれは“潮目”だ。
潮と潮がぶつかり、流れが絡み合う場所……
船乗りは、近づかぬ」
赤備え衆がざわつく。
「殿、あれは危のうございます!」
「さっきの横波より、よほど嫌な感じが……!」
だが――
信玄は、その渦から目を離さなかった。
いや、見ているのは“恐れ”ではない。
「……危険ではないな」
その言葉に、昌幸が即座に反応する。
「殿……?
まさか……」
信玄は、はっきりと断言した。
「あれは“力”だ」
その瞬間、
空気が変わった。
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◆ Aパート:渦を見る男
「潮が動く。
止まらず、昼夜も関係なくな」
信玄は、渦の回転を目で追いながら続ける。
「川と同じだ。
ただし――量が違う」
昌幸の目が、興奮で見開かれる。
「……常時発生する、自然エネルギー……!!
殿、それは……」
ドミンゴは、思わず後ずさった。
「潮は……危険を避けるもの……
利用するなど……聞いたことがない……!」
信玄は、静かに言う。
「聞いたことがないだけだ。
理がなければ、発想もない」
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◆ Bパート:海流の測定
「測る」
その一言で、赤備え衆が動いた。
木の浮標に、鉄の錘。
縄を結び、刻みを入れる。
「時を刻め。
距離を量れ。
方向を記せ」
浮標は、渦の縁へと投げ込まれた。
……ゆっくりと。
だが、確実に流されていく。
昌幸が、地面に膝をつき、計算を始める。
「……速くはない……
だが……止まらない……!」
さらに声を上げる。
「殿!
昼も夜も!
風がなくとも……流れ続けている!!」
義元が、息を呑む。
「……これほど……
安定した“流れ”が……海に……」
ドミンゴは、もはや言葉を失っていた。
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◆ Cパート:信玄の構想 ― 海流車
信玄は、砂浜に一本の線を引いた。
次に、円。
その周囲に、羽根。
「水車だ」
昌幸が即座に理解する。
「……回転……
流れを、回転力に……!」
信玄は頷く。
「櫂は人の力。
帆は風の気まぐれ」
そして、渦を指す。
「だが、海流は裏切らぬ」
昌景が、豪快に笑った。
「つまり!!
勝手に進む船ですな!!」
赤備え衆
「おおおお!!」
義元は、震える声で言った。
「……風がなくとも……
海が……船を運ぶ……」
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◆ Dパート:試作 ― 海流エンジン一号
その日のうちに、試作は始まった。
小型の回転羽根。
角度を変え、軸を調整。
海城一号の横で、そっと沈める。
最初は――
回らない。
赤備え
「……動きませんが……」
信玄
「角度だ」
羽根を、わずかに傾ける。
――その瞬間。
ギ……
ゴォォ……ッ
「……!!」
羽根が、ゆっくりと――
だが、確実に回り始めた。
「回ってる!!」
「勝手に!!」
船体が、じわりと前へ出る。
櫂は動いていない。
帆も張っていない。
それでも――
船は進む。
義元の頬を、涙が伝った。
「……駿河の海が……
再び……未来を運ぶ……」
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◆ Eパート:文明の分岐点
夜。
海流エンジンは、静かに回り続けていた。
ドミンゴが、震える声で言う。
「これが完成すれば……
交易も……戦も……
世界が変わる……」
信玄は、首を振る。
「変えるのは世界ではない」
昌幸が、静かに続ける。
「……“前提”ですね……」
信玄は、海を見つめたまま言った。
「止まらぬ力を得た文明は――
止まらぬ」
浜辺には、
海流図、回転数表、船体設計図。
“移動する国家”の設計図が、揃い始めていた。
渦は、なおも回り続ける。
まるで――
この国の未来そのもののように。




