第30話 『動く国 ― 戦国レールロード計画始動!』
甲府城下に、まだ日も昇らぬうちから槌の音が響き渡っていた。
甲斐選鉱場で集められた黒砂鉄はすでに山となり、武田式鋼へと変貌し続けている。
城下の空気には、どこか鉄の匂いと、未来の気配が混ざっていた。
その鉄の山の前に、信玄が静かに立った。
「鉄が集まれば……次は“道”だ。
動脈なき国は、血が巡らぬ」
その声に、真田昌幸が喉を鳴らした。
「ま、まさか殿……鉄で……道を?」
信玄は無言で頷いた。
「だが鉄の板ではない。細く、強く、真っすぐな“線”を二本、地面に打ち込む。
荷車はその線の上だけを走る。摩擦は限りなく減る。……つまり――」
「鉄の突撃道!!」
山県昌景が叫んだ。
即座に信玄が眉をひそめる。
「突撃はしない。荷を運ぶ道だ」
しかし赤備え衆は感動の涙まで流していた。
「殿……“突撃しない突撃道”……逆にかっけぇ……!」
そこへドミンゴが震える手で巻物を広げる。
「こ、これは……南蛮で近年語られる“レール”に酷似……。
しかしあれは国家事業。まさか甲斐で、この速度で……!」
信玄は鉄棒を取り上げ、日差しにかざした。
武田式鋼は、南蛮の鉄よりも細く軽いのに、驚くほど硬い。
「南蛮のレールは重すぎる。
だが我らの鋼なら、もっと細く、もっと軽く、もっと丈夫にできる。
これが……“動く国”の始まりだ」
義元は深く見入り、息をついた。
「殿……まさか、南蛮の理すら超える道を……?」
信玄はただ、静かに目を細めた。
「名など要らぬ。国が動けば、それでよい」
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翌日、一同は甲府の西の平野へ。
信玄が棒で地面に線を引く。
「ここに八十間(約150m)の試験鉄路を敷く。
動力はまず“水車”。水を回し、巻き上げ機を動かし、荷台を引く」
昌幸は即座に理解して震えた。
「殿……それはつまり、
“水の力で荷車を走らせる”と……!」
「そうだ。
山から谷、谷から城下……物流は十倍になる」
昌景が拳を握った。
「殿! その荷台に兵を乗せれば──」
「乗せぬ!!」
怒られたのに、赤備え衆はなぜか満足げに頷く。
「殿……今日も平常運転……!」
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◆
ドミンゴが設計図の隅を指さす。
「殿、この“羽根車”とは……?」
信玄は丘を指し示した。
「甲斐の風は強い。
“風車”で軸を回し、地上に回転を伝える。
水車と合わせれば、山でも谷でも台車を動かせる」
昌幸は両手を震わせた。
「殿……それは……世界に存在しない動力網ですぞ……!」
義元が笑みを浮かべる。
「これがタケダ殿よ。
海では潮を、山では風を、谷では水を……すべて兵に変える」
ドミンゴは膝をついた。
「神よ……甲斐は動力の国になる……!」
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◆
三日後──武田工房に姿を現したのは、
・鉄輪を巻いた車輪
・補強された木架台
・荷台
・ロープ巻き固定具
それらを組み合わせた、甲斐初の“走る荷車”。
赤備え衆が誇らしげに担ぎ出した。
「殿! 完成であります!!」
信玄は手を置き、わずかに頷く。
「これより“動荷車”と呼ぶ」
昌景は感極まって正座。
「殿……動く荷車……! ついに……!」
ドミンゴは震えながら呟いた。
「殿……これはヨーロッパなら国家転覆級の技術……!」
信玄は淡々と言った。
「運ぶ力は国の力だ。
動荷車は巨大船、海砦、そして未来の機械兵の礎となる」
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◆
鉄路の最終調整が終わり、いよいよ試験走行。
信玄が指を上げる。
「……回せ」
次の瞬間、水車が回り出し──
巻き上げ機が唸り──
ロープが引かれ──
ごぉぉぉぉ……!
動荷車が鉄路の上を、
馬より速く、風を切るように滑っていく。
赤備え衆が絶叫した。
「速ぇぇぇぇ!!」
「馬を超えたぞ!!」
「突撃用だぁぁぁ!!」
「違うと言っておる!!!」
だが信玄の目は、別のものを見ていた。
荷が動く。
人が動かずとも力が伝わる。
水と風が国を押し進める。
それはまるで──
“文明の鼓動”
ドミンゴは震える声で言った。
「タケダ殿……これは……戦国の終わりであり……
新しい世界の始まりです……!」
信玄は山々を眺め、静かに言葉を置く。
「次は……鉄の骨で船を組む。
巨大船だ。甲斐の名を海へ運ぶ」
その瞬間、
赤備え衆、昌幸、義元、ドミンゴ──
全員が息を呑んだ。
谷が動き、国が動き、
そして世界が……確かに動き始めた。




