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鉄血の武田信玄 ― 科学で天下を取る男  作者: やしゅまる


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第11話 『空気の戦 ―― 風洞、乾燥、煙、匂いの科学』

甲斐の山々を渡る風は、まだ冷たかった。

だがその風を、信玄はじっと見つめていた。まるで何かを書き記すように。


「殿、また妙なところを見ておられる…」

山県が囁くと、馬場が苦笑して頷く。


次の瞬間、信玄は振り返り、巨大な木枠を指さした。

木と布で作られた、謎の筒状の装置である。


「次は“空気”だ。」


その場にいた家臣全員が同じ顔になった──

「はい?」


信玄はずかずかと木枠の中へ入り、布を軽くはためかせた。

布の揺れが風の流れを示し、筒の中で淡い曲線を描く。


「風は見えぬ。だが、見えぬゆえに戦で最も使える。」

「槍の形も、矢羽の角度も、鎧の隙間も……

 風を読めば、すべてが速く、強くなる。」


家臣たちは息を飲む。

この男は、次から次へと“戦国に存在しない科目”を導入する。


「殿、風など読んで何になるのですか?」

山県が恐る恐る問うと、信玄は笑った。


「風は……兵そのものだ。」


その言葉にはまだ意味がわからなかった。



信玄は次に、城下に造られたばかりの“乾燥小屋”へ案内した。

土間に藁が敷かれ、壁には細長い風穴が空いている。

内部には、干し飯、干し野菜、魚の干物、味噌玉──

あらゆる食材が吊られていた。


山県が鼻をひくつかせる。

「これは……食料庫ですか?」


信玄は首を振り、乾燥した干し飯を手に取った。


「これは兵站の革命だ。

 武田の弱点は保存食。行軍が短いのはそのせい。」


干し飯を砕くと、指で簡単に潰れる。

軽く、カビもなく、味も良い。


「空気を操れば、食料は腐らん。

 乾燥は“見えぬ火”だ。兵を動かす燃料にもなる。」


馬場が感心したようにうなる。

「空気だけで……軍勢が強くなる……!」


「見えぬものほど、効くのだ。」


信玄は次々と小屋を見せる。

湿気対策を施した倉庫。

ほのかに風が通り、矢が乾燥している弓具室。

火薬局の“乾燥炉”では、湿度を抑えて爆薬が安定していた。


信玄

「空気を制する者は、爆ぜも、火も、矢も制する。」



その後、信玄は焚き火をいくつも並べた広場へ移動した。

農民も家臣も、忍び衆も、距離を取る。


「殿……何をするおつもりで?」


信玄は薬草、木片、油を袋から取り出す。

ひとつずつ焚き火に投げ込むと、

白い煙、黒い煙、刺激のある臭い煙が立ち上った。


「煙は“動く壁”だ。」

信玄は棒を使って煙の流れを示す。


「風さえ読めば、敵の眼も鼻も奪える。

 煙を晴らす者は戦場を晴らし、

 煙を操る者は戦場を覆う。」


忍びが白煙を焚く。

次の瞬間、風がふっと向きを変え、煙が横へ鋭く流れた。


信玄は笑う。

「読めばわかる。敵がどこから動き、どこで止まり、どこで乱れるか。」


さらに信玄は匂い袋を取り出した。

薬草と獣の匂いを混ぜたものだ。


「獣道に撒いておけ。敵の馬を誘導できる。」


山県が思わず口を開く。

「空気ひとつで……敵兵を操るのか!」


「風は戦場の地図。

 これを読む者が、戦場を描く。」



その日、信玄は空気の知識を体系化し、

正式に『空気局』を創設した。


役割は多岐にわたる。


風向観測、湿度調整、乾燥糧食、倉庫の防腐、

煙の調合、匂い誘導、火薬乾燥、矢具の品質管理──。


馬場

「……殿はいつの間に、風の神に……!?」


信玄は笑って胸を張った。

「風は誰のものでもない。

 ならば武田のものにすればよい。」



その夜。

空気局が本格始動して間もない頃だ。


三条家の忍びが密書を抱え、息を切らして駆け込んだ。


「報告! 駿河にて、異様な動き!

 今川が“風読みの術”なるものを学び始めたとのこと……!」


「風読み……まさか真似を?」


「さらに──

 我らの赤き田(光合成細菌)を“妖術”と断じ、討つべしとの声が上がっております。」


家臣たちがざわめく。


「今川が……!」


信玄はゆっくりと風洞装置へ歩み寄り、

布の揺れをじっと見つめた。


「……風が変わる。」


その瞬間、外で強い南風が吹き始めた。

風洞の布がバンッと跳ねる。


信玄は背を向けずに言った。


「来るな。

 駿河の風が……甲斐へ向かっている。」


そして静かに付け加える。


「ならば良い。

 次は“風の戦”で迎え撃とう。」


―こうして、武田vs今川

“科学戦争”の幕が上がるのだった。

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