第28話 『鉄脈を読む男 ― 砂鉄流路図の誕生』
甲府の朝は静かだった。
茶畑の黒土が朝露を吸い、薄く光っている。
二十七話で広がった“根の理”の成功に、里の者たちはまだ興奮冷めやらぬ様子だ。
だが――信玄だけが、茶畑を前にして立ち尽くしていた。
「……土が育つなら、鉄もまた“流れる”はずだ」
呟きに最初に反応したのは真田昌幸だった。
「殿、それは……どういう……? 鉄は山に眠るものでは?」
「眠るだけではない。雨が降れば、鉄もまた動き出す」
今川義元が目を細めた。
「……鉄に潮のような“流れ”があると?」
「うむ。山が海なら、谷は川底だ。鉄は川を伝って運ばれる」
横で聞いていた南蛮人ドミンゴが青ざめる。
「タ、タケダ殿……鉄は動く、と……?」
信玄は静かに頷いた。
「確かめに行くぞ。山を歩く」
その一言で、赤備え衆が即座に叫んだ。
「山だな!? 山なら突撃します!!」
「突撃ではない。ただの調査だ」
「調査突撃ですね!!」
「違うと言っておる!」
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◆ 山地調査
豪雨の翌日。
信玄は山県昌景、昌幸、義元、ドミンゴ、赤備え衆を引き連れ、甲斐の山へ足を踏み入れた。
谷川の水は濁り、流れの端には黒い砂がまとまって堆積している。
信玄はその砂を指でつまみ、陽にかざした。
「この黒み……磁鉄鉱だ。鉄は砂となり、川を下る。
そして流れの“曲がり角”――水が弱まる場所に溜まる」
昌幸の目が一気に輝いた。
「な……なんと……鉄が……川を下る……!」
義元が海を思い出したように頷く。
「海底の砂も潮で動く……山の鉄も同じ理か」
ドミンゴは震えを隠せない。
「鉄に……潮流……地の理はどこまで続くのです……」
信玄は地面に線を描いた。
「谷を流れる鉄砂は、まるで血脈だ。
甲斐の山は――鉄の体である」
昌幸が感極まり、奇声に近い声を漏らす。
「殿……これは……鉱脈図ではなく……“鉄の地図”です……!」
赤備え衆も感動……したふりをして叫んだ。
「よく分からんが、鉄が勝手に集まるってことか!!」
「殿! 鉄の突撃が始まりますな!!」
「だから鉄は突撃せぬ。流れるのだ」
義元とドミンゴが声を殺して笑った。
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◆ 甲府にて ― “鉄の流路図”の誕生
調査から戻ると、信玄は巨大な甲斐国全図を広げた。
そこに川筋を描き、谷の角度、流速、黒砂が溜まる地点を次々に赤で記す。
昌幸は地図をのぞき込んで固まった。
「殿……こ、これは……
鉄の道を描いた……甲斐全土の“鉄の動脈図”……!」
義元が目を細めた。
「潮を読むように鉄を読むとは……タケダ殿の国づくりが見えてきましたな」
ドミンゴは放心したように呟く。
「南蛮でも……資源そのものの動きを地図にする者はおりません……
これは……国の根本そのもの……!」
信玄は筆を置き、弟子たちを見渡した。
「鉄の流れを制すれば、
鉄砲鍛冶も、甲冑師も、巨大船の骨も、海城の杭も揺るがぬ」
昌幸の目がさらに光った。
「つまり……甲斐は“鉄の都”となると……!」
信玄はゆっくりと頷いた。
「鉄は国の骨ぞ。
これを知らずして国を治めることはできぬ」
義元は胸を打たれ、深く頭を垂れた。
「……殿の理の深さ、もはや海も山も隔てておりませぬな……」
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◆ 次の改革
信玄は“鉄の動脈図”を巻き、静かに宣言した。
「次は……“鉄を選ぶ場”を造る」
昌景が勢いよく手を挙げる。
「鉄を……選ぶ!? どのように突撃を!?」
「突撃ではない。
水の流れで鉄だけを“選び落とす”のだ」
義元が気づき、息を飲む。
「……砂金を洗うように、鉄を……?」
ドミンゴが叫ぶ。
「タケダ殿、それは……“選鉱場”……!
まさか、国を挙げて造るおつもりか!」
信玄は口角を上げた。
「甲斐を――“鉄の母なる国”にする」
赤備え衆が歓喜の咆哮を上げる。
「母ぁぁ!!」「母に突撃ぃぃ!!」
「……だから突撃はやめよと言っておる……」
そのやり取りに、甲府の風は柔らかく笑った。
こうして――
武田家の“鉄の革命”が、静かに大地を揺らし始めた。




