第4話:ふたつの顔
週末の朝。
11時に目を覚ますと、窓の外は雲ひとつない青空だった。
カーテンを開けながら、昨日のニュースで「今日は肌寒くなる」と言っていたのを思い出す。
長袖のシャツにジーンズ、髪をまとめて家を出る。
風は冷たいけど、気分は悪くない。イヤホンから流れる音楽がいつもより心地よかった。
自転車で近所のショッピングモールまで大体15分ぐらい。
ご機嫌に自転車を漕ぐと、街路樹は黄色や赤に染まっていて秋を感じる。
高3の10月。
あと数ヶ月で受験になる。
みんなあと少しに向けて今からラストスパートをかけるんだろう。
私はみんなとは少し違う。
海外留学のために夏休みに1人頑張って英語試験を受験した。
英語は元々好きだった。
海外にも興味はあった。
高1の時に知り合った海外の友人に誘われて少し調べてみた。
——でも本当になるとは思ってもいなかった。
留学の話が決まってから、なんだか毎日が現実味を失ったみたいだった。
夏休みは英語漬けで、父の知り合いのアメリカ人に発音を直されたりして。
あの頃は「受かったらいいな」くらいの気持ちだったのに、いまはもう——“行く”が現実になっている。
ショッピングモールはいつものように車が入り口で渋滞を起こしていた。
この辺りってここぐらいしか遊ぶ場所がないから休日はいつも渋滞している。
その点自転車なら渋滞もないし快適に来れる。
大人はなんで車に乗って出かけるんだろう。
きっと自分達だけの空間にいる事が楽しいのかもな。
自転車を駐輪場に停めるとショッピングモールの自動ドアをくぐる。
ハロウィンが近いせいかモール内にはカボチャの飾りや、よく分からないお化けの飾りで彩られている。
正直ハロウィンなんてものには興味はないけど、こういう雰囲気だけは好きだ。
家族連れが笑顔でイベントに参加してたりするのを見るとほっこりする。
私はバッグを肩にかけ直すとお目当ての文具店へと向かう。
欲しいものは新しいシャーペンと授業で使うノート。
それだけ買ったらすぐに帰るつもりだった。
——それなのに私はモールの中で不思議な光景を見てしまった。
皐月の手紙を捨てた彼が小さな女の子の手を引いて歩いていた。
初めて見た時の彼は人を近づけさせないようなどす黒さを感じたのに、あの女の子といる彼の目は優しい目をしている。
私はなんとなく気になって彼の事を追ってしまっていた。
女の子は泣きそうな顔で彼の袖を掴んでいた。
どうやら迷子らしい。
彼はしゃがみこんで、何かを優しく話しかけている。
以前の冷たい印象が信じられないほど、穏やかな表情だった。
先日からは考えられないほどの彼の変貌ぶりに私もつい心の中で応援してしまう。
きっとご両親は見つかる。
頑張って探してあげて。
彼が大きな声で女の子の両親を呼び続けていると、慌てて夫婦が駆け寄ってきた。
母親は女の子を抱きしめながら優しく叱り、父親は彼に頭を何度も下げてお礼を言っている。
そんな父親の礼を軽くあしらうとしゃがみ込んで目線を女の子に合わし、「もう離れちゃダメだぞ」と優しく頭を撫でながら彼は言う。
後ろを向きながらずっと女の子は彼に手を振っていた。
彼もまた女の子が見えなくなるまで手を振っていた。
衝撃だった。
あんなに人に興味がないと言っていた彼が、あの小さな女の子に見せた笑顔。
あれは嘘偽りない彼の素顔なのだろう。
なのに女の子の姿が見えなくなると、彼はまた前と同じように人を寄せ付けない雰囲気に戻ってしまった。
あのまま笑ってくれていたなら声をかけようと思っていた。
でも今の彼には……声をかける事はできなかった。
さっきまでの彼の笑顔と皐月の手紙を捨てたと言った時の彼の顔が交互に頭に浮かぶ。
彼が人混みの中に消えていった後も私はその場から動けなかった。
ショッピングモールを出る頃には、風が少し冷たくなっていた。
一体どっちが本当の彼なのか——
そんなことを考える自分に、少し驚いた。
風が頬をかすめる。
胸の奥が、ほんの少しだけ熱かった。
もう一度彼とちゃんと話をしてみたい。
——あの笑顔の理由を知りたかったから。
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