第5話
週明け月曜日の昼休み。
俺はいつも通り学校の屋上に逃げ込んでいた。
手には朝コンビニで買ってきたお茶とサンドイッチ。
一人暮らしとは言っても料理ができるわけじゃない。だから自然とコンビニ頼りになっていた。
別に料理ができなくたって何も困らない。
親が毎月大金を振り込んでくるから金には不自由していないし。
——ただ、通帳に並ぶ金額を見るたびに胸の奥が冷たくなる。
校庭からは、昼休みにサッカーをやっている連中の騒がしい声が響いてくる。
せっかくの静寂が汚されるようで、すごく嫌な気分になる。
そんな俺を、少し冷たい秋風が包み込んでくれた。
それだけで、ほんの少しだけ気が楽になる。
気を取り直して定位置に腰を下ろしたとき、屋上のドアが開く音がした。
こんな場所に来るやつなんて滅多にいない。
だが、俺の安息さえ壊されなければどうでもいい——そう思っていた。
「やっぱりここにいたのね」
気にせず昼飯を食べようとしたとき、後ろから声がかかった。
嫌な予感がした。
振り向くと、やはりこの前と同じポニーテールの女子が立っていた。
今度は何の用だ。まだこの前のことを言いに来たのか。
どうせまた、面倒な事を言いにきたのだろう。
「何?」
面倒そうに返す。
彼女の表情は、怒っているでもなく、むしろ少し笑っていた。
その笑顔が、逆に気味が悪い。
こいつが何を考えているのか、俺にはまったく分からない。
「この前、ショッピングモールで君を見たよ」
知り合いにでも会ったような調子で言う。
だが、俺はこいつと知り合いになった覚えはない。
「女の子、助けてたでしょ」
……あぁ、そんなこともあった。
それを見かけて話しかけに来たのか。
「だから何?」
「あの時の君、すごくいい笑顔だったよね」
そこまで見られていたのか。
別に、子供と話す時まで仏頂面でいるつもりはない。
そんな顔をしていたら、あの子は余計に泣いていた。
彼女がゆっくりと距離を詰めてくる。
やめてくれ。俺の世界に、土足で踏み込んでくるな。
そう思っても、彼女は止まらなかった。
俺の隣に腰を下ろす。
手を伸ばしたら触れられそうな距離。……近すぎる。
だけどなぜか逃げようという気にはならなかった。
「ねえ」
彼女が俺の顔を覗き込みながら言った。
「あの時の君と、今の君
どっちが本当の君なの?」
こいつは、何を言ってるんだ。
俺は俺だ。
人を信用せず、関わらず、それが俺。
“本当”も“嘘”もない。
「私はあの時の君が、本当の君だと思ったんだけど」
……少しの沈黙。
そして彼女は笑った。
秋風が、彼女の髪を揺らす。
彼女の笑みに嫌な感じがしない。
これまで色んなやつに話しかけられても、そいつの裏の顔が見えて距離をとってきた。
だけど彼女の笑みには裏が感じられない。
きっと彼女は本気で俺の事を知りたいんだろう。
それでも俺はもう一歩だけが出せなかった。
「……勝手に決めつけるなよ」
これしか言葉が出なかった。
少しだけ声が震えた。
自分なりの彼女への詫びも入っていたかもしれない。
「ふふ
やっぱり、嘘つくの下手だね」
彼女はそう言って立ち上がる。
日差しがフェンス越しに差し込み、彼女の影が俺の足元に重なった。
「嘘って……どう言う事だよ?」
俺は嘘なんてついているつもりはない。
こいつの勝手な思い込みだ。
「君は……本当は誰かを信じたいんじゃないの?」
彼女の優しい瞳が俺を見つめる。
その瞳の前に俺は言葉が出なくなった。
秋風の冷たさが俺に正直になれと言っている気がする。
「この世に信じられるやつなんて……いない」
ようやくして振り絞って出た言葉。
彼女の優しい瞳が大きく見開かれる。
その表情が俺の言葉を信じられないと物語っている。
校庭の喧しい声が俺の頭の中に大きく響く。
まるで俺たちの間だけ時が止まったように感じた。
「……またここ、来てもいい?」
沈黙を破った彼女の言葉に俺は何も言えなかった。
沈黙を肯定と捉えたのか彼女はクルリと背を向けると遠ざかっていった。
足音だけが小さく聞こえる。
ドアが閉まり再び俺だけの時間になり、ようやく俺は大きく息を吐いた。
——あいつは一体何がしたいんだ。
胸の奥に残るざらつきだけが残った。
本当の俺って一体なんなんだ。
頭の中を疑問が渦巻く。
それでももう一度彼女と話をしたいと思ってしまっている——
そんな自分が何よりも信じられなかった。
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