第20話『海道を繋ぐ知の同盟』
黒煙作戦の勝利から三日。
駿河は、戦後とは思えぬ速度で息を吹き返していた。
街道には土嚢が積まれ、傾いた家には支柱。
赤備えは治安維持に回り、風洞班は煙よけの簡易柵を建て、
漁村では武田兵が網を直していた。
復興の中心にいたのは、当然ながら――信玄である。
「風が戻れば、国は息をする。あとは……海だな」
隣で図面を抱えていた真田昌幸が首をかしげた。
「海、でございますか? 黒煙塔の次は海風を使うので……?」
「ちと違う。潮と風の交わりを“読む”のだ。
海道を掴めば、戦わずとも国は富む」
「……また殿の得体の知れぬ科学でございますなあ。
で、どう形にいたしましょう?」
昌幸は半分あきれ、半分ワクワクした顔である。
信玄は海風を受けながら、静かに語った。
「潮の流れ、湿度、風向きを計測する観測塔を作る。
名付けて――海道観測塔よ」
「塔を……? 海沿いに?」
「そうだ。陸の風洞塔は風を測るもの。
海道観測塔は潮を測るものだ。これがあれば、
漁場も交易路も……全て“読める”」
昌幸は震えた。
「殿……それ、海の地図が“未来予測”になるのでは?」
「なる。だから海のプロが要る。今川義元よ」
――と、ちょうどその義元が浜辺にいた。
瓦礫の中で民の作業を見つめ、静かに息をついていた。
その肩に信玄が歩み寄る。
「義元殿。そなたの知を借りたい」
「……知?」
「潮の道を読み解くのは、海の王であるそなたの役目だ。
わしは科学で塔を作る。そなたは海で塔を導く。
海道を――共に築きたい」
義元の目が見開かれた。
「戦ではなく……海道を作るために、か?」
「そうだ。戦は終わった。次は国造りだ」
義元は震える声で言った。
「信玄……そなたのような男に敗れたことを、誇りに思うぞ。
海道を……共に作ろう」
二人は固く手を結んだ。
◇
その日から、駿河湾は建設の音で満ちた。
昌幸が図面を広げ叫ぶ。
「殿! 海沿いに塔を立てるには地盤が弱い!
どう致しましょう!?」
「杭を打て。潮で腐らぬ木材を選び、角度を東南に振れ。
風の流れが“読みやすい”位置がある」
「……殿の科学は、本当にどこから湧くのだ……!」
信玄は淡々としたまま装置を作らせる。
・潮の湿度を測る“風布”
・匂いを捕らえる“潮香皿”
・海鳴りの伝達を読む“波聴石”
・風向を記録する長羽根(改良版)
その全ての原案は信玄。
昌幸は「現地技術で作る担当」として汗を流す。
一方、義元は漁師や海僧を集めて叫ぶ。
「船の通り道、潮の曲がる場所、浜の癖……
海の知をすべて出せ!
この海道は、駿河を救う道となる!」
失意で沈んでいた民が、義元の声に再び立ち上がり始めた。
◇
夕刻。
最初の観測塔が完成し、信玄と義元は並んで海を見た。
水平線を照らす黄金の光。
吹き抜ける風。
塔の羽根が静かに回り、潮の香りを皿が捉える。
「信玄よ……海道を作れば、本当に戦わずとも国が富むのか?」
「富む。潮と風の地図ができれば、船は迷わず、
交易は増え、漁は安定する。
海道は……国の血脈だ」
「……なんと……」
義元は、戦で散った自らの国が、
科学で再び生まれ直していくのを感じた。
信玄は静かに言った。
「義元殿。そなたの海と、わしの風。
二つあれば、国は変わる」
「ならば――変えよう。
この駿河を……海道の国へ!」
海の風が二人の衣を揺らした。
戦の時代が終わり、
科学で国を作る時代が息づこうとしていた。




