第6話
何でだろう。
本当は彼にこの前の事を聞きたかっただけなのに。
私は知らないうちに彼の心の中に入るような事を言ってしまっていた。
それは彼が私の言葉に想像以上に反応したから。
校内に戻ると私は早足で階段を降りて自分のクラスへと戻っていた。
席についてもモヤモヤが晴れなかった。
あいつは皐月のラブレターを捨てた酷いやつ。
なのにこの前のショッピングモールでの表情を見てから気になって仕方ない。
恋とかそういうのではない…と思う。
ただ純粋にあいつの事を知りたくなった。
それだけ。
だけど心のモヤモヤは晴れる事なく。
私は午後の授業などまるで頭に入らず、窓から澄み渡る秋晴れの空を眺め続けていた。
次の日。
私は朝からちょっとだけ頑張ってみた。
いつも作るお弁当を2つ。
料理が好きな私には、それくらいの手間なんてなんでもなかった。
彼がちゃんとしたご飯を食べてないように見えたから。
母が何か言いたそうに見ていたが気にしない。
彼を知るためにはこっちから近づかなきゃいけないと思っていた。
昼休みになると私は用意したお弁当を持って屋上へと向かう。
ドキドキして階段を登る足がゆっくりになり、ドアの前で止まった。
私はその場で大きく深呼吸をする。
頭がスッキリして気合いが入るのがわかる。
「よし」
私はゆっくりとドアを開けて屋上へと出た。
相変わらずの快晴。今日は風があまり強くなく気持ちいい。
いつもの彼の定位置に行くと、彼はまだ来ていなかった。
そこに座り込んで彼を待つ事にする。
床が冷たくて気持ちいい。
彼はいつもここでこうやって1人でご飯を食べているのかと思うと少し寂しさを覚えた。
持ってきていた単語帳をしばらく眺めているとドアの開く音がした。そして足音がこちらに近づいてくる。
「お前……また来たのか?」
顔を上げるとそこにはいつもの仏頂面の彼の姿が。
だけど昨日までとは違って警戒心のようなものは感じられない。
彼はゆっくり歩いてこちらに近づくと少し離れた距離に腰を下ろした。
私はそこに用意したお弁当を置く。
「……これは?」
「あなたの分のお弁当
いつもコンビニのご飯食べてるでしょ?」
驚いた顔で彼は私と弁当箱を交互に見つめる。
「一緒に食べよ
朝から頑張って作ったんだから」
「……いらない」
彼はそっと弁当箱を押し戻してきた。
私も負けじとそれを彼の元に押し返す。
「せっかく作ったんだから食べてよ
味は保証しないけど」
彼はしばらく弁当箱を迷惑そうに睨みつけながらも、意を決したかのように取ってくれた。
蓋を開け、箸を持ち、ゆっくりとおかずを口に入れてくれる。
「どう?」
「……美味しい」
その言葉と同時に、彼の口元がわずかに緩んだ。
その言葉が聞けたのがすごく嬉しかった。
彼との距離が少し縮まった気がした。
彼の箸のスピードは徐々に早くなり、気がつけば私よりも先に全てを食べ終えた。
「ご馳走様」
それだけ言って弁当箱を返してくる。
包んでいたハンカチも綺麗に包み直してくれて。
こういうところは几帳面なんだな。
彼の知らない面を知れた気がする。
「ねえ」
声をかけると彼は「何?」といつものトーンで返してくる。
「君の名前教えてよ
私、君の事何も知らないんだから」
彼の事を少しずつ知りたかった。
だからこうやって仲良くなれる場面を作ったのだから。
彼は少し戸惑った後、「……雨宮拓人」と教えてくれた。
また少し彼に近づけた気がして嬉しかった。
「人に名前を聞いたんだからお前も名乗れよ」
そう言われて私も名乗っていなかった事を思い出す。
「私は牧島ほのか
よろしくね、拓人くん」
そう返した時、拓人の顔から少し力が抜けたように感じた。
「それで牧島は、なんで俺にここまでしてくれるんだ?」
「なんでだろう
この前君の笑顔を見た時から君の事が知りたくなったからかな」
本音を話すと拓人は不思議そうな、それでいて気味悪そうな顔で私を見る。
その顔に思わず私は笑ってしまった。
考えてみるとすごい進歩だ。
一番最初は誰も受け入れないような顔をしていた拓人が今は私の前で色んな表情を見せてくれる。
「俺の事を知ったって面白くないぞ?」
そういう彼の目が何か物悲しそうに見えた。
きっと彼の心の奥には何かがあって、それが今の彼を作っているんだろう。
だから私はこう言った。
「面白いかどうかは私が決める事
拓人くんの事をちゃんと知りたいんだ」
——その言葉に彼の瞳が、少しだけ揺れた気がした。
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