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鉄血の武田信玄 ― 科学で天下を取る男  作者: やしゅまる


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第27話 『黒き土の薬 ― タンニン鉄液と根の理』

富士川工房の裏手に広がる茶畑は、朝の風にざわめいていた。若葉が朝露を反射してきらめき、山の端から差し込む光が茶の香りを温めるように漂っている。


 その静けさを破るように、真田昌幸が息を切らしながら駆けてきた。


「殿っ……! 土の研究に“兆し”がございます!」


 信玄は茶葉の観察をしていた手を止め、顔を上げた。


「ほう、兆しか。面白い。案内せよ」


 昌幸に続き、山県昌景、今川義元、そして南蛮人ドミンゴたちが集まってくる。

 茶畑の一角、ふだんと同じはずの土が――明らかに異様な色をしていた。


 その部分だけ、土の表面が黒く締まり、まるで濡れた絹のように艶を持っている。


 昌景がしゃがみ込み、土を掬い上げた瞬間、目を丸くした。


「お、おい……なんだこれ! 締まってんのに、柔けぇ……?」


「締まって柔らかいとは何だ、それは」

金山衆が笑うが、信玄は膝を折り、指で静かに土を撫でた。


「……鉄の動きだな。土の中で鉄が、茶の渋と結びついている」


 義元が呟く。


「茶の渋……まさか……?」


 信玄はわずかに頷いた。


「行くぞ。工房で試す」


 



 工房に戻ると、信玄は大釜に茶葉を大量に投入した。火を強めると、濃い茶の渋が充満し、南蛮人たちは思わず鼻を押さえた。


「タケダ殿……これは……どこかで嗅いだ香り……南蛮では“タンニン”と呼ぶ成分に似ています」


「タンニンか。覚えておこう」


 信玄は静かに釘を一本、煮詰まった茶の中へ落とす。


 瞬間――液が漆黒に染まった。


「ひッ!?」

昌景が飛び上がる。

「お、おい殿!? 呪いの薬じゃねぇだろうな!!」


「呪いではない。鉄と茶が結びついた証だ」


 信玄は黒く染まった液体をすくい、光に透かして見つめた。


「これを土に施せば、鉄が“根の道標”となる。根が吸い、太く、速く伸びる」


 南蛮技師たちはざわめいた。


「鉄を……作物のために……?」

「南蛮でも聞いたことがない……!」


 義元が関心を隠さぬ表情で言った。


「信玄殿。鉄と土を結ぶ発想……まるで医の理のようですな」


「国を治すには、土から治せ。昔よりそう言うだろう」


 



 信玄はすぐさま畑の試験区画へ向かった。農民たちが驚いた顔で並ぶ。


「この黒き液を、苗の根へ少量ふりかけよ。土が締まり、根が道を掴む」


「殿……こんな黒い汁、ほんに大丈夫で……?」


「理は嘘をつかぬ。

 土の中には道がある。その道を整えてやるだけだ」


 農民たちは恐る恐る黒い液を撒き始めた。


 その横で、赤備え衆がなぜか仁王立ちしている。


「殿! 我らも土の突撃に加勢いたします!」


「土に突撃とは何だ。やめておけ」


 だが赤備え衆は我先にと畝に液を撒き始める。


「見ろ! オラの畝、黒光りしてるぞ!」

「俺のん、鉄の匂いがすっぞ! 勝った!」


「勝負ではないと言っておるだろう……」

信玄は頭を抱え、義元は笑いを堪えた。


 


◆ 三日後


 朝露が消えかかる頃――昌幸の叫び声が畑に響いた。


「殿ッ!! 根が……太い! 白い! 伸びておりますぞ!!」


 掘り起こした苗は、確かに通常よりも明らかに根が太く、白く伸びている。

 まるで力強い白蛇が土を駆け巡った跡のようだった。


 ドミンゴが震える声で言った。


「……鉄が……土の中で……“動いた”のですか……?

 タケダ殿、これは南蛮でも見たことがない……!」


 義元は根を手に取り、深く息をついた。


「海も土も……殿はすべて“理”で結ぶのですね」


「海城の帆布も縄も木も、皆 土から育つ。

 土の理なくして、海は取れぬ」


 夕陽に染まる黒い土が、未来を示すかのように光っていた。


 



 信玄は空を見上げた。


「土が整えば鉄が育つ。鉄が育てば、巨大船の骨も強くなる」


 昌幸が目を輝かせる。


「殿……次は、鉄の……?」


「うむ。――“鉄の流れ”を制する」


 ドミンゴは息を吞んだ。


「タケダ殿……あなたはどこまで理を広げるのです……?」


「国が揺るがぬよう、根を張るだけよ」


 こうして――武田家の“土の革命”は本格的に幕を開けた。


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