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君を信じた最後の季節ー約束は空の向こうでー  作者: かみやまあおい


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17/22

第17話:崩れ落ちた日常

 ——父親の話なんて、誰にもしたことがない。

 けれど、今だけは少しだけ言葉にしたかった。


「実は……

 うちの親父がさ」


 そこまで言って、言葉が詰まった。

 彼女の家は、きっと俺の家とは違う。

 母親も父親も、彼女の意見を尊重してくれる。

 海外に行くという夢を、ちゃんと応援してくれる。


 それに比べて、俺の家はどうだ。

 親父も母親も、自分の引いたレールに俺を乗せたがった。

 少しでも逆らえば、容赦なく突き放す。

 俺が自分の意見を言った時も——あの時も。


 ……結局、俺は家を追い出された。


 でも、そんな話をしても仕方ない。

 ほのかに心配なんて、させたくなかった。

 彼女には、自分の世界のことだけを考えていてほしい。


「……やっぱ、なんでもない」


 だから俺はそこで終わりにした。


「その言いかけ、気になるんですけど?」


 彼女が不満そうに頬を膨らませて俺の顔を見る。

 俺はそんな彼女の顔を見られるだけで、十分だった。




 そのやり取りをしてから三日後。

 運命の三者面談の日がやってきた。


 教室のあちこちで「うちの親がさ」「進路どうする?」と声が飛び交っていた。

 俺はただ、心がざわついていた。

 成績は褒められるだろう。志望校も問題ない。

 ——問題は、親父が何を言い出すかだけ。


 続々と保護者が担任の待つ指導室へと入っていく。

 親父はまだ来ない。

 このまま来なければいいのに。

 俺は席でそれだけを願っていた。


「拓人」


 ふいに呼ぶ声がした。

 この世でいちばん聞きたくない声だ。

 無視しようと思ったが、そうしたらあいつは一人で面談を進める。

 仕方なく顔を上げた。


 ビシッとしたスーツ。丁寧に固めた髪。金縁のメガネに、無駄に整った髭。

 ——二度と見たくなかった。

 胸の奥で、怒りとも諦めともつかない何かが泡立つ。


 俺は大きく息を吐いた。

 同じ空気を吸うのさえ、嫌だった。


「雨宮、次お前だぞ」


 前のやつが声をかけてくる。

 俺は立ち上がり、何も言わずに指導室へ向かった。


 面談は、驚くほど順調だった。

 担任は俺の成績を褒め、親父は上機嫌に頷く。

 志望校も「拓人くんなら必ず合格できます」と言われた。

 本当に、このまま終わると思っていた。


 ——あの言葉が出るまでは。


「以上ですが、何かございますか?」


 担任の言葉に、親父は急に真剣な顔をした。

 嫌な予感が背筋を走る。


「拓人は転校させます

 私の知人の勤める、もっとレベルの高い学校に行かせます」


 まさかの言葉だった。

 俺も担任も、何も言えなかった。


 ……今さら転校?

 何しに来たのかと思えば、それを言いに来たのか。

 冗談じゃない。

 ここまで一人でやってきて、ようやく信じられる友達もできたのに。

 それを全部捨てて帰れと言うのか。


 体が震えた。

 怒りという言葉では足りない。

 こいつは、いつもそうだ。

 俺の人生を、自分の作品のように扱う。


 担任が何か言おうとしたが、親父は「では追って手続きします」とだけ言って、部屋を出ていった。


 取り残された俺は、呆然と椅子に座っていた。

 喉の奥が焼けつくように固まり、声が出ない。

 担任は困った顔で俺を見るだけだ。

 ——やっぱり、この人も俺の味方じゃない。


 椅子を引く音がやけに大きく響いた。

 俺は立ち上がり、何も言わずに部屋を出た。


 クラスに戻った俺は、思わず机を蹴った。

 ノートが床に散らばり、誰かの声が驚きで上ずった。

 耳に届くのはそれだけ。

 でも、それすら遠い。

 心の奥で繰り返される、父親の声。


「転校させます」


 ——冗談じゃない。俺の世界を、俺の時間を、勝手に壊すな。


 机を叩き、拳を握りしめる。

 胸が煮えくり返り、血の気が頭に上る。

 怒りが怒りを呼び、全ての存在が憎らしく見える。

 目の前にあるものすべてを破壊したい。

 ノートも椅子も、あの無神経な父の影も。

 それでも声は出ない。

 何も壊せない。壊したいのは、父の支配なのに。

 喉の奥が焼けつくように固まり、怒りだけが胸の中で暴れる。

 俺はその場で立ち尽くした。

 世界が憎くて、自分も嫌で、でも逃げられない。

 叫びたくても声にならず、ただ怒りが、胸の奥で渦まく。


 だが、次の瞬間、突然その熱は消えた。

 怒りの渦が、ふと、スーッと引いていく。

 目の前の世界が、無色透明に、遠くに見える。


 世界の音が消えた気がした。

 クラスメイトのざわめきも、椅子の軋みも、何ひとつ届かない。


 胸の奥の張りつめた感情も、身体の力も、すっと抜けた。

 俺は息を整えることもできず、ただ無表情で立ち上がった。

 そして、周囲の視線も耳に届かないまま、廊下へと足を運んだ。


 廊下の冷えた空気が、胸の奥を切り裂くように感じた。

 俺の心は、もう音を立てることさえできなかった。

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