第12話「駿河の風、甲斐へ ―― 科学戦争開幕」
甲斐国・要害山の山腹に建つ山岳管制塔。その最上階では、風車がひゅう、と細く泣いた。
「……風が変だな」
馬場信房が、窓を揺らす風をじっと見つめていた。彼の声は、妙に重い湿り気を帯びていた。
塔に入ってきた“信玄”は、胸の奥がざわつくのを感じた。
「駿河の湿気だ。季節に合わん。何か大きく動いている」
気象観測の巻物、風洞の風圧曲線、そして匂い球で採取した微粒子データ。
それらすべてを照合した瞬間、主人公は確信した。
「……大量の人間と馬が、駿河から北上している」
湿った南風が運ぶ、馬糞、獣油、干し肉、焚き火の煙――
戦の臭いだ。
「今川が、本気で攻めてくる気配だな」
馬場の声が低く響いた。
静かだった山の空気が、一瞬で戦場の前触れに変わる。信玄は深呼吸し、言った。
「――科学戦争が、始まる」
◆ ◆ ◆
その日のうちに、信玄は緊急の科学参謀会議を招集した。
集まったのは、武田四名臣+信玄
山県昌景、高坂昌信、内藤昌秀、馬場信房――
甲斐の“科学軍”を動かす中核だ。
「いよいよ、科学で国を守る時が来た」
信玄が切り出すと、部屋の空気がぴしりと張りつめた。
主人公は風・地形・通信・兵装を組み合わせた“総合戦術”の木簡を広げる。
「これまでの技術を一つに繋げる。
風洞で敵の火器を封じ、鏡通信で移動を追い、
地響き測定で夜襲を探り、
匂いの層で兵站路を読む。
これからの戦は、情報の奪い合いだ」
高坂昌信が頷く。
「鏡通信を駿河方面へ増設すれば、進軍速度を分単位で把握できます。
敵の到達時刻も、誤差十数分で計算可能でしょう」
山県昌景が腕を組む。
「火薬兵器は風上で使う。
風下での爆薬は暴発の危険があるが……今なら風洞データで“安全角度”が測れる。
兵に浸透させておく」
内藤昌秀は匂いの球を手に取り、眉をひそめる。
「干し肉と油脂の匂いが強まっておる。
補給隊も動いている……となると、進軍は大規模だ」
信玄は目を細め、静かに言った。
「これより武田は――科学で戦う」
◆ ◆ ◆
夕刻。
今川家の密偵が甲斐国境で捕らえられた。
「ひ、ひいいっ! あ、あれは何だ!?
光で話し、山が唸り、匂いで兵を見つけるだと!?
魔だ! 魔の国だ! あんな化け物と戦えるか!!」
恐怖に震える密偵の声は、城の壁にまで響いた。
信玄は、その叫びが今川本陣へ伝わることを計算していた。
(恐怖は敵の判断を鈍らせる。
義元は“科学は脆い”と考えているはず……)
だが、この“油断”こそが最大の弱点になる。
◆ ◆ ◆
同夜、信玄は甲斐全土に総動員を下す。
「城の狼煙網を再整備せよ。
鏡通信は駿河方面に二倍伸ばす。
地中測定班は国境に張り付け。
水車群は兵装工場へ送れ。
戦の準備を進めよ」
号令と同時に甲斐が動いた。
水車は轟音を立てて回り、
鍛冶場の火は夜空を赤く染め、
金山では地下通信の合図が響き、
山岳管制塔の鏡は星のように光を放つ。
甲斐が“科学国家”として本気で牙を剥いた瞬間だった。
◆ ◆ ◆
主人公は管制塔に戻り、
風向き、湿度、匂い粒子、地響き、雷観測、鏡通信の記録――
すべてのデータを光板に重ね合わせた。
「……これだ」
赤い線が地図に浮かび上がる。
“今川軍が進む最短で最も安全な道”
“山風が味方する谷”
“湿気が兵を疲弊させる回廊”
全てを読み切った“科学の地図”が完成した。
「三日以内に、駿河の風が甲斐へぶつかる」
その言葉に、信玄は静かに頷いた。
「よかろう。
風林火山の四本柱、科学でより強大となった力を見せる時だ。
――迎え撃つぞ」
◆ ◆ ◆
深夜。南風が甲斐へ吹き上げた。
信玄は夜空を見上げた。
「……この風は、駿河からの“宣戦布告”だ」
同じ頃、駿河本陣では今川義元が手を叩きつけ、怒鳴った。
「武田を討つ! 風向きは我らに味方しておる!」
だが、それは――
武田が読み切った“科学の風”だった。
山岳管制塔の灯り。
鏡通信の閃光。
風洞の羽根。
水車の回転。
鍛冶場の火。
匂い感知の煙壺。
それらすべてが、戦国の常識を破壊する“科学戦争”の幕開けを告げていた。
信玄は夜空の風を感じながら、低く笑った。
「来るがよい……戦国よ。
われらが科学で、新しい時代を切り拓いてみせる」




